第52話 宿好き


「ああ、この店はこの道を真っ直ぐ行って次の大きな十字路を右に進めばある筈だぜ」

「ありがとうございます。あ、この串焼き二本買います」

「おう、まいど」


 俺達は小腹がすいたので宿の場所を聞くついでに美味しそうな匂いがする串焼きの屋台で買い物した。


「お客さん見た感じ冒険者だろ?もしかして祭り目当てか?」

「ええ、やっぱりこの時期は俺達みたいなのが多いですか?」

「ああ、ここから見るだけでも人の数は二倍、稼ぎも二倍、忙しさも二倍だ。まあ、会場は二倍どころじゃないがな」


 屋台のおっさんが串焼きを作りながら話す。会場とは美魔身祭を行う場所のことだろう。


「治安はいいほうだが人が多い分よからぬ事を考える奴も多くなるからな。特にスリなんかには気をつけな。ほい、特製串焼き二本だ」

「スリかぁ、気をつけますね。ここに代金置いときます」

「おう」


 俺は忠告に感謝しつつ、串焼きを一本レンゲに渡しながら屋台を離れる。


「……大切な物は全部ナルミが持ってる」

「まあね。流石に武器は身につけてるけど」


 流石にアイテムボックス内に干渉してくるようなとんでもない奴は居ないだろう。

 勿論二人分の服も食料もアイテムボックスに入れている。

 最初は俺が全部持ってていいのか悩んだが、レンゲが気にしないと言ったので俺が持っている。


 どうやらアイテムボックスの容量は魔力量とスキルレベルに比例するようで、実は食料を買い込んで衣服を全部詰め込んだ時にレベルが上がったこともあって容量は二倍になってたりする。


「どうする?金も全部俺が持ってるけどレンゲも持っておく?」

「……必要ない」

「そ、そうか?なら俺が持っておくが……」


 女子にはあんまり男に見られたくないような物もあるんじゃ?と、思ったが必要ないというのなら必要ないのだろう。


 俺はあまり考えないようにしながら宿に向かった。





「おや、いらっしゃい。二人組かい?」

「ええ、知り合いの勧めで来たんですけど、空いてますか?」

「知り合い?……もしかしてエマっていう子だったりしないかい?」

「え?知ってるんですか?」


 俺達は紙に書かれた一番上の宿である『ホライの宿』に着くと、そこには優しい口調の女性が店番をしていた。


 エマさんに紹介されたことを話すとどうやらエマさんのことを知っているらしい。

 もしかしてエマさんって想像以上に有名なのかも?


「ああ、あの子はこの街出身でねぇ。そして何よりあの子の家の人は全員宿好きなのよね」

「……宿好き?」

「ああ。ちゃんと自分達の家はこの街にあるんだけどね、あるのにも関わらずこの街の宿屋に泊まるのよ」

「ええ?どうしてそんなこと」

「私も気になって聞いてみたんだけど。さっきも言った通り宿が好きなんだと。多分だけどこの街の全ての宿屋をエマ達は知ってるかもねぇ。全く、どこからそんなお金出してんだか」


 どうやらエマさんは、エマさん一家はこの街の宿屋の有名人らしい。


「……想像以上に変人だった」

「はははっ、確かに変人かもねぇ。あの子が冒険者になった理由も色んな宿屋に行きたいかららしいし」

「えぇ」


 レンゲの言う通り想像以上に変人だったことが判明して少し呆然としている俺達を見て少し愉快そうにしながら彼女は口を開く。


「さて、宿のことだが。実は一人部屋に空きがないんだ。この時期はどうしても人が満員になってしまってねぇ」

「……一人部屋だけ?他は?」

「ん?ああ、二人部屋なら空いてるが……」

「……じゃあそこで」

「「へ?!」」


 いやまあ、確かに今まで一緒に寝てたから今更感はあるけども。


「……ナルミは嫌?」

「ぐふっ、だ、大丈夫です……」

「そ、そうかい。見かけによらずに積極的ねぇ……。まあ、あんたらがそれでいいなら、お代は飯付きで一泊600ユルだが何泊するかい?」

「に、二週間分で……」


 そんな少し悲しそうな声と顔でそんなこと言われたら断れるわけないじゃないか……。


 大会は一週間後に三日間かけて開催されるらしいので事前に決めておいた日数を頼んだ。


「了解。8400ユルだよ」

「えっと……銀貨九枚で」

「はい、銅貨六枚返すわね。はいこれ十八号室の鍵。夕食の時間はわかってると思うから、それまでには帰ってきなさいね?」

「はい、今日は街を見て依頼を確認するだけなので遅くならないと思います」


 そう言って俺達は宿を出た。


「さて、今からギルドに向かうのもいいけど観光しようと思うけどいい?」

「……ん、会場の下見」

「お、いいね。人がどれくらい多いか見てみたいしね」


 俺達はまず会場に行ってみることにしたのだった。


















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