第35話 サムジャVSダンパーティー

 結局、ルンと一緒に俺達は先へと足を進めた。通路は先に行くほど幅が広がっていき、その先で大きく膨らんだ空間にたどり着く。そこから先は横穴が正面と左右に一箇所ずつ空いていた。


 空間に辿り着いた俺達はそこで足を止め、警戒心を強める。


「ガルルルウゥウウ――」

「いるんだろう? こそこそ隠れてないで出てきたらどうだ?」


 パピィが唸り声を上げている。気配は俺も感じ取っていた。俺達が気づかず進むようなら不意打ちでも考えていたんだろう。


 しかもご丁寧に罠も辺りに散りばめられているようだ。俺は苦無で罠を全て潰した。トラバサミだったり爆発だったり矢だったりと様々だったが、持続性は無い。発動させれば消える物だ。


「チッ、勘のいい連中だ」

「俺の罠がこうもあっさりバレるとはな」

「手を抜いたんじゃないのか?」

「いや、油断は禁物だ。それなりの腕はあるのかもしれない」


 三方の横穴から男たちが姿を見せる。見覚えがある連中、というよりは何となくそうじゃないかとは思っていた連中だ。


「嫌な予感はしていたけど、本当にダン、貴方だったのね」


 ルンが顔をしかめた。街での出来事は良く覚えている。ルンをパーティーに入れようとしつこく言い寄っていた連中だ。


 だけど、それだけならただ鬱陶しいだけの空気の読めない連中で済んだのだが、ここまでやると冒険者としても大きな問題がある。


「途中で罠を設置していたのもお前たちだな? 一体どういうつもりだ?」

「そんなの決まってるだろう。一層も攻略出来ずにすごすごと逃げ帰れば攻略は失敗。そいつの親もご立腹だ。お前はルンとは組んでいられなくなる。その筈だった」

「だが、どんな手を使ったか知らないがまさか罠を全て潜り抜けるとはな」

「刻印術士の力に頼ったのかもな」

「いや、こいつはサムジャだ。ニンジャの力があればあるいはそのスキルの恩恵かも知れない」

「おいおいケナイ、ニンジャは黒装束を着てないとその力を発揮できないんだろう? だったらこいつにそんな力があるわけねぇ」


 ケナイっていう坊主髪の男は、この四人の中ではまだ頭が回る方なのかもしれない。しかしダンは聞く耳を持ってないようだな。


「今の私の魔法じゃ罠の回避は出来ないわよ。パピィちゃんがすごかったんだから」

「ワンッ!」

「は、そんな駄犬に何が出来るってんだ」

「グルルルルゥウウウ!」


 ルンに褒められて嬉しそうだったパピィだが、ダンに貶されて機嫌を損ねたようだ。


 連中に睨みを効かせて唸り声を上げている。


「お前たちがどう思おうと、ここまで罠を回避してきたのは事実。そして俺達を妨害していたこともな」

「冒険者として許されることじゃないわ!」


 俺が連中に事実を突きつけると追随するようにルンが力強く宣言した。奴らは一瞬顔を歪めるがすぐに俺を見下すような態度を見せた。


「だから俺らがわざわざ出てきてやったんだよ。お前を始末するためにな」


 俺を指差しダンが言う。それはもっとも愚かな策だと思うが。


「自分で何を言っているのかわかってるのか? それは紛れもない殺意の表明だ。冒険者の規定にも仲間を傷つけること及び殺害することは禁止事項とされそれを破れば重い処罰がくだされる」


