第94話

         ―――『果てなく続く永遠の地獄終極無限』―――

これ程までに“呪詛”の籠った言葉は、他に聞いたことがない……とはしても【夜の世界を統べし女王ニュクス】がいた次元せかい同輩どうはいには、その性質が知られ過ぎるほどに知られてしまっているため、その対抗策は既に講じられている……と言っても過言ではありませんでした。

けれどニュクスは、それが判っていたとはしてもそうせずにはおれなかった……が唯一の、彼女の“手段”だったのですから。

とは言え、そんな強い“呪詛”が籠った業を連発する―――と言うのは、魔界こちらで依り代として仕立て上げられた者からしてみれば重苦をして責め立てられる事と同じであった……。


だから―――ニュクスの内で、苦しみ……藻掻くもがく……



              苦し―――い……


             助けて……誰か―――


              シェラ…ぁ……―――



「クシナダ―――クシナダ―――クシナダぁ!!」



                シェラ……?


            ああ……やはり……あなたは―――



既にその“存在性”ごとニュクスへと囚われ、現世このよの存在ではなくなってしまった者―――クシナダ。

けれども彼女は、ニュクスと同化してしまったとはしても普段通りに仲間達と―――“悪友”との関係を紡げていた……

けれど“今”は―――今となっては、そうも言っていられなくなってしまった……


“今”―――クシナダを支配するのは別人格ニュクス……しかしながら『クシナダ』という人格も僅かばかり遺されていたのです、その僅かばかり遺されていた人格を、他の仲間以上に関係性を構築させていた者はついに捉えた―――


「(!)お前は―――『グリマー』!」


「私は彼女を、お前なんかに奪わせやしない!この身が例えお前からの影響で侵蝕されたとしても……!お前なんかに、決して―――!!!」


「シェラザード様……」

「シェラさん―――……」


「クシナダ―――聞こえてるんだろ……いい加減目を覚ませろよ、なにこんな奴に言い様にされてるんだよ……膝を屈し敗けそうになったら私を頼れよ……私とあんたとの“あいだ”って、こんな事で崩されるほどヤワなもんじゃなかっただろ?何のために、今まで自分の強い主張を―――思いをぶつけ合ってきたと思っているんだよ……あんた一人で立ち上がれないなら、私が肩を貸してあげるよ―――手を差し伸べてあげるよ……だから……諦めるんじゃ――――な…い……」


他の誰も近づく事さえ出来はしないのに―――その者は……『グリマー』は身の危険も顧みることなく、この身体にしがみ付いてきた……それは例え『グリマー』であったとはしても闇の呪詛に抗い切れるものではなく、次第に呪詛は『グリマー』にも蔓延しつつあった……なのだと、しても―――



