第99話

かの防衛戦から幾許いくばくかの時が過ぎ―――……


シェラザードのもとに、ある“ふみ”が舞い込んできました。

そのふみに目を通し―――伏せるシェラザード……

そのふみこそは『故郷』からのもの―――その故郷からのふみに何がしたためられていたのかは、シェラザードのみしか判らない事……


けれど―――……


したためられていた内容が何であったかは、後日のシェラザードの“ある行動”で、明らかになったのです。


        * * * * * * * * * * *


「マスター・ノエル、シェラザード様が面会をお求めになられています。」

「そうですか、判りました。」


その日シェラザードは、マナカクリムにあるギルド会館を訪れ当マスター職であるノエルに面会を求めていました。

ノエルにしてみれば、娘であるササラと同じクランに所属し、また時たまにギルドの業務を手伝ってくれた事もあるから彼女が面会を求めて来るなどそう珍しい事ではなかった―――だから今回も、だと思ってしまっていた―――


しかし―――


「(!)その身形みなり……」


いざ面会をしてみると、只ならぬ決意の下ここギルド会館を訪れている事を知るノエル。

そう―――ノエルが目にしていたのは一介の冒険者としての“彼女シェラザード”なのではなく、 ちゃんと髪をセットし、化粧や服装も“儀礼式”のそれ―――そしてなによりその特徴ある両の長耳を飾っていたのは……


「王女シェラザード様、当ギルドに何用でお越しになられたのでしょうか。」


「この度私は、国に帰ることに致しました。 ノエル様に於かれましては一番にお世話になった事への感謝の表れと、一番に報告を致したいと思った所存にございます。」


その場にいたのは、一介の冒険者であるシェラザードではなく……『エヴァグリムの誇り』をつけた、『エヴァグリム王女』であるシェラザードでしかなかった。

そう―――例のふみにはそうした内容がつづられていたのです。

それにシェラザードは今なお『王女』であった為、はこの日が訪れるとは思っていた……


そして、その決意が鈍らないよう―――


「(……)それで、あなた様のお仲間にはこの事は話されたのですか。」


その―――ノエルからの質問といに、王女は答える事はなかった……


また―――彼女は、『サヨナラ』も言わないまま、仲間彼らもとから去ろうとしていた……


そしてやにわに席を立ち、この街から去ろう――――と、していた……


       * * * * * * * * * * *


「―――シェラ!どこへ行くと言うの!?」


「……クシナダ―――」


その足が、丁度街の正門へと差し掛かろうとしていた時呼び止める声がしました。

しかしその声の主や、してや仲間達にさえ今回の事は話してなかったというのに……


「そんな恰好をして―――そんな恰好王女の正装をして……またあなたは私達に一言も言わないまま、私達の前から去ろうと言うの?!」

「(……)ああ―――そうだよ……だって、言ってしまえば必ず決心がにぶるから……」

「『決心がにぶる』?私はようやくあなたと判り合えたと思っていたのに……あなたはその最初から―――」

「本当は……さ、私が起こした“粛清”の名の下、国王おやじもこの手にかけようとしていたの。 そして―――これまでの間多くの国民に塗炭の苦しみを味わわせた償いとして私は王籍を返上しようとしていた……けどさ、ヘレナやヴァーミリオン様から言われたよ、『それはダメだ』……って、私の一つの心残りは、『王女』を続けなければならなかった事―――王女でなくなってしまえば、こんな日が来るのなんてなかったんだろうに……さ。

けれどそれじゃ―――そんな事じゃ『けじめはつけられない』と言われたんだよ!

そして昨日、その為の“ふみ”が私の下に届けられた―――お別離わかれだよ。」


「待って! シェラ―――!!」


「来ないで! それ以上……来ちゃったら……折角の決心が……」


惜別せきべつなみだを呑み込みやっとの思いで絞り出される声に、本当は別離わかれたくもないのに別離わかれなければならない……そうした断腸の思いでの決心である事を、クシナダは理解しました。


そして次第に遠くなり―――ついには見えなくなった“悪友よきとも”の面影に……



#99;別離の向こう側さようならのあした



「ようやく……別離わかれられたようですね―――」


「ササラ……あなたは、知っていたというの?」

「ええ、はこんな日が来るであろう事は判っていました。 ですが、今日だとは、私とて判りませんでした。」

「だったら―――!」


「所詮……」


「……えっ?」

「所詮、庶民私達王族あの方々とでは、その世界が違うのです。 王侯貴族は庶民とは違い、その暮らしぶりなどは裕福ではありますが、その分庶民へ施さなければならない、そうした責務を負うのもまた事実なのであり、“人の上”に立つ者の責務でもあるのです。 けれど近年に於いてはそうした意識が薄れ―――その“悪い意味”での良い例がエヴァグリムと言って差し支えなかったでしょう。 ですが大樹はその根元から腐ってはいなかった……活きた正常な根がある限りは、あの国は再び繁栄を取り戻す事でしょう。

王女は、自国の民達の為に決心をしたのです……それを、私たち如きが止めてはいけません―――止める事など出来はしません……。

だからこそ、またもあの方は『サヨナラ』を使わなかったのです、使えば……もう二度と、再開は叶わないものだと思ったから……。」


シェラザードが完全にマナカクリムから立ち去った頃合に、そしてまた見計るかのようにクシナダの前に姿を見せるササラ。

実は彼女は、こんな日が来る事を予見していました。 そう―――シェラザードが起こした変革が、功を成し得た時点から。

だからこそ―――、クシナダの前に現れた……何よりクシナダは、不意にいなくなってしまった“悪友よきとも”の事を想い、悲観に暮れてしまった前科コトがあったのですから。


それに……直近に於いても、嘘を吐いていたのだから―――……


クシナダの嘘―――それこそは……


好いてしまった相手に、一切悪態が吐けなくなってしまった……と、言う事。


だから以前、指摘されてしまった事に、つい乗っかってしまった―――


『さっきだって絶っっッッ対に、『何言っているのかしら―――』の後、『このお駄肉エルフ様は』て言ってたでしょうに!!』


以前の関係性だったなら、その禁忌の言葉はやにわに口から吐いて出たに、違いはない……けれど好いてしまった今となっては、言えようはずがない……でも、嘘を吐く事で彼女との関係性が保てるならば―――と、だからこそ見破られてしまった“嘘”……けれど【黒キ魔女】も言っていた、今回敢えて使っていた言葉がそうした意味合いを持つと言うのならば……


その淡い期待に、胸を寄せるのでした。





つづく

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