第97話

ルキフグスがシェラザードの手によって討滅させられる、その僅か数分前…………

ヘッズ”を含める他の6人をヴァーミリオン達が相手をしている―――その後方にて。


         * * * * * * * * * *


「シェラザード、少し話がある。」

「あ……魔王様。 はい、なんでしょう?」

「これから彼の者……ルキフグスは最後の抵抗を試みてくるだろう。 そこで、私は彼の者に対し『取り引きディール』を持ちかけようと思う。」

「えっ?!なんで……どうしてですか?この魔界はあいつらの都合だけでこんなにも荒らされたのに―――それなのに……『取り引きディール』?」

「ああ、そうだ。 だがこの『取り引きディール』は必ず決裂に終わる。」


この時敢えてヴァーミリオン達が残ったルキフグス達を相手としていたのは、この為の時間稼ぎの様なものでした。

そう、カルブンクリスとシェラザードの話し合いに目を向けさせない為……

そしてこの時カルブンクリスは前話での概ねの行動―――ルキフグスに対しての『取り引きディール』を持ちかける事を話したのです。

けれどその事にシェラザードは納得はしませんでした。

なぜなら彼らの一方的な侵略行為に対して、自分達が住まうこの魔界せかいが……なにより“悪友よきとも”が蹂躙ふみあらされてしまったのだから。

しかしカルブンクリスの“目的”は、『平和的和解』ではなかった―――なにより彼の者達に対して一番に怒りを感じているのは、彼女自身なのだから。

その証拠としてカルブンクリスは、この『取り引きディール』自体が決裂に終わる事を前提としていたのです。


彼女ほどの交渉屋が、『取り引きディール』を持ちかける前に既に決裂を見越していたとは―――?しかしそれこそはこの交渉自体もある種の時間稼ぎ―――だったとしたら……?


そう、それこそが―――


「≪神意アルカナム≫……つまりはそう言う事ですね。」

「えっ?はい?!アルカ―――……なんだって?」

「その総じての意は『神々の有する権能』と言われているものです。 そして、これこそが魔界こちら側の『最終的な切り札』―――それにシェラさん、あなたには前任者であるローリエ様から『グリマー』を引き継がれた折にこの≪神意アルカナム≫の要諦に関しても話されていたはず……。」

「それは―――そうだけど……話されはしたけど、ワケ判んないよ……。」

「まあもっとも、頭で理解しろ―――と言う方が無理かもしれないね。  逆説的に言えば理解した上で行使できるならばこれ程頼もしい事はない。」

「―――と言う事は……?」

「その権能が我々に向けられれば、それは我々の全面的な敗北を意味する事にほかならない。」

「そ―――そんな……そんな事って……」

「それほどまでに『グリマー』には強力な権能が与えられているものなのですが……ローリエ様の前例を見て申し上げるまでもなく、強力過ぎる権能以外は至って普通の私達とどこも変わらないのです。  大きな怪我もすれば、悪くすれば生命だって落とす事もある……そして“魅了”や“洗脳”にだっておちいる事もある―――だからこそ、取り扱いを慎重にしてきたのです。

それにシェラさんが遠隔攻撃を得意とされた事は魔界こちら側としても僥倖でもありました、ヴァーミリオン様の様に近接攻撃が得意だとあればこちらの戦略もまた違ったものになっていた事でしょうから……。」


シェラザードが冒険者として立身して以降、得意としていたのは剣であり、槍であり、斧であり、弓であり、魔法でした。 そのどれを取っても遜色のない―――まさしくのオール・ラウンダータイプだったのです。 けれど、数々の交流を交えていくに従い徐々に“近接”なモノは使わなくなっていた……そして今回の防衛戦に関しては後衛に於いての遠隔攻撃に徹底していたのです。


だからこそ、虜囚にはなり難い―――


当初ササラやミカエル等は、シェラザードが前線で活躍するのを喜ぶ一方でちょっとしたものの弾みでシェラザードがラプラスの手にちはしないものかと気を揉んでいた時期もあったのです。 それがいつの頃からか……シェラザード自身から前線へと出る機会を減らしてきていたのです。

