第21話 決戦までの時間!

 近くのコンビニまでサンドイッチを買いに行く。買い出しはチームの中でのわたしの数少ない役割分担。暇そうにしていたリコが付いてきてくれた。


「――AI選手権って地味なのね〜。あーちゃんが居なかったら絶対見続けてられないよ〜」

「なんだか付き合ってもらっちゃってごめんね〜」


 コンビニからの帰り道、リコとおしゃべり。付き合いで観戦に来てくれたリコは最初の三〇分くらいは、初めて近くに見るAI選手権の様子を興味津々で覗いていたけれど、すぐに満足してしまったみたいだ。それ以降はちょっと暇そうにしていた。


「でも、神崎くんと倉持くん、盛り返せるのかな? あーちゃん」

「どうだろうね。でも、……やってくれるんじゃない? だって、青龍中学が誇る天才AIサイエンティストとハードウェア職人マイスターなんだから!」

「ま〜、自称だけれどね!」


 笑い合うわたしたち。なんだかんだでプラクティスの最後には問題も解決したのだ。本番までの調整で二人はきっとやってくれる。この時のわたしは、まだそんな楽観論にとらわれていたのだ。――二人の才能に対する根拠のない信頼。それはウィンターカップで三人の姿を見た時から知らない間にわたしの中に住み着いた憧れ。



「はい、サンドイッチ!」

「おお、すまないな、アスカリーナ」

「あすかりん、助かるお!」


 二人は神崎くんのノートパソコンの画面を見ながら何やら確認作業を行っていた。


「何しているの?」

「画像認識モジュールの最終確認だお。画像認識は会場や時間帯によって周囲の明るさが違うから、認識誤りを起こさないためには微調整してあげるのが大切なんだお。アズールドラゴン2号たんのお目々の調整かな?」


 ふーん、そうなんだ。倉持くんがアズールドラゴン2号の前方カメラに宝箱を見せては、神崎くんがその認識結果をノートパソコンの液晶画面上で確認している。


「まぁ、さすがのアスカリーナも分かっていると思うが、AIロボット部門で重要になるAI部分の代表格は二つだ。画像認識と位置推定。宝箱や罠を認識する画像認識と、ロボットが今どこにいるのか知るための位置推定」

「一応、分かっているつもりだけど……」


 さすがにルールブックを読んで理解することと、アズールドラゴン2号の開発を観察することに一ヶ月以上を費やしてきたのだ。技術の詳細は全然わからないけれど、なんとなくの全体像は分かってきている。


「それをジョシュアのチーム――京都未来国際中学は丸々捨ててきたんだよ。これは俺たちへの挑戦状ってだけじゃない――ジュニアAI選手権への挑戦さ!」


 神崎くんが珍しく熱くなっている。


「そうだよ。それに既製品のハードウェアを使ってくるなんて、元チームメイトとしても嘆かわしいお! 健全な知能は、健全な身体に宿るんだお!」


 ふんぬっと鼻息を吐く倉持くん。二人のこだわりポイントは違うみたいだけれど、自分たちを置いて転校してしまったジョシュアくんに負けたくないという気持ちには、さらに油が注がれたみたいだ。たしかにこれで負けてしまったら、たまったもんじゃない。


「それで今は画像認識の方の調整をやっているんだ?」

「ああ。ジョシュアのチームは宝箱と罠の画像認識を捨てているからな。ゴールポイントしか取れないだろう? だったら宝箱を少しでも取ったらこっちの勝ちってことさ。フッフッフッフッフ」


 神崎くんが悪役の魔王みたいに笑う。でも笑いながらもキーボードを叩いて調整を進めていく。タイピング速度がめちゃくちゃ速くて、いつもそれを見ているだけで「凄いなぁ」って思ってしまうのだ。――魔王のタイピング。


「位置推定の方は大丈夫なの?」

「ん? まぁ、位置推定の方は、なんとかなるだろうし、そんなに難しいことやっていないから大丈夫だろ? ここは宝箱の確保が優先さ」

「神崎氏ふぁいとだお! 神崎氏ふぁいとだお!」

「おう! クラヌンティウス! 絶対にポッと出のジョシュアのチームなんかには負けないぜ。洛央中学も桂坂西かつらざかにし中学もまとめてぶっ飛ばしてやるぜ!」


 そう言って二人はサンドイッチを頬張りながら、アズールドラゴン2号とノートパソコンへと戻っていった。わたしはその画面を少し覗き込む。夢中になっている二人は、わたしが覗き込んでいることにも気づかない。

