第15話 ホームセンターで会う舶来の貴公子!

「その制服――青龍中学だよね?」


 金髪の少年はそう言って目を細めた。少し懐かしそうに。少し恥ずかしそうに。


「はい。えっと――如月ジョシュアくん……ですよね?」

「僕のこと知っているの? ……って、あぁ、君はESSのお芝居の時に一緒だったミステリー研究会の女の子だ! ……名前は……えっと」

「――姫宮飛鳥です」

「そうそう! 姫宮さん。久しぶりだね」


 紳士的な振る舞いに爽やかな笑み。同じイケメンでも神崎くんとは大違い。ジョシュアくんが青龍中学でモテモテだったというのも一瞬で納得がいった。


「あ、はい。お久しぶりです」

「姫宮さんは買い物? ご家族と一緒?」

「あ、いえ、一人で。ちょっと部活の関係で――買い物があって」

「そうなんだ。あ、でもここボードとかシートのコーナーだよ? ミステリー研究会で使うようなもの……あるかなぁ? あ……凶器とか? 死体を隠蔽するシートとか……?」

「ちがいます! ミステリー研究会は犯罪を行ったりはしません〜! ミステリー文学を愛でるだけです!」

「ははは。知っているよ。冗談だよ、冗談」


 そう言ってジョシュアくんは悪戯っぽく笑った。さすがに神崎くんや倉持くんのチームメイトだったたけあって、やっぱりちょっと変なのは変かもしれない。


「……それにわたし、もうミステリー研究会の部員じゃないんです」

「え? そうなの? 辞めちゃったの?」

「いいえ。廃部になっちゃったんです。ミステリー研究会」


 そう言って私は、ジョシュアくんにミステリー研究会が廃部になった経緯を話した。そして――


「それなら今は何の部活をしているの? 部活でこんなコーナーに物を買いに来る部活って……。あ……もしかして、……もしかすると」

「――AI研究会……です」


 ジョシュアくんの目が好奇心に見開かれる。わたしは少し恥ずかしくもなりながら、小さく頷いた。



「それは災難だったね〜」

「笑いごとじゃないんですけどね〜」


 店先のベンチに座って、ジョシュアくんは缶コーヒーを傾けながら笑う。

 アクリルボードは、ジョシュアくんが親切に教えてくれたのでなんとか買うことが出来た。慣れないものだから、結構ややこしくて、一人だったら混乱していただろうなぁと思う。神様がくれた幸運に感謝したい。

 その後、ジョシュアくんは缶コーヒー、私はアイスティーを買って、店の前でおしゃべり。ジョシュアくんが転校してからの青龍中学AI研究会のことや、アズールドラゴン2号のプロトタイプをぶっ潰してしまってからの私が入部するまでの話なんかをした。


「それじゃあ、姫宮さんが、僕の抜けた穴を埋めてくれるってわけだ」

「えー、ちょっとやめてくださいよ〜。わたしにジョシュアくんの抜けた穴なんて埋められるわけないじゃないですか〜」

「そうかな? でも、姫宮さんが入ってアズールドラゴンは、また三人のチームになるわけでしょ? だったら少なくともその意味では埋めてくれているんだと思うよ」

「――まぁ、人数の意味では?」


 人数合わせ。――入部前に神崎くん相手にその言葉へは反抗したものの結局のところ、今のわたしはやっぱり人数合わせでしかないのだ。でも、ジョシュアくんは朗らかに笑う。


「何もそんなに卑下することも、謙遜することもないよ。姫宮さんは、僕じゃないんだから、僕と同じようにチームに貢献する必要はないんだよ。姫宮さんは姫宮さんのアズールドラゴンっていうチームを作ればいい」

「――わたしのアズールドラゴンを作る?」

「そう、姫宮さんが輝ける、新生アズールドラゴンをね」

「新生アズールドラゴン――」


 ジョシュアくんはそう言ってお茶目に右目を閉じて見せた。ウィンクだ。

 男の子が本当にウィンクしているところって初めて見た! 日本人がやってもウィンクは似合わないと良く言われるけれど、ジョシュアくんのそれは嫌味もなくて、ただ素敵だった。


「AIってさ。夢があると思わない?」

「え? ――夢ですか?」

「そ、夢。便利っていうのはもちろんだけど、やっぱり、僕たちは人間の心の不思議にいつも惹きつけられるんだ。技術が大切っていうのはそうなんだけど、そういう未来のAIっていうのから視線を逸らさないようにしたいんだよね」

「ジョシュアくん。……素敵ですね」


 思わずその無垢な瞳を見つめてしまう。AI研究会の作っているAIって何なんだか未だによくわからないのだけれど、ジョシュアくんの言っていることは、なんだかSFみたいで素敵に思えた。


「ははは。ありがとう。でも、僕なんかより正機まさきの方がずっと哲学的だよ。彼のAIに関する夢の大きさは尋常じゃないからね」

「そうなんですか? でも、神崎くんの場合、夢っていうか、中二病なだけなんじゃ?」


 神崎くんのすぐに「フハハハハハ」とか高笑いし出す顔を思い出す。たしかに大きな夢は持っていそうだけれど、それって小学生の持っている空想や妄想と変わらないような気がするのだ。ジョシュアくんはプッと吹き出した。


「中二病か〜。それはそうだね。正機は完全に中二病患者だよね。――でも、AI研究ってやっぱり夢に描くAIを目指すのが健全だからさ。やっぱり、中二病で良いと思うんだよね」

「えー、そうでしょうか? やっぱり、変なのは変だと思いますよ。神崎くん」

「ははは。でも、それを言ったら、姫宮さんもなかなかに中二病だと思うけれど?」

「――わたしが……ですか?」


 どういうことだろう? と戸惑うわたしに、ジョシュアくんは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


「『真夏の夜のシンギュラリティ』――素敵な短編小説だったよ?」

「ぶふっ! ああああああああ、やめてーーーー!!」


 アイスティーを吹いた。あ、やだ、はしたない。

 そういえば、倉持くんが言っていた。わたしが去年のミステリー研究会の部誌に書いたAIモノの小説を見つけて、神崎くんに見せたのはジョシュアくんだったって。


「く……黒歴史ってわけじゃないんですけれど。やっぱり、ちょっと自作小説は恥ずかしくて……」

「あ、そうなんだ。でも、面白かったよ。ついつい正機にも見せちゃったし」

「――知っています。神崎くんから聞きました」

「そっか。でも、光栄だなぁ、あの『真夏の夜のシンギュラリティ』の作者さんと、こうやってお話しできるなんて」


 なななななななな、なんと恐れ多い!


「わたしもジョシュアくんとこうやって話せてとても嬉しいです! ウィンターカップの時は遠目で見ていただけだったし」

「じゃあ、僕ら二人とも今日の偶然に関しては、神様に感謝しなきゃね」


 そう言ってジョシュアくんは王子さまみたいなスマイルを浮かべた。そんなスマイルが気障でもなくて自然だった。

 なんて喋りやすい人なのだろうと思う。女の子に人気があったのも納得だ。神崎くんよりもずっと喋りやすいし、紳士だ。

 だから、ついつい遠慮せずに、素朴に抱いていた疑問をわたしは口にしてしまったのだ。


「ねぇ。ジョシュアくんは、どうして転校しちゃったの? どうしてAI研究会をやめちゃったの?」


 その瞬間、ジョシュアくんの表情から笑みが消え、すっと真顔になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る