第74話 サムジャ、舞い込む仕事

「うぅ、証拠は揃ってるのに~」

「証拠ではない。今の段階ではただパピィが見ていたというだけだ。証明は出来んな」

「クゥ~ン……」


 二人の話を聞いていたパピィが俯いてしょんぼりした声で鳴いた。パピィは賢いから今ので内容を理解してしまったのだろう。


「パピィに頼んだのは俺だし、内容そのものはすごく役立つ物だ。十分に助かってるよ」

「!? アンアンッ!」

 

 パピィが俺に飛びついてきたので受け止めて上げたら、嬉しそうに尻尾をパタパタさせて俺の顔をペロペロと舐めてきた。


 褒められたのがそんなに嬉しかったか。可愛い奴め。


「……コホン。私も別にパピィの行為が意味ないとは言っていない。情報そのものはとても有効だ。今後はそれを基準に物事が進められるからな」


 俺とパピィのじゃれ合いをマスク越しにジッと見ていたと思われるマスカが取り繕うように言った。


 パピィを傷つけたくないという気持ちからだろうが。本質的には心優しい子なのだろう。


「そうですね。確かにその情報と組み合わせれば今回の証拠もより効果が増すと思います」

 

 慈しみの感じられる視線をパピィに向けながら、ミレイユが先程のマスカの意見を肯定する。


「まぁとにかく先ずはその筆跡鑑定からだな。それがあればダミールを追い詰める材料にはなるだろう」


 オルサが右手を上げ一つの結論を示す。確かにそれは確実に手に入れる必要があるだろう。


「後は聖女だが、こっちは中々大変だな。教会に監禁されているならそう手は出せない」

「ふむ。許可が貰えるなら俺が動くぞ?」

「シノがか?」

「あぁ。俺はサムジャだ。ニンジャのスキルも扱える。ニンジャは潜入も得意だからな。パピィと一緒ならより成功率が上がるだろう」

「それはいいな。なら聖女の方は任せていいか?」

「あぁ。なら護衛が無事終わってからにしよう。夜のほうが潜入には向いているからな」

「何から何までありがとうございます。ただ、私も受け取りは陽が落ちてからになりますが大丈夫ですか?」


 メイドのメイシルは俺とパピィのことを気にかけてくれているようだ。美人なだけじゃなく随分と気が利くな。


「それは大丈夫だ。こっちは遅くても問題はない」

「でも、セイラ大丈夫かな?」

 

 ルンが不安そうに眉を落とした。セイラともすっかり仲良くなっていたからな。


「流石に聖女は教会も重要視しているからな。監禁されているのは懸念材料ではあるが手荒い真似はしないだろうよ」

 

 オルサがルンを安心させるように言った。俺もそこは同意見でもあったりする。それにどちらにしろ昼間の潜入は中々に難しい。


 俺の装備も夜であれば効果が上がるしな。


「そう。なら護衛は私も張り切るわ!」

「ワンワン!」


 ルンとパピィがやる気を見せた。心強いな。


「それならばその護衛には私も加わろう」

「は? おいおいマジか? しかしAランクの護衛料となると……」

「構わん。支払うと言うなら貰うが、今回は私情もあるからな。邪天教団が狙ってくる可能性があるのなら護衛として行動したほうが早い」


 マスカは俺の話でハデルやダミールが教団と関係しているのは間違いないと思っている。


 今日の話であの二人が何かしらの動きに出る可能性は高い。恐らくミレイユはそれも想定してギルドに護衛依頼を出したのだろう。


「ありがとうございます。本来なら私も一緒したいのですが、私まで一緒にいなくなると余計に怪しまれてしまいます。メイシルだけに任せるのは心苦しいのですが……」

「いいのです。私が望んだことです。それにこれほどまでに頼りになる護衛をつけてくれたのですから」


 そして最後にメイシルとミレイユに改めて護衛をお願いされた。


「でも、どうして夜なの?」

「相手が誰かがバレないように夜にこっそり会うのを選んだのだろう」

「はい。依頼した相手に迷惑はかけられませんからね」

「そういうことだな。まぁどっちにしろ仕事は夜だ。何が起こるかわからないから夜までしっかり休んでおくんだな」


 オルサの言うとおりだな。だから俺たちも一度解散し、夜まで休むことにした――






◇◆◇


「よぉネェちゃん。へへっこんなところで一人とはな」

「昼間でもこの辺りは危険なんだぜ? それも知らないとは、さてはあんたこの町に来たばかりだな?」

「そうね。確かに私は今ここについたばかりよ」


 へへへっ、とぞろぞろと男たちが出てきて一人の女を囲った。黒髪の美しい女性だった。どことなく妖艶な雰囲気が漂い、男心をくすぐる際どいドレスを着こなしている。


「だったら俺らがこの町のルールっていうのを教えてやるよ」

「何、ちょっと遊んでやるってだけだ。大人しくしていればかわいがってやるぜ」

「あら? 遊んでくれるの」

「へへ、何だよ随分と乗り気じゃねぇか。そういう女は嫌いじゃないぜ。ほらだったらとっととこっちにこ――」


 その中の一人が女の腕を取り仲間たちと近くの建物を見た。そこに引っ張り込もうというのだろうが――


「へ? 何か急に腕が軽く、え?」


 男が腕を上げる。見えたのは大量の出血と腕の関節から飛び出た醜い骨だった。


「ぎ、ぎぃええぇええええぇえ! 腕がぁあああああ! 俺の腕があああぁあああ!」

「な、これ、お前がやったのか!」

「く、くそ一体何考えてやがる!」

「あら? 遊んでくれるんでしょう? だったらもっとしっかり遊びましょうよ」

「「「「「「「「「ぎ、ぎゃぁあぁああぁあああぁああ!」」」」」」」」


 あっというまに男たちの姿が消え去り、女の周りには細切れになった肉片が散らばっていた。足元には大量の血潮。女の腕も真っ赤に染まっており、それを拭うようにペロリと女が舐めた。

 

「……まさか、貴方が来るとは」

「あら? そういう貴方はもしかしてハデルかしら?」

「あ、あぁそうだ。しかし、驚きましたよ。確かに何人か寄越すとは聞いてましたが、暗黒姫と名高い貴方がやってくるなんてな――」


 明らかに恐れを抱くハデルを見つめながら、暗黒姫は、フフッ、と不敵に笑うのだった――

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