第75話 サムジャ、メイシルの護衛を仲間と務める

 夜になり――俺はパピィを連れて宿を出る。今日は夜の仕事があることも宿の主人には伝えておいた。


 頑張れよと応援してくれた。宿の主人はとてもいい人だと思う。


 その後は先ずは広場に向かった。そこに千面のマスカとルンが立っていた。


「良かったマスカは迷ってなかったんだな」

「貴様失礼な奴だな。ギルドのはたまたまだ。本来はそう迷ったりはしない」

「いや、途中で屋根伝いにとんでもない方に行こうとしているのを私が見かけて、声を掛けたんだけどね……」

「クゥ~ン……」

 

 ルンが目を細めて言いにくそうに口にした。パピィがどことなく残念な者を見るような目をマスカに向けている。


「ご、誤解だ! あっちの方が近道だったのだ!」

「どうみても逆方向……」

「だからそっから転回して目的地に向かおうとだな!」

「中々苦しいな」


 それだと全く近道ではないしな。


「そもそもで言えば何故屋根伝いなんだ?」

「私が泊まっている宿の主人がここまでの道が真っ直ぐと言ったからだ」

「それ多分道伝いにだと思うんだけど……」


 どうやらマスカは素直なようだ。まっすぐと言われたら道沿いじゃなくて屋根に上って突き進むぐらいに。


「私は断じて間違ってはいない!」

「あ、はい。そうだね」


 般若の面を被ったまま詰め寄られると中々の迫力だ。ルンが思わず仰け反ってしまう程度に。


「とにかくメイシルと合流しないとな」

「そうね。マスカはしっかりついてきてね」

「当然だ。馬鹿にするな!」


 馬鹿にしているつもりはないんだけどな。とにかく俺たちはメイシルの下へ向かうことにした。


「グルゥウウ……」

「む、どうした? 撫でてほしいのか?」


 パピィの声が聞こえてみてみるとマスカの裾を噛んで引っ張っていた。そしてマスカは何故か俺たちが行く方向と逆に進もうとしていた。


「……こっちだぞ」

「そ、それぐらいわかっていた。私はだな!」

「パピィありがとうね」

「アンッ!」


 色々と言い訳を口にしているマスカの横でルンがパピィの頭を撫でていた。これはパピィのお手柄だな。


「わかったわかった。パピィ最後尾についてマスカをちゃんと誘導してやってくれ」

「ワンッ!」

「くっ、子供扱いする気か!」

「したくもなるわよ。本当にAランク冒険者なの?」


 ルンが腰に手を当てて、はぁ、と息を吐き出した。Aランクの威厳がルンの中で急降下中だ。


「クゥ~ン……」

「む、違うのか?」

「何でいちいち脇道に入ろうとするのよ……」


 ルンからの呆れた声が続いた。パピィを後ろにつけて正解だったな。対策しなければついてくることも困難だっただろう。


 これでよく護衛の依頼に同行する気になったなとおもわなくもないが、それでもAランクなのだから実力は確かなんだろうな。そう信じたい。


「この度はありがとうございます」

「いや、問題ない。こっちも仕事だからな」

「大船に乗ったつもりでいてね」


 そしてパピィの協力もあって無事マスカを連れてこれた。そこでメイシルと互いに挨拶を交わした。


「こうは言っているが邪天教が絡む以上、厄介な相手が出てくる可能性は十分ありえる。お前らも油断するなよ。いつでも逃がせるよう逃走経路もしっかり確保しておくのだ。道がわからなくなるなど言語両断だからな」

「貴方がそれ言う?」

「クゥ~ン……」


 ルンが突っ込んだ。パピィの声も細い。言っていることは至極当然だと思うのだが、それを言っているのは何度も迷いそうになっているマスカだからな。


 それはそれとしてメイシルを中心に俺たちは警戒を強めながらその案内に従った。


 目的地は町の外れ寄りだから距離はそれなりにある。


 途中から裏通りに入ることにもなるが、もし誰かが狙ってくるとしたらその辺りが危険なポイントだろう。


 それから暫くはそこまでのことは起きなかった。精々酔っ払いに絡まれたぐらいだが、それは適当にあしらった。


 そして裏通りを行くルートに入り――滞りなく筆跡鑑定師のもとに辿り付くことが出来た。


「ベン様――」

「来たか……」


 薄暗い裏通りの奥まったところにいたフードを被った男にメイシルが頭を下げた。相手は姿を隠していて俺たちにも正体を明かそうとはしない。


 代理とはいえ今は主権を握っているのが相手だ。出来るだけ関わりたくないというのが本音なのかもしれない。


 それでも筆跡鑑定の依頼を引き受けてくれたのだから彼女たちからすればありがたいのだろうが。


「今回は協力して頂きありがとうございます」

「いいさ。領主様にはお世話になっている。だが、悪いが厄介事はゴメンだ。頼むから俺が仕事したことは黙っていてくれよ」」

「勿論です。それでは――」


 メイシルとベンという鑑定師のやり取りをある程度離れていたところから見守る。


「それにしても何も起きないとは拍子抜けね」


 そんな中、ルンがホッとしたようなそれでいて面白みがないような、そんな表情を見せてつぶやいた。


 だが、そう思うのは気が早いかもしれない。


「グルルゥ」

「油断するなよ。どうやらお出ましのようだ」

「うふふふっ――」


 パピィとマスカも警戒心を強め――正面から何者かの気配と不敵な笑い声が聞こえてきた……

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