第60話 サムジャ、ギルドを出たところで……

 オルサにつれられて俺たちはギルドに隠された死体安置所に来た。そこにジャックの死体を収めたわけだが、そこでルンがオルサに尋ねる。


「ここの死体ってずっとこのままなの?」


 オルサはその質問に、いや、と口にし。


「ここにあるのはとりあえず保管する必要がある死体だ。時が来ればそれ相応のやり方で処理させてもらう」


 それ相応か。基本的には火葬になるのかもな。

 冒険者が志半ばで命を失った時に、町まで運ぶのが難しい場合には外でそういった対応を取ることが多い。


「ま、とにかく犯人が死んで良かった。しかも依頼を領主に引き上げられるまえだからな」

「それはよかった。だけど問題にはならないか?」

「流石に依頼料を渋るような真似はしないと思うがな。しかし最近は領主の動きにも気がかりなことが増えてきた。今回の依頼の取り下げも勿論だが、最近は領主からのお達しには弟のダミールの名前が添えられることが多くなったし」


 ふむ。そういえば領主の体調が良くないのでは? という話が出ているんだったな。


「ま、けど心配はするな。この分の賞金も含めてしっかり報酬は支払うからよ」

「そうか。悪いな」

「いいってことよ。しかしお前は本当すげぇ活躍してるな。この調子ならDランクまではすぐに上げられそうだ」


 オルサがうんうんと一人納得していた。Dランクか。確かにそこまで上がれば更に受けられる依頼の幅が広がるだろう。


「しかし、こんな男一人にかき回されていたとはな」


 オルサが悔しそうに語る。そう言えば、一つ大事なことがあったな。


「オルサ、闇の天職は知っているか?」

 

 するとオルサの眉がピクリ反応する。


「お前、それを知っていたのか?」

「これでも勉強熱心でな。そしてそいつが持っていたのがその天職だ」

「ま、マジかよ……しかし、それなのに一人で倒すとはな。予想以上に凄いぜお前は」


 そう言って唸るオルサ。闇の天職に関してはしっかり知られてはいるようだが、やはり厄介な物としての認識が高いのだろう。


「とにかくそれについても含めてこっちで対処しよう。助かったぜ」


 オルサがニカッと笑って俺の肩をバンバンっと叩いてきた。わりと痛いんだがな。


「さてと、それじゃあ出るか。流石に長くいて気持ちいい場所でもないしな」


 そして俺たちは遺体安置所を出て来た道を戻った。


「一応確認の必要があるから報酬はそれが済んでからになるな。ま、ただでさえ今はギルドも閉まっている時間だしな。とりあえず明日の夕方までには報酬が出せるようにしておくよ」

「助かるありがとう」

「何いいってことよ」


 オルサが俺の背中をバンバンっと叩きながらニカッと笑った。


「さてと、俺も仕事が一段落ついたころだったしな。折角だから一緒に帰るか?」

「えぇ? う~ん、仕方ないわね。じゃあ私はこのままパパと帰るわね。明日もよろしくねシノ!」

「あぁ、こっちこそ宜しくな」

「それなら私も出ないとね」

 

 そして俺たちは揃ってギルドを出た。ルンはギルド長の娘だからな。一緒に暮らしているんだろう。


 ギルドを出てオルサと一緒に家に戻っていった。


「そういえばセイラはどうするのつもりなの?」

「あぁ、そうですね。今日は教会に戻れな――」

「セイラ!」


 シエロが問いかけセイラが答えようとしたその時だった。どこかで聞いたような声が俺の耳に届く。見てみると、やっぱりこいつ――大神官だったか。


「ハデル様……どうしてここに?」

「どうしてではない! 勝手に教会から出てこんな時間まで一体どこをほっつき歩いとったんだ!」

「何その父親みたいな口調」

「グルゥ」

「流石に父親扱いは勘弁して欲しいです……」


 随分とご立腹な様子のハデルを見ながら、シエロが言った。確かに大事な娘の帰りを心配する父親みたいないいかただったがセイラは迷惑そうだ。


 パピィも不機嫌そうに見える。


「とにかく来るのだ! 教会に戻るぞ!」

「キャッ!」


 のしのしとハデルが近づいてきてセイラの腕をとった。随分と強引だな。これまでは少なくとも外面は取り繕っていそうに思えたが、今は感情を顕にしている。


「グルルゥウ! ワン! ワン!」

「痛ッ! な、何だ貴様。この駄犬が! うぉ!」


 セイラが襲われていると思ったのだろう。パピィがハデルの脛に齧りついた。悲鳴を上げてパピィを蹴ろうとしたが、すぐにパピィが離れたのでバランスを崩して尻餅をついていた。


「き、貴様」


 上半身を起こしハデルが俺たちを睨んでくる。

 なかなか情けない格好だがセイラが俺たちに先ず頭を下げてきた。


「今日は無理を聞いて頂きありがとうございました。これ以上迷惑は掛けられないのでこれで戻ることにします」

「いいのか?」

「はい。それにどちらにしろ明日には戻らないといけなかったので」

「ふ、ふん。当然だ。年がら年中暇そうな日雇い冒険者と違って、聖女のセイラは毎日が忙しいのだからな」


 立ち上がり乱れたローブを直しながらハデルが嫌味を付け加えてきた。


「随分な言われようね」

「気を悪くさせたなら済まなかったな。だが間違いではあるまい。未だに通り魔事件の一つも解決できていないと聞く。今もどこかで犠牲者が出ているかと思えば私も胸が痛い。ましてやもしセイラが襲われていたと思えば気が気ではなかった。だからわざわざ私自ら探しに出ていたのだ」


 なるほど。一応そういう理由があったのか。


「あらそう。でもそれならもう心配には及ばないわよ」

「何? どういう意味だ?」


 腕を組み、ふふんっと得意気に語るシエロにハデルが眉を顰める。


「その通り魔なら今日ここにいるシノの手で倒されたからよ。だからもう住人も犯人に怯えることもないわ」

「な、なな、なんだとぉおぉおおぉおおお!」

 

 ハデルが目を剥いて驚いた。何だ、随分な驚きようだな。


「ば、馬鹿なありえん。そんな馬鹿な話が。あいつが……」

「ハデル様。どうかされたのですか?」


 ぶつぶつと呟くハデルを見て怪訝そうにセイラが問いかける。するとハデルが、ハッ! とした顔になり俺に顔を向けて言った。


「それは本当に犯人だったのか? 間違いの可能性もあるだろう!」

「いや。間違いではないだろう。女に襲いかかっていたしな」


 本当は俺の変化だがそこまで素直に話すことはないだろうしな。


「……それで一体どんな奴だったんだ?」

「あら、そこまで教える必要あるかしら?」

「私は教会の人間だ。悪事を行う犯人の情報なら知る必要がある」

「……そう。なら名前だけ教えるわ。犯人はジャックという男よ」

「くっ!」


 シエロが答えると、ハデルが呻き声を上げて、表情を歪めた。ふむ、一体どうしたというのか――

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