第61話 サムジャとハデルと聖女
「本当なのか? 貴様、本当に犯人を倒したのか?」
「まぁ本当か嘘かでいえば事実だな。もっとも俺だけじゃない。このパピィも一緒だった」
「グルルルルウウゥウ――」
パピィを撫でながら教えてあげた。ただパピィは随分とこのハデルに警戒心を抱いているようだ。
「その子犬も、だと?」
「あぁ。これも全てセイラのおかげだ」
「アンアン♪」
セイラの名前を出すとパピィも目を細めて嬉しそうに鳴いている。
セイラも優しい目をパピィに向けていた。ハデル相手とは大違いだな。二人共に。
「……セイラは教会の人間なのだがな」
「あぁ、一応そうか」
「一応? ふん。冒険者風情が随分と生意気なことだ」
このハデルって大神官。段々と遠慮がなくなってきたな。冒険者に対しても完全に下に見ているのが言動からよくわかる。
「犯人が捕まったのは良かったが、こんな夜中まで大事な聖女を連れ回すのは看過できたことではないぞ」
「待って下さいハデル様。私が教会から出ていたことと皆さんは関係無いんです!」
ハデルの一方的な決めつけをセイラが否定する。
だがハデルは厳しい目をセイラに向けた。
「いいからお前は黙っていろ。野蛮な冒険者ギルドのことだ。汚い手でお前に余計なことを言わないように脅迫まがいなことでもしたのだろう」
「随分な言われようだな」
「ごめんなさいシノさん! シエロさんにも失礼なことを。ハデル様訂正を!」
「うるさい! もうお前は余計なことを言うな。とにかく、今後一切うちの聖女に関わるのは止めてもらおう。もしこれ以上うちの聖女に付きまとうようなら正式にお前ら冒険者ギルドの本部に抗議文を遅らせてもらう。教会も動かす! 冒険者ギルド如き、我ら聖天教会が動けばどうとでもなるのだからな!」
「グルルウウゥウゥウウウ!」
「その小汚い野良犬もだ! 今後教会の半径百メートル以内に近づけるな! 教会が穢れる!」
「そんな言い方……」
セイラが悲しそうに口にするが、ハデルがギロリと睨むと、俺達に向けて深々と頭を下げて戻っていった。
いろいろな感情が渦巻いているのが表情でわかった。これ以上ハデルの機嫌を損ねて逆に俺たちに迷惑がかかることを危惧してくれたのだろう。
セイラは優しい子だからな……
「何よあれ! 信じられない。大体何が教会を動かすよ! やれるもんならやってみなさいっての!」
シエロが憤慨していた。あの態度を見ればその気持ちもわかるというものだろう。
「グルルルルウゥウウゥウウ!」
パピィも眉間に皺を寄せて唸りっぱなしだ。よっぽど腹に据えかねたのだろう。
「しかしあの男、冒険者ギルドを訴えるようなことを言っていたが可能なのか?」
「私には何を言っているか理解出来ないけどね。うちは何も悪いことなんてしてないし!」
シエロの言うとおりだ。ただセイラのことで妙なイチャモンを付けてくる可能性はある。
「聖女の事ではどうなんだ? それぐらいでも教会は動くのか?」
「う、う~ん微妙ね。教会といっても規模が大きいからおかしな考え方を持っていそうなのもいることはいるようだけど。ただ全員が全員あのハデルみたいなのってわけじゃないわよ。前にこの町を担当していた司祭様はとてもいい人だったし街の人も感謝していた。冒険者にも今みたいに法外なお布施を求められなったし」
そう言えば前任者は出来た人って話だったか。
「それにしてもセイラ、大丈夫かしら? 凄く心配だわ」
「クゥ~ン……」
パピィもか細く鳴いてとても心配そうだ。俺も気がかりではある。
「そうだ! こうなったらこっちから逆に抗議文出しましょう! そうよそうすればいいのよ!」
「逆に?」
「そうよ。向こうが抗議するって言うならこっちは逆抗議! やられたらやりかえす! 抗議返しよ!」
おお、シエロが張り切っている。
「冒険者ギルドから抗議なんて可能なんだな」
「それはまぁね」
「ワンワン!」
パピィもいいぞもっとやれ! と言ってるようでもある。
「そもそもで言えばハデルの大神官って役職はそこまで高くないのよね。前の司祭の方が位階が上だもの。だけど司祭の後にあいつが選ばれたのはよっぽど根回しが上手いのか……でも、だとしても今回程度のことで抗議できると思わないのよね」
「そういうもんなんだな」
「えぇ。だからあの自信は割と謎ね。むしろうちから抗議文だしたら教会の本部の心象も悪くなると思うけど」
ふむ、話を聞いているとハデルの行為はそこまで利口な気がしないな。
「だったら何であんなに強気なのか」
「そうね……例えばなんらかの功績を上げていて、位階も上がる予定があるとかならわからなくもないけど、今の所そこまでの功績を上げたという話もきかないのよね……」
功績か。そういうのは冒険者ギルドも教会もあまりかわらないんだな。
「教会の功績ってどんなのがあるんだ?」
「そうね……下世話な話になるけどお布施も評価には繋がるわ。ハデルはその面では褒められた方法じゃないけど結果が出る可能性はある。でも、それも決算みたいなのがあるからそれまでは結果が出ないわね。後は例えば厄介な
「なるほど。でもそんなことはそうそう起きないだろう?」
「そうね。特にそんな話も聞かないわね」
そんな物が蔓延していたらとっくに町で騒ぎになっている筈だしな。
「ワン! ワンッ!」
「うん? どうしたパピィ?」
パピィが俺たちを中心に駆け回り何かをアピールするように吠えた。ふむ……
「もしかして疫病の心配なんてないといいたいのかもね」
「あぁ、なるほど。パピィは何かを感じ取れるのかな?」
「アンッ!」
俺がパピィを抱き上げて聞くと、尻尾を左右に振りながらひと鳴きして顔をなめてきた。全く可愛い奴だ。
「ま、とにかく明日にでもギルド長とも相談して見るわ。今日の件を話せば動いてくれると思うけどね」
「あぁ、助かる。セイラも心配だしな」
「そうね。さて、私も帰ろうかしら」
「ふむ、そういえばもう大分暗いな。送るよ」
「え? い、いいの?」
「あぁ、通り魔の心配はなくなったとは言え物騒だからな」
「ワンワン!」
「ふふ、それならお言葉に甘えちゃおうかな」
そう言ってシエロが俺の腕をとった。やっぱりギルドの受付嬢といっても夜道には不安があったのかもな。
そして俺はシエロを送った後、パピィと宿に戻った――
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