第6話 伝われ!

「……な、なんで笑うんですか」


 熱さの反動で恥ずかしさが込み上げた。しかしその返答はまたしても予想外のものだった。


「っく、はは、ごめん、っいや、いいよ、キミ。昔の僕にそっくりで」


「え?」


 それはこの館長の言葉がなぜ受付の安田さんのように訛っていないのかも説明するものだった。


「僕も生まれは、そっちの方で」


 すっかり柔らかになったその表情から聞かせてもらえた話は、そんな語り出しから始まった。


「まあ僕の場合は母方の田舎がこの土地で、親戚の家があったからね。そこに下宿させてもらうことができたんだ」


 幼い頃に見たこの土地の星空が忘れられなかった館長は、高校進学を機にこの土地へ移住したそうだ。


 高校在学中にここの科学館の前館長と仲良くなってバイトを始め、高校卒業後そのまま就職、前館長の引退を機に館長の職を引き継いでもう十年以上になるとのことだった。


 俺は目を丸くして館長の話に聞き入った。これまでの人生で、その言葉をいい意味で使ったことはたぶんなかったけど、今回初めてそれをいい意味で使う。たぶん、そうだ。これが『運命』なんだ。


 だけど館長は俺の希望には否定的だった。


「僕の場合は前館長が引退したこともあってここで働き続けることになったわけだけど……キミは、まあそう急いで将来決めなくてもいいんじゃないの? 大学で天体について深く学ぶって選択肢もなくはないし、とにかく今どき中卒はよくないと思うけど」


「……」


 言う意味はよくわかる。常識的にはその通りだし、納得もできる。


「それにまず、ご両親はこのこと知ってるの? 家出少年かくまうのはごめんだよ」


「ああそれなら大丈夫です。基本無干渉なんで。中学出たら自立するって言ってあるし、親もそれを望んでます」


 中三になってから父さんと言い合いをする度に「早く出てけっての」と言われていたのは本当だ。「中学出たら大人と同じだからな」とも毎度くどく言っていた。


「高校出なきゃ雇ってもらえないんなら高校行きます。この近くにありますよね? そこ行きます」


 この館長の話を聞いて、正直とても羨ましくなっていた。『やりたい』と、生まれて初めて強く思っていた。


「いやいや、あそこ公立だし、住民票ないと受けれないよ。下宿ったって、この土地にはアパートなんてないし、そういうの受け入れてる家も……」


 俺はもう、腹を決めていた。


「給料は要りません! ここの仕事も家のこともお手伝いするんで……その、面倒みてもらえませんか!? 館長の家でっ!」


「はあ!?」


 さすがに驚いた反応をされた。そりゃそうだ。自分でもかなり無茶なことを言っているのはわかっている。そもそも約束もなくいきなり来て、初対面だというのに。


「だって、ご自身もそうやって高校行ってたって言いましたよね!? だったら僕もそうしたいです! お願いします! ほかに頼れる人なんていないし!」


「ちょちょ、いや、もっとよく考えて。なにもこんな田舎の高校じゃなくても、地元でいいでしょ」


「いや。ここがいいんです。ここで生活したいんですよ、満天の星空の下で! わかるでしょ!? あなたなら!」


 伝われ。伝われ! どの道帰る電車賃はない。俺にはもうこの道しかないんだ。


「とにかく! 夏休みの間はここにいるつもりです。泊まるとこないならこの長椅子で寝させてもらいます。夏だし! 凍死の心配もないし!」


 なかばヤケになっていた。こんな自分も初めてで、なんというか、制御が出来なかったのもある。


「い、いやいや困るよ」

「いいよ! うちにおいでよ! 『彦星ひこぼし』くんっ」


「え……」

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