わたくしは……またも敗北まけてしまった―――

わたくしは……わたくしの次元せかいでは誰一人として、“味方”となってくれる者はいなかった―――

依り代よ……そなたは“孤独”ではなかったのだな―――



ニュクスがなぜ、クシナダを自らの“依り代”として定めたのか……

それは、クシナダが程好く自分と似通っているから……


仲間はいながらも、ほんのちょっと“孤独”―――


“巫女”を生業なりわいとしている―――呪術を得意とし、“ヒト族”である―――その身体には鬼の血が流れている。


どこか“一緒”で―――どこか“ちが”っている―――


だからこそ、の、“孤独”―――


けれどクシナダは、ニュクスとは違っていました。


その最初は仄かに想いを寄せる“幼馴染ヒヒイロカネ”の『奪い合い』でした。

けれど思えば“そこ”から―――様々な事柄・事象に於いても言い合い張り合いをし、そして判り合えた相手の本質王女の本当の姿


“そこ”からはもう、相手王女に対しての憎しみは、無くなってしまった―――

逆に、対しての想いは深まるばかり……


だからこそ、取り繕う為の“見せかけ”の対立構造を演じている様なものだった―――


『あなたは、そのままでよいのですか?』



ああ……そうだ―――私の想いなど、所詮見抜かれていた……



『身中の蟲』を排除する為に、城内にて孤立無援になろうとしている王女を『ならばどうするのか』と問われた時、【黒キ魔女】から突き付けられた言葉。



私は―――私が想いを寄せる“あのひと”より、“あのひと”の方を優先させたい……と、そう思ってしまった。

もう私は―――いや、私は、孤独じゃない。


そうよね……シェラ―――



#94;“悪友”から始まった関係は



その想いに呼応するかのように、しがみ付いていた存在はどこか微笑んだような気がした。

だからとて、強すぎる闇からの影響力により抗い切れず……しがみついたまま崩れ落ちようとする“悪友”。

そちらの方に気が捉われ、攻めていた手が緩みがちになってしまう―――

そこを、その機会にと狙っていた彼方は、今度こそ自らの手で弑する為の手段を講じだす。


「グハハハ―――! 死ねい、ニュクス!!」


侵略軍本陣前の最後の関門を守護まもる『アウナス』なる者により、ニュクスと『グリマー』の生命を狙った渾身の……痛恨の一撃が襲い来る。


……が、しかし―――


その一撃は、いつまで経っても振り下ろされる事はありませんでした。

そう……『いつまで経っても』―――

だからシェラザードは薄目を開け、何が起こったのかを確認しようとした……


“それ”は、アウナスを握り潰そうとしていた、一つの“黒い手”…アウナス自身も5mの巨躯の持ち主ではありましたが、それをも覆い隠す“手”は、更に巨きおおきかった。

こんな……巨きおおきな手を持つ存在なんて―――今までにも見た事も、聞いた事もない。

それは“当然”―――

そんな巨大生物がいようものなら、立ち処に自分達冒険者の耳にも入り、管理するギルドの調査の下『危険か』『危険ではないか』の判別が行われ、そして依頼クエストが発注される―――そう言った段取りが組まれるものなのに……だとするならば、魔界の生物ではないのならば魔界を侵略している側……『ラプラス』側の次元せかいの生物?


いやしかし―――それは有り得ない……しんばラプラスだとはしても、他のラプラス達に激しく怨みを抱いているニュクスは別としても、同じくラプラスであるアウナスを窮地に陥れるとは考えられなかった。


だとするなら、この“黒い手”は??


しかしそれは、次第に明らかとなってきたのです。


アウナスを宜しく捕捉した“黒い手”からは、次第に枝分かれを起こし、“蝕”を起こし始めた……生きながらにしてむしばまれ、喰われ逝くという感覚、それであるが故に赦しを乞い、助命を求めるも―――……


「随分と、勝手な事を言うものだな……お前達は―――」


背後で……明らかに怒気が含んだ声を耳にする―――

ただ、直感的に感じていたのは、今……絶対に背後うしろを振り向いてしまってはならない―――声を立ててもいけない―――なにより……

今、自分達がこの場で無事に居られるのは、単なる奇蹟―――

いや……『完食者その者』の、気紛れに過ぎない。


そう、その“黒い手”の正体こそが、危惧をしていた“闇の衣”の……だったのです。


戦意を削がれ、自らの敗北を認めた―――にも拘らず、何ら無抵抗な者に対しても、容赦なく……また慈悲なく平等に襲い掛かる、死と言う“災禍わざわい”。


ついに最後の関門を守護まもる者も、千切こまぎれにされるまでに“蝕”の手に群がられ、魂の一片も遺すことなく喰らい尽されて逝きました。


そして―――……


「う―――…う、う……(……)―――シェラ……」


「クシナダ―――帰ってきたんだね。」

「ええ……あなたが、繋ぎ止めてくれた……おかげでね―――」


「無茶をするものだね、君達も―――」

「魔王様……そのお言葉は、私が『グリマー』だからなのですか。」

「それも、ある―――がしかし、やはり私はこれ以上の犠牲が出てしまうのが耐え切れなかったのだよ。 だから、もう甘えた事など言っていられない……その為の『所信表明』の様なものが、この“闇の衣”なんだ。」


その存在闇の衣の事を知った時、シェラザードは……『なぜ魔王軍はこれ以上強力な“兵器”の開発が必要なのだろう』―――と、そう思っていました。

しかし、その存在闇の衣こそは、“兵器”等ではなかった……言わば強力無比な蝕神族としての特質性を、これまでに抑え続けてきた者の“覚悟”を問うべきモノだったのです。





つづく

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