第53話 惑わせ化かしにおさまらぬ

「ううむ、まだ喋ることはできんか。りらっくすしてほしいものじゃがのう……。まあ、もう少し経てばいくらか慣れてもくるじゃろ。ずうっと待っておるのも退屈なもんでな、話を始めさせてもらうが……喋れるようになったらいつでも何でも尋ねて良いぞ。……おおっと。このままでは客人に対して余りにも礼を失しておるな」


 「彼女」は座っていた枝からひらりと飛び降りると、音もたてずに着地した。まるで羽でも生えているかのような軽やかな身のこなし——いや、そんなものでは到底説明しきれないだろう。相当な高さから飛び降りておいて、「音もたてずに」というのだから。……「彼女」はそれからゆっくりと私たちの前に歩いてきた。


 不思議なことに、私には「彼女」の足元の草花が明らかに「彼女」を避けているように見えた。「彼女」は歩きながら、ただの一つも花を散らせたり、草を踏みにじったりすることは無かった。草花に意思のようなものがあるとすれば。……私にはわからないだけでそういうものを持っているのだろうか。その意思が「彼女」を避けた……あるいは、「彼女」のために道をあけた、ということがありありと見てとれた。もちろん、草花は地面に根を張っているものだし、自らの意思で移動することなど不可能なはずだ。しかしながら現にそう見えているのだから……、それ以外に表現しようがないではないか。「彼女」の足元は黒く湿った土があるばかりで、さっきまでそこに生えていたはずの草花はいつの間にやらいずこへと消えていた。


「まるでタヌキに化かされているよう、と、そんな風に思うか? かっかっか! あまり気にしない方が良いぞ。人智を超えたモノ……お主らの判断できる理の外にあるモノじゃからのう。いくら考えても答えは出んよ。

 ……さて、気を取り直して話をしようか。手始めに、ポコが言っていたことの訂正からしようかのう。……ヒトを他の動植物よりも上位だと認めた、というのはあくまで生物の範囲内での話じゃ。多摩の地に未だかつてないほどの利益と混沌をもたらすような、そんな力のある種族であるというだけのことよ。わしやこの場所のような、文字通り次元の違う存在になったわけではない。


 ……まだ話せないか? 良い良い。ではもう少し続けようかの。こう訂正するのはとても大事なことでな。お主らはあくまでもわしに管理される立場にあるということを忘れないで欲しいのよ。それでな……。


 ……人間はやり過ぎた。だから、もうこの土地には必要ないでの。ことにした」

「エッ……。ほ、滅ぼす……」

「ああ、滅ぼす。根絶やしじゃ。それはそうと、やっとこさ声を出してくれたのう。かっかっか!」

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