{*実は、その時機と言うのを逆算してみると、クシナダがニュクスに取り込まれてしまった時機と被って来る}


そしてここで、その真意が語られる―――……


「君が持っている≪神意アルカナム≫……そして遠隔攻撃を可能とする『弓』、最早説明するまでもないだろう。 これから私が為す『取り引きディール』は必ずや決裂する―――これはもう決定事項なのだ、だから君はこの私が合図をすると同時にこの場からルキフグスを射抜くのだ。」

「で……でも、先程からの闘争を見ている限り、あいつの前には……」

「≪ディスペル・ウォール≫……まあ、魔法防壁陣の様なものだね。」

「ミカエル様、それは一体なんなのですか?」

「あれは、私達にも備わっている魔法障壁と同じ様なモノ……あらゆる物理攻撃や魔法攻撃の効果を遮断し、状態異常もほぼ無効化させると言った代物だ。」

「そ……そんなあ~~そんなの、どうやって―――」

「そうした防壁や障壁の類総てを、君の≪神意アルカナム≫が無効化できる―――と、したなら?」

「え??なんですか―――それ……私ですら知らない事を、どうして魔王様が……」

「私だって何も政務や研究に明け暮れていたわけではないよ、『グリマー』たる君の本領……その事をよく知る為に張り付かせていた者達の事をもう忘れたのかい。」

「(!)竜吉公主様に―――ウリエル様……」

「まあ君には悪いとは思ったけれど、魔界一の戦力たる君の事をよく知らなければ魔界の頂点に立つ者としては失格だからね。」

「それであるが為、魔王様御自らも出陣する経緯に至ったのです。」

「それに……どうやら頃合のようだ―――では行くとするよ。 それからシェラザード、何も君が心配しなくとも『その言葉ことのは』は自然と湧き、その口から溢れる事だろう……そして、紡がれ終えた時―――その時こそがこの戦争の終結だ。」



#97;遂にその名を為さしむ



こうして、まるで書きあげられた台本シナリオ通りに本編は進み―――ルキフグスの消滅をもって防衛戦の終結を見たのです。


        * * * * * * * * * * *


その後日―――魔王城では今回の防衛戦の勝利を祝い、その為の戦勝の宴と論功行賞が発表されました。


かつて英雄と呼ばれた者達は再びその栄誉を取り戻し、“三柱みつはしら”の実力者達も更なる格付けと新たなる権限を授与されました。


そして―――……


「右の者―――ヒヒイロカネ・シルフィ・クシナダ・シェラザードを、新たなる『英雄』と認定し、その序列に加わる事を許可する。」


この、魔界せかいの王の高らかなる宣言によって、遂に自分が成りたかった『英雄』と成ったエヴァグリム王女―――シェラザード。

彼女が自分の城より出奔したのは、自国に巣食う『身中の蟲』の退治が主目的としてありましたが、なにより“城”と言う狭き世界から脱却し、もっと広い世界を見聞したかったから……そして幼い頃から読みふけり、ついには全内容をそらんじれるまで暗記しておぼえてしまった『緋鮮の記憶』……王女は、幼心に『いつしかこのお話しに描かれている英雄様達の様に成りたい』……そう願っていました。

しかしそれは、所詮叶わなかった夢―――叶わないであろうとされていた夢……

幼かった頃はまだ良いとしても、次第に成長していくに従い夢見がちではいられなくなる、それほどまでに王女の身の周りの状況は逼迫ひっぱくしていました。

自分の周りには、自分一人しかいない―――味方なんて、誰一人として居はしない事を思い知っていたのです。

けれども、現在より10年以上も前に“プイ”と自国の城を訪れた一人の吟遊詩人により、外の世界への興味がまた“フツフツ”と湧いてきました。


そして出会う―――自分の『運命』達と……


「―――なんだか……笑っちゃうよね、私達が英雄だなんて。」

「そうね―――でも、あなたはそうなる為に目指してきたのでしょう?」

「そうだね……それに、あんた達と一緒なら悪い気なんてしないよ―――」


ここにこうして、その本懐は遂げられました。

その“きっかけ”がなければ世間知らずの王女様―――で終わったかもしれない……

けれど、王女はその“きっかけ”から何かを掴み、掴んだからこそ世間知らずの王女様では終わらなかった。


“鳥籠”から羽搏はばたいてった一羽のとりは大空を舞い―――

やがては“その名”を、魔界全土に知らしめられるほどに成ったのです。




つづく

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