 プログラミング言語はパイソンだ。ウィンドウ上のプログラムを神崎くんの肩越しに眺める。昔は意味不明だったその文字列も、ジョシュアくんに言われて勉強したおかげで、少なくとも完全に意味不明ではなくなっていた。画像認識のシステムのための設定項目が順番に書かれている。

 食わず嫌いで勉強してなかったのだけれど、いざちゃんと勉強してみるとプログラミング言語ってかなり英語だってことが分かった。いろんな関数とか、命令とかがあるんだけれど、そのほとんどが英単語や英語のフレーズになっていて、慣れてくると、それを読んでいるだけでなんとなくプログラムが何をしようとしているのかがわかるのだ。時々、パッとは意味のわからない部分もあるのだけれど、名探偵ヒメミヤアスカとして頭を捻ると周囲の手掛かりから推理できる部分もあった。

 神崎くんが次々とプログラムを実行して、アズールドラゴン2号へと送信していく。そんな様子を眺めていると、ちょっと気になることがあった。


「……神崎くん。さっきからWarningワーニング(警告)って出ているけれど、大丈夫なの?」

「ん? ああ、これか? まぁ、よく出るけれど、いつものって感じだから大丈夫だろ?」


 一つや二つじゃないWarningワーニング(警告)。確かにプログラミングにおけるWarningワーニングって「注意しよう」くらいの意味だったりするから、大丈夫な気がするのだけれど、それでも気になったのは神崎くんが大量にでてくるその英語の文を全然読んでいないように見えたからだった。

 そういえば、四月に言っていた気がする。神崎くんは英語が苦手だって。――でも、天才AIサイエンティストが英語が苦手だからってプログラミングで出てくる英語文を読まないなんてことがあるだろうか? 一抹の不安が胸の奥によぎるのだった。もちろん、今はそれを指摘している時間もないのだけれど。結局のところ、今は二人に頑張ってもらうしかないのだ。

 ――わたしってやっぱり無力だなぁ。


 二階席を見ると遠くに荻野原先生と三谷先生が並んで座っている。何やら二人で並んでお弁当を食べている。しかも手作りっぽい。――デートだよね? もう、デートだよね?

 そしてそのまま視線を滑らせると、もう一人、見知った顔を見つけた。藤堂友加里――鉄道研究会の部長さん。わたしと目が合うと彼女はにこりと微笑み、口元に両手を添えた。


「神崎く〜ん! 頑張ってくださいまし〜!」


 なんと! 長髪の美少女は衆目も気にせずに大きな声を上げる。そんな大胆な声援に対して、神崎くんはちらりと振り向くと「お〜う」とひらひら手を振って返した。なんとも小さいリアクション。なにこの人、鈍感魔王なの?

 そんな美少女の声援に、周囲のブースの男子たちがざわつく。あらためて確認すると――確認するまでもないんだけれど、ジュニアAI選手権に参加している生徒って九割方男子なんだよね。女子なんて、わたしと……あと二人か三人。うーん、ひどい男女比だ。だから周囲の視線が神崎くんに突き刺さる。「こいつ! 彼女を連れてきやがって!」「あんなに美人な彼女を!」「うらやましい!」「くたばれリア充!」ってそれぞれの目が言っている。うん、わかるよ。なんとなくわかる。でもね、藤堂さんは彼女じゃないし、たぶん、神崎くんはリア充じゃなくて、ただの残念な変人だよ!


「――藤堂さん、応援に来てくれていたんだね」

「おう。あいつはいつもいるぞ」


 いつもいるんだ。藤堂さん……健気。


「なんでだろうね?」

「うーん、まぁ、同じ部室のよしみだしなぁ。AI研究会と鉄道研究会は兄妹みたいなもんだから気になるんじゃない?」


 藤堂さん……がんばれ。

 そんなこんなで時計の針は進み。


 ――そして遂に青龍中学アズールドラゴンの出番がやってきた。

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