外部依頼
① 最狂バディの天敵
シトシトシトシトシトシト。その日、シカバネ町では雨が降っていた。
そろそろ冬の気配が見えてきた十月中旬。京香はピンク色の傘をクルクルと回しながら
時刻は朝九時。後、十分も歩けば目的地に着くだろう。
「ハッハッハッハッハ! 雨だぞ京香! この様な日、善良な人間達はどの様にして過ごしているのだろうな! 家でお前の様にゲームか? それともヤマダくんの様に読書か? はたまた、あえてこの雨の中を遊び回るのもありえそうだな!」
「はいはい、うるさいうるさい」
京香の横では霊幻が紫色の傘を差している。傘は京香も一緒に入れるほどの特大サイズだ。
ポタポタ、ポトポト。ポトトトト。
「~~♪」
ポリエステル製の傘を雨粒が叩く。この音が京香は結構好きだった。何となく気分が落ち着くのだ。
「いやしかし、こう雨が振ると、吾輩はまともにパトロールができんな。いや、もちろん徒手空拳でならば動けるが、十全な撲滅はできない。吾輩とすれば止んでほしい物だ」
「雨だとアンタの雷撃は使いずらいからね」
「そうなのだ。発動はできる。吾輩自体には問題が無い。吾輩と撲滅対象だけが居るのであればむしろこの環境は好都合。だが、近くに庇護の対象が居るので有ったら、紫電はその者も同時に撲滅してしまう」
「じゃあとりあえず大人しくしてるしかないわね。まあ、良いじゃない。水瀬部長から呼び出しなんだから」
「一体何であろうな? 第六課全員を招集とは珍しい。マイケルと恭介達もだぞ?」
「そうねぇ。恭介なんてま
水瀬が第六課を招集することは偶にあり、大抵、面倒な仕事を持って来る。
だが、水瀬がわざわざ持ってくる仕事というのは、基本的に京香と霊幻、もしくはヤマダとセバスチャンのどちらか一組に対してである。今回の様に第六課全体を指定するのは珍しかった。
――ろくでもない事よね絶対。
ポタポタポタポタ。雨音に耳を任せながら、持って来られるであろう面倒事とは何ぞやと京香は少しだけ考えたが、すぐに止めた。
分かり易く眉根を潜め、京香は頭を軽く振った。脳に血液が行っていないのが分かる。
雨音は好きだったが、雨の日自体は苦手だった。
「あー、考えが纏まらないわ。低血圧には辛いわね」
京香の基礎体温は常人に比べてかなり低い。それは血圧の低さと心拍数の少なさに起因しており、雨の様な低気圧の日、調子が悪くなる傾向にあった。
「京香よ、そのような調子で撲滅ができるのか?」
「むしろ動き回った方が調子が良く成るわよ。でも、頭脳労働はダメね。さっきから全然頭が働かないわ」
雨の日は、京香と霊幻の共通の弱点と言えた。
そして、何度目かの角を曲がり、霊幻がハハハハハと笑った。
「お? 見えてきたぞ京香? ちゃんと吾輩達の職場があるぞ!」
「そりゃあそこにあるでしょうよ。爆破とかされてないんだから」
ハカモリのビルは今日も今日とて重苦しい雰囲気を保ったまま、シカバネ町の中央部に鎮座していた。一見普通のビルだが、全ての壁面は強化コンクリート製で生半可な衝撃では傷一つつかない。
ハカモリの第一課から第六課それぞれが一階から六階までの各フロアをオフィスとしている。最上階七階は実行部を統括する水瀬の部屋と会議室などがあった。
「みんなもう居るかしら?」
「統計的にはヤマダくん達は居るだろう。恭介達は五分五分だ。ホムラとココミがごねていなければ居るはずだが。マイケルは来ずに研究棟に居るだろう」
京香達の専属エンジニアである狸腹のマイケルは日夜キョンシーの研究や改造ばかりしている。集合の連絡は行っているはずだが、忘れている可能性が高い。
「一応、恭介に迎えに行く様言ってあるわ」
「おお、パシりにしているな」
「新人だからね」
