第93話 サムジャ、夜の護衛
「ちょっと外に出てる」
「おいおい、こんな時間にかい?」
宿屋の主人が心配そうに聞いてきた。その時間でもまだ起きているこの主人も大したものだ。
俺たちのことを心配してくれているようでもある。
「ちょっと気になることがあってな。勿論宿の迷惑にはならないようにするよ」
「んなの気にしてねぇよ。ただ、心配でな……パピィはどうだい?」
「問題ない。聖女の治療魔法は流石だったよ」
「それは良かった。でも、驚いたぜ。この宿に聖女様が泊まってくれるなんてなぁ……」
主人が感慨深そうに頷いた。この主人にはある程度のことは伝えてある。その方がかえって安全だと判断したからだ。
そして俺は宿から出て屋根に上った。意識を集中させて気配を察せられるようにする。
それからしばらくして――何かが空から近づいてくるのがわかった。屋根を陣取っていて正解だったと言うべきか。
やってきたのは――魔物だった。あれはグレムリンか。
あの魔物については知っている。小さな悪魔といった様相の魔物で大きな耳とナイフのような双眸。やせ細ったような体型をしていて体は黒い。胸や肩には灰色の毛が生えている。
それがグレムリンだ。背中からは蝙蝠のような翼が生えているので空を飛ぶことが出来る。
当然だが本来なら町中に堂々と魔物が飛んでいるのはおかしな話だ。町中に魔物が現れたなんてことになったら大騒ぎだしすぐに冒険者や衛兵が動き討伐に動くだろう。そもそも外から魔物を入れることがない。
だが、実際魔物はこっちに向かってきている。ただ、一直線に向かってきているということは、目的は間違いなくこの宿だろう。もっと言えば宿に泊まっている俺達と見ていいと思う。
その動きから見て、この魔物は何者かに使役された魔物と見て良いだろう。それなら町中でも現れた理由に説明がつく。
問題は誰かということだが……おそらくはハデルだろうな。教会に属しながら魔物を使役出来るあたりやはりあいつには裏があると見ていいだろう。
さて、先ずはこのグレムリンだな。全部で三体いる。そして俺に気がつくと、魔法を俺に向けて放ってきた。
これは闇属性の槍を飛ばすダークジャベリンだな。この槍は左右のステップで避けた。
今度は俺の番だな。
「居合忍法・抜刀鎌鼬!」
数珠丸を抜くと同時に鎌鼬が飛んでいく。グレムリンの一体に命中し、両断された。これで先ず一体だ。
「グギェ!」
グレムリンが俺に指を向けた。途端に強烈な眠気に襲われる。グレムリンの扱う魔法の一つスリープか。
対象を眠らせる魔法だが――俺は心を強く保った。眠気から逃れ奴らを睨めつける。スリープは対象がそれを使ってくると知っていれば効果は薄れる。
心を強く保てば回避も可能だ。
「ギッ!」
今度は口から黒い霧を吐き出してきた。一定の範囲を黒く染める息吹だ。視界を防ぐことで戦いを有利に進めようという魂胆だろう。
だが俺には暗視のスキルがある。闇には強いのさ。寧ろ黒い霧に染めたことで連中が俺を見失ってしまっているようで、デタラメにダークジャベリンを放ってきていた。
だがそんなものがあたるわけもない。
「居合忍法・抜刀雷鏈!」
忍法を行使すると、雷が先ず一匹のグレムリンに命中しそこから連鎖するようにもう一匹にも雷が繋がった。
グレムリンは二体まとめて死んだ。これでとりあえず倒せたな。
相手がグレムリンならまだ問題ない。しかし、予想通り仕掛けてきたか。嫌な予感はしていたんだがな。
さて、後はこれで終わりだといいんだが――と思っていたら火球が飛んできた。おいおい、町中だぞわかっているのか?
「居合忍法・抜刀鎌鼬!」
鎌鼬で火球を切る。派手な爆発が生じた。
「お、おい! 一体何が!」
「中にいてくれ! ちょっと危険なことになってる!」
「ひ、わ、わかった! シノ頼むぞ!」
宿の主人が中に引っ込んでくれた。しかし、こんなのまで出してきたか。
「グルルウウゥウウ――」
空から姿を見せたのはワイバーンだった。小型のドラゴンとも称される竜種の一種だな。流石にドラゴン程の脅威ではないが、口から火球を放つし、尻尾には毒もある。
しかもワイバーンだけじゃない。その上に黒い鎧の騎士がいる。ただ人ではない。気配でわかった。
これも魔物だな。意思ある鎧の魔物だ。ワイバーンの背中から飛び上がった。手にした槍を地上の俺に向けて落下してくる。
宿の屋根からは下りた。流石に宿に迷惑は掛けられない。いや、もう十分掛けているかもだけどな。
軌道を変えた鎧が俺を追いかけるように落ちてきた。何とか避けたが黒い衝撃が広がり俺の体も流される。
やれやれ、こいつらはグレムリンよりは楽しめそうだな――
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