第31話 進路は


「ケチ」


 美織さんのシンプルな感想には思わず噴いた。


「ケチじゃない」


 答える館長は冷静に夕食の白米を口に運ぶ。


「なんでよ? 少しくらい助けてあげたって悪いことじゃないでしょ? それで彦星くんが野垂れ死にでもしたら悔やんでも悔やみきれないよ私」


「縁起でもないな」


 言いながらズズっとお茶をすする。


「大丈夫です美織さん。館長の言うことは正しいです」


「彦星くん、洗脳されてんじゃない? 世の中の大学生なんてね、親のスネかじりまくりなんだよ? しかも下宿するわけなんだから学費だけじゃなくて食費や生活費だってかかるの。それを全額なんとかしろだなんて鬼だよ鬼! バイトするにしても勉強と両立するの大変だし、頑張りすぎたら怪我や病気だって心配だし……」「美織」


 遮ったのは館長だ。


「なゆうの時より心配してない?」


 ニヤリと言われて美織さんは一瞬固まった。


「そ、そんなことないよ! っていうかなゆうちゃんはひとり暮らしってわけじゃないし、学費や生活費だって送ってるもん。彦星くんとはわけが違うよ」


 なゆうは美織さんの実家、つまり彼女の祖父母の家に居候している。たしかにそれなら娘を置いても心配はないはずだ。


 美織さんの反論に館長は「ふふん」と余裕で笑って返す。


「わけが違うのは、それだけじゃない」


 夕食を食べ終えて箸を置くと、館長は美織さんをじっと見た。途端に頬を赤くして目を逸らせてしまう美織さんを可愛らしいな、と思ってしまって慌ててこちらは俯いた。


「与えるばっかりが『愛情』じゃないと、俺は思うんだよね」


「……というと?」


 美織さんはなおも不服そうでありながらもちゃんとその話を理解しようとしていた。


「例えば『借り』だとか、例えば『プレッシャー』だとか。こっちがそんなつもりはなくても、そうなる可能性はゼロじゃない」


「そんなの思う必要ないってば」

「こっちがそうでも」


 珍しく強めの声だった。


「いくらのつもりでも、現実はそうじゃない。わかりやすく線を引くのはお互いにとって、長くいい関係でいるために必要だよ」


 ね、彦星くん。と話を振られて「はい」と強く頷いた。


 そうやって、一見突き放すようにしてこの人は俺に『自立』を教えてくれようとしているんだ。


「お二人どっちの気持ちも、嬉しいです」


 本当にいい人たちと出会えた、とそう思った。



 そして、大学への進路を決めるのであれば、もちろんこの人にも話をするべきだった。


「……なゆうさ、そろそろ進路、決めんの?」


「ああ……うん」


 夏休みで帰省中のなゆう。休館日に電車に乗って隣町のプラネタリウムにデートに行った帰りの電車内で、そう切り出した。「デートでもプラネタリウムなんて、よく飽きないよね」と彼女は呆れるけど飽きるはずがない。星を見ることは、俺にとっては呼吸と同じなんだから。


 田舎道をゆっくりと進む電車内はガランとしていて乗客は俺たちだけだった。ひとつ先輩の彼女は高校二年。ここはまず相手の進路について、知っておこうと考えた。


 進学なのか、就職なのか、もちろんどんな進路でも反対はしないし応援したいと思っているけど。


 だけど彼女はまだそれについてピンと来ていないらしかった。


「……沙知絵、ほんとに結婚するのかな」


 親友の話を持ってきて話題を逸らした。まあ、わからなくもない。都会か田舎か、まずはそこから決めなければならない彼女の進路は、これまでの様子からしてもそう簡単には決められないんだろう。


「するでしょ。タカさんだもん」


「え。そ、そんな印象?」


 俺があっさり答えるとなゆうは意外だったのかそう訊ねた。


 タカさんとはあの豪雨事件以来意外にもよく話す仲になっていた。昔はああいう不良みたいなタイプって苦手だったけど、美織さんの弟ということもありタカさん自身の西野家への出入りが頻繁なのと本人の持つあの社交的な性格も手伝って、いつの間にか弟のように可愛がってもらっていた。


 ちなみにタカさんは沙知絵さんの家の農家に正式に弟子入りしたとかで今は住居も同じ。二人は過去にいろいろ揉めたこともあったらしいけどあの豪雨の一件以来仲も戻ってなんなら今では毎日一緒に寝てるって本人が言っていた。ということでまあよほどの事件でもない限りは本当にこのまま沙知絵さんの卒業を機に結婚するんだろうな、と周りの誰もが認めている。


「タカさんね。あの人、すごいよ。やっぱ『美織さんの弟』だなって感じ。……そんなこと言ったら美織さんは嫌がるだろうけど」


 『好き』に一直線なタカさんと美織さん。見習いたい、と思うくらいだ。館長は「いや絶対見習わない方がいいよ」と苦笑するだろうけど。


 話題が完全に逸れてしまう前に、言いたかった話をしようと決めた。


「俺、……大学に行こうと思うんだよね」



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