ポタポタポタポタ。クルクル。傘を回しながら京香はハカモリビル一階の自動ドアを通り、受付のAIロボットへ顔と指紋認証をしてその先のエレベーターに乗った。
ウィーン。穏やかな重力加速度の増加を感じながら京香と霊幻は六階に到着し、そのまま第六課のドアを開いた。
「あ、清金先輩、おはようございます」
「ん、おはよう」
真っ先に声を京香へ声を掛けたのは部屋の一番手前の席に座っていた恭介だった。パソコンで簡単な事務作業をしていて、そのすぐ後ろのキャスター付きの椅子では恭介が保有するキョンシーの一体、ホムラがもう一体のココミを抱っこして座っている。
恭介が座っている席は元々京香が使っていた席で、彼が第六課に加入した日に席を譲ったのだ。
今の京香の席は第六課オフィスの一番奥、デーンと置かれた主任席だ。
「おい、京香、一体何の用事で俺を呼んだんだよ! 早く研究棟に戻して実験させてくれ! 新しい改造パーツを作っている最中なんだ!」
「マイケル! それはどんな物だ!? 撲滅に使えるんだろうな!?」
「ああ、何てったって待望の飛行パーツだからな! これを背中に付ければお前は高度一万メートルにだって飛び上がれるはずだ! 一度飛んじまったら後は自由落下するしかないんだけどな!」
恭介の一つ奥のデスクで、マイケルが何やらロケットブースター的なパーツを弄り回している。どうやら、パシリを命じられた後輩はちゃんとこの狸腹の男をオフィスまで引っ張って来た様だ。
新たなる撲滅やらの兆しを察知したのか、霊幻がマイケルに近寄り、ガチャガチャしているガジェットにああだこうだ注文を付け始めた。
そんな二人を横目に京香は部屋の奥の自らの席へと行って腰掛ける。
「おはとうございマス、キョウカ」
「おはようヤマダ。水瀬部長は未だ来てない?」
「えエ。ワタシとセバスも先ほど来たばかりデスケド」
京香の席に一番近い、すなわち、オフィスの入り口から二番目に遠い席に座ったヤマダがモーニングティーを優雅に飲んでいる。その傍らでキョンシーであるセバスチャンが背筋を針金の様に伸ばして立っていた。
デスクトップパソコンを起動し、京香は軽くメールをチェックする。水瀬から事前に知らせか何か届いていない物かと思ったが、特にそう言ったメールは来ていない。
トントントン。やや頭痛がするこめかみを軽く叩く。
「京香様、紅茶はいかがですか?」
「ありがとう。お願い。スコーンとかある?」
「こちらに」
セバスチャンから紅茶と茶菓子を貰い、モソモソと頬張る。今日のスコーンは砂糖が多めで、紅茶も甘みがある物だった。脳に糖分が行き、少しだけ眠気が覚める。
「ヤマダは何か聞いてる?」
「いイえ、全ク」
一房にまとめたウェーブの掛かった金髪をヤマダはクルクルと人差し指で弄んでいた。その姿はとても様に成っていて、カメラや絵画に残しておきたいと思う人間も居るだろう。
「ま、呼びに行くのも面倒だし、待ってましょうか。そんなに時間は掛からないと思うし」
電話やらメールやらで水瀬を呼び寄せればすぐに来るだろうが、特にそういう気にはならなかった。水瀬がわざわざ集合させたということは簡単に済むような仕事を持って来るはずがないし、何より時間があるのならセバスチャンの紅茶と菓子を味わいたい。
「もう一杯いかがですか?」
京香用のカップが空に成ったタイミングで、セバスがティーポットを差し出した。
「ん。貰うわ。ミルクも頂戴」
「承知いたしました」
ミルクティーにしたおかわりの紅茶と二つ目のスコーンを「ん~」と味わいながら、京香は水瀬の来訪を待った。
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