第21話 避難所
その後は高本さんに付いて、美織さんとともに何軒か回ってお年寄りの避難の手伝いをしていたけど「美織ちゃんたちも、あとはええからそろそろ避難せえよ」と促されて頷いた。
「館長は……科学館ですか?」
ふと気になって美織さんに訊ねた。休館日、まさかプラネタリウムということはないだろうけどその姿が見えないことが気になった。
「うん、一階にある備品を安全な所に運ぶとかって言ってた。彦星くんには絶対来ないように伝えてって言ってたけど……」
「ひとりで、ですか?」
帰って来れるんだろうか。
「安田さんにも来てもらうか、とは言ってたよ……なるべく早く戻るって言ってたから。うん、大丈夫だよ」
美織さんは自分に言い聞かせるようにそう言った。この人を不安にさせてはいけない、と俺も「ですね。とにかく僕たちも中学校行きましょう」と返した。
中学校は外れの坂の上にある。お年寄りの足には辛いはずだ。加えて雨はまだ強い。体育館の出入口で他の人と話を始めた美織さんから離れて坂に戻ると、「大丈夫ですか」と声を掛けながら、その背中を押したり、腰をさすったりしながら避難を助けた。自分が積極的にこんなことをするなんて正直驚いた。これは紛れもなく、美織さんの影響だ。
汗なのか雨なのかわからないくらいに濡れながら、いつしか中学の仲間も一緒になってその長い坂を何往復もしていた。
ようやくその流れも落ち着いて、代わりに体育館は人に溢れた。館長の姿は……まだない。
ヘトヘトになって体育館の……避難所の、床に座り込んでいると、誰かが近づいてきてタオルを渡してくれた。
「大丈夫かあ? 彦星くん」
「ああ……ありがとうございます」
大きな笑顔の、がんさんだった。西野家と仲のいいがんさんは西野家への出入りも頻繁で、俺も普段からよく顔を合わせていた。
「大活躍やったそやないかぁ、やるなぁ。みぃんな彦星くんに感謝しとったぞ」
言われて「いやあ、そんな」と照れた。
外はだんだんと夕方が近くなってきていた。「暗くなると、恐いのぉ……」
がんさんは出入口から空を覗いて呟くように言った。
「星野くんはまだなんか?」
訊ねられてその存在がまだないことに俺も気がついた。
「まだみたい……ですね」
「そこの道での、土砂崩れが起きたち、言うてたもんで……美織ちゃんもさすがに気が気やないみたいじゃ」
言いながらがんさんがちらりと見る先には、美織さんが心配そうに外を眺めていた。
いつも笑顔の美織さんの不安げな表情は初めて見るものだった。どう声を掛けたらいいのか、わからなかった。
避難の際咄嗟に持ってきた電話は館長に繋がるかと思ったけどよく見てみたら充電が切れていた。日頃使わない自分が悪いんだけど、なんだか便利さに裏切られる人間の非力さというか、そういうものを感じてしまった。
その時、「あ……星くんっ!」と美織さんの大きな声が聴こえた。
反射的にそちらを振り向くと、「うお」と慌てて目線を逸らせた。り、理由は、その、中学生にはいくらか刺激が強すぎたから。
う、はは、なぜか俺が暑くなって苦く笑いつつも、その人の無事に安堵した。
「ぶ……ぐ、こら! やめろ美織っ! 人前でっ!」
館長はそう照れて美織さんを押し離すと、起き上がって「そういや
『
館長夫妻に倣って俺もその姿を探すと、避難所の一角に目立つ茶髪を見つけることができた。
「うわ、なんやこれ!? 凄いやないか! ……これ、タカくんが!?」
言うのは目を丸くしたがんさんだった。その目線の先には開かれた大きなキャリーケース、中にはパンなどの食料やペットボトル飲料がたくさん詰まっていた。
「ああうん。少しだけどね。来る時、橋がもうダメだったし、土砂崩れも起きてた。ここはたぶん今、孤立してる。食料確保、備品の確認もまだなら早めにした方がいいよ」
「……あ、ああ、そやな。……な、なんや頼もしいの、タカくん」
「言ってる場合? 備品どこ? 俺も見るよ」
歩き始めたタカさんとがんさんはそこで俺に気がついた。
「ああ彦星くん。……はは、久しぶり」
少しバツが悪そうな照れ笑いというか、そういうものをしながら言って「ああそうだ」とキャリーケースに戻って小さななにかを取り出した。
「これね、携帯用のバッテリー。使える機種かわかんないけど、姉さんか星野おじさんに渡してよ。もしまだならなゆうちゃんに連絡もできるだろうし」
『チャラい』『いい加減』『クズ(美織さん談)』と聞いていたその人とは思えない頼もしさに、がんさんとともに驚きながらも「ああ、わかりました」と受け取った。
館長の姿はまた見えなくなっていたので美織さんに声をかけた。
「えっ、タカが!? うっそお」
バッテリーを見せるとそんな反応をされた。けど美織さんは困った顔をして「でもね」とエプロンのポケットからそれを出して見せてくれた。
「えっ、だめなんですか?」
「うん、ぜーんぜん点かなくなっちゃって。水没状態みたい」
美織さんが悲しげに見つめるその画面はどこを触っても黒いままだった。
「彦星くん、電話あるよね? 星くんも忙しいみたいだから、悪いんだけどその、なゆうちゃんに連絡、彦星くんからしてくれないかな」
「えっ!?」
嫌、とは言いづらいけどまあ正直喜べることでは到底なかった。こちらからしても、たぶん相手からしても、苦手、と言ってもいいくらいの関係だ。
戸惑ううちに美織さんは誰かに呼ばれて「お願いね」と微笑んで去ってしまった。
う……やるしかない。まあ、そう気負うことでもない。向こうもきっと心配してるだろうし。
バッテリーを差し込んで、それがたまるのをしばらく待った。
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