 これが正当防衛であればまた別だが、自分から仕掛ける場合は当然仕掛けた方が罰せられる。殺害に関しては死罪となる可能性も高い。


「確かにな。だが、証拠があればの話だ。幸いここはダンジョン。探索に潜った冒険者が失敗して戻ってこないなんてよくあることだろう?」


 にやぁ、と薄気味の悪い笑みを浮かべるダン。確かにダンジョン攻略には危険が伴い、冒険者が死亡する確率も高い。


 そういう意味では奴らにとってはうってつけということか。


「あんた達馬鹿じゃないの! 私は、私はギルド長の娘よ! 怪しい点があったらすぐに調査が入るわ!」


 ルンは一瞬迷ったようだが、俺をチラッと見た後で改めて宣言した。恐らくギルド長を話に出すのを躊躇ったんだろう。


 ルンは親の名前に頼るのは避けたそうだったからな。しかし状況が状況だけに自分の意地だけのために俺を巻き込むわけにはいかないと思ったのかもしれない。


 こういう時に自分よりも仲間を思いやれるのは良い冒険者の証拠でもある。ルンは将来大物になるかもな。


「だからお前を殺すつもりはねぇよ。もっとも二度と口がきけない用に顎を砕くし歯も抜く。舌もちょっと切っておくか? それぐらいはさせてもらうが殺しはしないさ」


 こいつら……とんでもないことをいい出したな。


「何だお前、その目は?」

「目の前にクズがいるんだ。こんな目にもなる」

「テメェ……ふん、まぁいいさ。その減らず口が聞けるのも今のうちだけだ。言っておくがルンをやったのも全部お前の仕業ってことにするからな。死んだ後もお前の評判はガタ落ちどころか、喜べギルド長の娘を酷い目にあわせた最悪で恥知らずな冒険者として名が知れることになる。はは、良かったな有名になれるぞ」

「ダン。あの女、ボコボコにする前にやることはやるんだろう?」

「当たり前だろう? 胸がちっと残念だが、ま、顔はイケてるしな。一緒に愉しもうぜ」

「へへへ、久しぶりだなこういうのも」


 モヒカンの言ったことを聞き逃さなかった。こいつら、さては前も似たようなことをやったな……


「な、なぁ。俺は殺す前にあっちの男でいいか? いや殺した後でもいいけどよ」

「「「は?」」」


 そして、更にとんでもないのはあのケナイという坊主頭だった。俺に向けて妙に熱い視線を送ってきている。とても気持ち悪い。


「お前、そうだったの?」

「そうだったとは?」

「いや、別にいいけど、俺らのことどう思ってたんだ?」

「タイプじゃないから大丈夫だ」

「そ、それは逆に良かった……」


 三人がほっと胸をなでおろし、そしてダンが改めて声を上げる。


「とにかく、俺達は先ずお前を殺し犬もぶっ殺し、残ったルンでたっぷり楽しんだ後口がきけないようにして連れ帰る。勿論お前にやられていたところを俺達が助けたってことにしてだ! これで俺達の知名度は上がる!」

 

 やれやれ、これを本気で言っているのだから怖い。こう言っちゃなんだが例えそれが出来たとしてもあのギルド長がこいつらの嘘に気づかないとは思えない。


「トラバウド!」

「任せろ!」


 そして俺達が入ってきた横穴にガシャンっと格子がおりてきた。


「あ! 道が!」

「これで逃げようとしても無駄だぞ?」

「なるほど。ここに来るまでの道に罠を仕掛けていたのはそいつか」

「へへ、今更気がついても遅いぜ」


 罠を張るあたり天職は罠師ってところか。そしてダンが強闘士なのは事前に聞いて知っている。あとの二人はわからないが――


「さぁやってやるぜ! お前らルンは殺すなよ!」

「わかってるぜ! こういうときのための俺の天職! ポイズンスモッグ!」

「!? ワンワン!」


 パピィが吠える。何かを察したのだろう。そして俺達の足元から煙が発生した。


「息を止めろ!」

 

 俺が叫ぶとルンが口をふさいだ。パピィも口を閉じる。間違い無しにこれは毒ガスだ。


「甘いぜポイズンジェル!」


 ビチャッと俺の体に緑色のネバネバした液体が命中した。


「煙は囮だ! こっちが本命。はっは、これで貴様は毒まみれ!」

「よくやったぞドクドル」

「居合忍法・抜刀鎌鼬!」


 俺を指差しゲラゲラ笑い出すドクドルだったが、構うことなく忍法を行使。抜刀と同時に発生した鎌鼬がドクトルに向けて突き進む。


「へぁ?」


 間の抜けた声が聞こえた。ドクトルの体に斜め線が走り、そして左肩から右脇腹に掛けて切断された肉体が地面にずり落ちる。


「な、ドクトルが!」

「ば、馬鹿な毒を喰らったはずなのに」

「知らなかったのか?」

 

 驚いている連中に向けて、俺ははっきりと言い放つ。


「俺に毒は効かないんだ」

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