飯綱江③
「ふあ……おっと、いかんいかん……」
私は眉間を指で押さえながら首を左右に振ると、またパソコン画面へと目を向ける。
「しかし、ふふ……昨日は楽しかったな……」
結局、昨日の焼肉パーティーは深夜まで続き、私は紫村の部屋に泊めてもらって直接大学に出勤した。
その時のことを思い出すと、ついつい顔がほころんでしまう。
「だけど、まさかこの私が、あのような楽しい時間を過ごせるようになるなんて……上代くんとヴレイピンク……桃原さんのおかげだな……」
本当に二人には感謝してもしきれない。
結果として人間に戻れ、そして、このような居場所を手に入れられるなんて、夢にも思わなかった。
そういう意味では、“あの御方”……反町様のおかげでもある。
何せ、この大学で勤務するように指示をしたのは、他ならぬ反町様なのだから。
そんなことを考えていると。
「おや? 飯綱くん、いい笑顔をするようになったじゃないか。ようやく君もここに慣れてきたかな?」
コーヒーの入ったマグカップを片手に、本町教授がニコニコしながら話し掛けてきた。
「ふふ、そうですね。前期も終盤になって、私もようやくこの大学に骨をうずめる覚悟ができたようです」
「おお! それは良いことだ! 君みたいな優秀な科学者がそう言ってくれるなんて! 来年には紫村くんも我が研究室に入ってくるし、上代くんも……!」
「おや? 本町先生、上代くんに関しては先日も……」
「おお! もちろんそれについてはクリア済みだとも! あの頭の固い学長に掛け合って、そこいらの一般企業の大卒初任給よりも多く給料を出せるようにしたからな!」
本町先生は得意げな顔で胸を張った。
しかし、一学生のためにそこまでするとは、余程上代くんのことを買っているのだろう。
いや、それは私も同じか。
「しかもだ! 紫村くんの給料と、飯綱くん、きみの給料の賃上げも獲得したとも!」
「私のですか?」
まさか私の給料まで交渉されていたとは思わなかった。
「そうとも! 君にもこの大学で引き続き頑張ってもらいたいからねえ! 今日はちょうど君から良い返事も聞けたしねえ!」
本町教授の言葉を聞き、思わず自分の胸が熱くなる。
ダークスフィアでも四騎将として、幹部としてその重責は負っていたが、表の世界でここまで評価を受け、必要とされるとは……。
「はい……これからも、ご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いします」
「いやいや飯綱くん!? それ、堅苦しいから!」
私は深々と頭を下げると、本町教授は焦ったように手をバタバタさせた。
「ふふ……そうと決まれば、上代くんを説得して、何としてもこの研究室に来てもらわねば……!」
私はこれからの表の世界での未来に想いを馳せた。
◇
「む……?」
大学での勤務を終え、二日ぶりに自宅へと帰ると、郵便受けに一通の封筒が投函されていた。
「宛名は……ない、な」
私は不審に思いながらもそれ以上は特に気にせず、封筒を持って自分の部屋へと帰った。
バッグをテーブルに置いてベッドに座り、先程の封筒を開けると、中には手紙が入っていた。
「ふむ……」
私はおもむろに手紙を取り出し、読み始める。
『――拝啓 イタチソード。いや、飯綱江くん。
君が平穏な日常を手に入れられたこと、心から嬉しく思う。
思えば君には大変申し訳ないことをした。
我が命をもって償いたいのはやまやまだが、私にはまだやらねばならんことがある。
また、大変心苦しいことだが、我が娘、由宇を君に託したい。
あの子にも不憫な思いをさせ、しかも私の復讐などという妄執に囚われることとなってしまった。
我が願いを聞き届けてくれるなら、気がついた時だけで構わない。
どうか、由宇を導いてやってほしい。
そして、これからは、君自身の幸せのために人生を歩んでくれることを切に願う。
反町 一二三――』
「こ、これは……!」
手紙の差出人は、まさかの反町様だった。
あの御方は私が人間に戻ったことを知っている!?
もちろん私が生きていることも……。
「反町様……」
私は反町様の手紙を胸に抱きしめる。
「あなた様の願い……このイタチソード、いえ、飯綱江、確かに受け取りました。あなた様もどうか息災で……」
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