⑬ はじめから
石畳に転がり、恭介が立ち上がろうとした時、戦いは終わっていた。
たった今、恭介を挽き肉へと変えようとしていたテレキネシストは体中を炭化させ倒れ伏している。
『キョウスケ何で倒れてるの? 早く立ち上がって早く見てみて! ウェルダンだよ!』
左手にかかる浮力の先でアネモイの声が響く。雪が敷いてあったおかげか、恭介の体に擦り傷は一つとして無かった。
立ち上がり、恭介が真っ先に探したのはホムラの姿である。
先程の炎はホムラのパイロキネシスで間違いない。彼女は自分の防衛ではなく、恭介を助ける為にそのPSIを使ったのだ。
すぐにホムラとココミは見つかった。
「――」
「……」
十メートル先に居た二体は三メートルほど
――ヤバい!
恭介は目の色を変えてホムラ達へ走り出した。この状況はとてもまずい。ホムラとココミが
ココミは震え右手で頭を押さえてホムラへ手を伸ばしていた。
だが、愛しい妹が苦しんでいるのにも関わらず、ホムラはピクリともしない。
あれほど苛烈だったホムラの瞳から色が失われていた。
テレキネシスの力球を受けたのだろう。ホムラの右の脇腹は抉り、右脚が千切れている。だが、蘇生符や他のパーツは無事で、起動はしているはずだった。
にもかかわらず、ホムラの姿はひどく無機質的で、他律型のキョンシーの様で、人形の様だ。
「ヤマダさん! アネモイを持ってください!」
それだけ言って返事を待たず、恭介は左手で持っていたアネモイのレインコートを離した。
そして、自由に成った両手でココミの軽い体を持ち上げ、投げつけるようにホムラへと重ねた。
ココミの震えは消え、彼女はその弱々しい力を振り絞って姉を抱き締めた。
――何秒離れた?
恭介は思い出す。一体どれ程の時間この姉妹は離れてしまったのだろうか。
メガネのズレを直しながら恭介は彼が保有するキョンシー達を見つめる。
時間はそれほど掛からなかった。八秒かそこら経過した時、ホムラが瞬きし、起き上がった。
恭介は声を掛けなかった。ジッとホムラの様子を観察する。
ホムラの瞳にある色は〝無垢〟だ。世界を初めて見る赤子だけが持てる色がその瞳を彩っていた。
無垢なる視線が自身を抱き締めていたキョンシーを捉え、そこで固定された。
刹那、その瞳が熱を持った。
ジー、ジィー、ジイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッと無垢なる瞳は火種を貰い、その奥でメラメラと炎が逆巻いた。
「ああ、ココミ! わたしの愛しいココミじゃない!」
ホムラはぱっちりと目を開けてココミを抱き締めた。宝石を抱く様にその腕は繊細で、けれど力強い。
肩に入れていた力を恭介は抜いた。最悪のパターンでは無かったようだ。
その時、背後から「おーい!」と声が聞こえた。恭介達のリーダーである清金の物だった。
何故、霊幻しか送り込まず、自分は来なかったのか。清金が居れば、もっと安全に勝てたはずだと、恭介は文句の一つでも言ってやろうかと思った。
しかし、振り返った瞬間、恭介はギョッと眼を見開いた。
ジャリジャリジャリジャリ。
「いやー、ごめんごめん、アタシの所にも足止めが来てさ。しかも、一体取り逃がしちゃったわ。エアロキネシストのやつ」
「たるんでいるぞ、京香。みすみす撲滅対象を見逃すとは」
「むしろ、二体は倒したことを褒めてくれない?」
何でもない様に清金が霊幻と軽口を叩いていた。その異様な風体のまま、口調には何ら変化が無いことが恭介には信じられなかった。
「清金、先輩。大丈夫、なんですか?」
恭介は恐る恐ると言った様に清金へ指をさした。
「ん? ああ、めっちゃ痛いわ。後で病院行かなきゃ」
サラリと言われた返事に恭介はやっと理解した。清金京香が何故第六課の主任をやれているのか、そして、何故彼女がキョンシー犯罪対策局で恐れられているのか。
清金の体は酷い有様だった。体中に黒い砂――おそらく砂鉄だろう――を纏わせ、右手のピンクのテーザー銃の周りには八つの鉄球がふわふわと浮かんでいる。左腕は肘から捩じれ、突き破った骨が見え、それら全てが砂鉄で覆われている。
そして、その額には
第二課のデータベースにあった。清金京香の蘇生符はキョンシーに貼られている物とは違う。正式名称を〝PSI力場増幅制御蘇生符〟と言い、彼女専用のガジェットだった。
清金京香は現状世界で唯一観測されている生体のサイキッカーである。その彼女のPSI力場を増幅制御するのがこの蘇生符だ。
蘇生符を額に貼り、左腕が捩じれても笑う、砂鉄と鉄球を従えた女。その姿に恭介は改めて第六課と言う恐ろしい場所に自分が居るのだと認識したのである。
「みんな無事? 無事ならアタシは病院行きたいんだけど?」
清金がぐるりとこの場に居た彼女の部下達へ目線を向け、ホムラへと眼が合った。
ホムラはココミを守る様に抱き締め、清金、いや恭介を含めたこの場に居る全員へ明らかな敵意を向けている。
その額の蘇生符は既に発光の兆しを見せていて、いつでもホムラの炎は恭介達に放たれるだろう。
「あなた達、
――くそ、そっちは駄目だったか。
恭介は額を叩いた。ホムラはどうやら
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