細胞性免疫と液性免疫
先週に引き続き、今週も集中講義が始まった……。
夏休みなんだし、本当ならこよみさんとデートしたり旅行したりイベント目白押しのはずなのに、単位が少ないせいで……。
はあ……今日も講義が終わったらすぐ帰って、こよみさんと楽しく料理でもしよう……。
——キーンコーン。
「あ……」
授業開始のチャイムが鳴り、講義室のドアが開くと、入って来たのは先日カフェで出会った、飯綱先生だった。
だけど、この講義は別の先生が担当だったはずじゃ……?
「えー、私は助教の飯綱江だ。本来この講義を受け持つ予定だった酒井助教授は急病のため、私が受け持つことになった。これから一週間、よろしく頼む」
そう自己紹介した飯綱先生に、男女ともに色めき立つ。
それもそうだろう。だって、先生は若くて美人だし高身長だから、男だけじゃなく同性からも支持を受けそうだし。
まあ、僕の場合はもっと素敵なこよみさんがいるから、先生に惹かれることもないんだけど。
「さて、では授業を始める……」
飯綱先生による講義が始まり、僕は真剣に耳を傾けた。
「……で、あるからして……」
気がつけば既に時間も半分を経過しているが、はっきり言って飯綱先生の講義は面白かった。
要点を押さえているから分かりやすいし、時々事例も交えて説明するから飽きない。
これ、飯綱先生に代わって当たりだったんじゃないだろうか。
「……よし、ではみんなからも意見を聞こうか。そうだな……その中段の左端の席に座っている君」
ええと、中段の左端に座ってるのって……うん、僕しかいない。
ええ、分かってましたよ。だって、先生がなぜか少し口元を緩めながら僕を見据えているから。
「はい……」
「ウイルスなどの異常細胞の除去に当たり、液性免疫による不活化をした上で抗体を生成する方法ことが安全性の観点から海外では主流になっているが、それ以外の可能性について君はどう考える?」
おおう、難しい質問を……。
「ええと、確かに海外では不活化ワクチンの投与による方法が一般的ではありますが、例えば、そのような異常細胞に対し、直接的に細胞性免疫の生成や液性免疫を直接投与することで不活化を図るという方法も考えられます」
「ふむ……だが、身体内での直接生成はハードルが高いのでは?」
「はい。確かに、例えば細胞性免疫の生成に当たっては特定の異常細胞にのみ傷害活性を識別させる機能を持たせる必要があり、それを傷害細胞の数だけ識別させるのは不可能に近いです。また、液性免疫の直接投与による不活化は一見効果的にも思えますが、不活化に伴い他の細胞に悪影響を与える可能性が懸念されます」
「うむ……ならば、君の意見では不活化ワクチンの投与以外の方法は現実的ではない、ということか?」
「いえ、そうではありません。例えばですが、通常の不活化ワクチンでは破壊又は除去できないような傷害細胞に特化した細胞性免疫の生成の促進、というように限定的であればその可能性もあり得るのではないかと。ただし、生成に当たって投与する免疫の毒性も強くなってしまいますが」
「ううむ、非常に面白い考察だったよ。ありがとう」
ホッ……とりあえず、及第点はもらえたのかな?
その後も、飯綱先生の講義は続いた。
◇
——キーンコーン。
講義終了を合図するチャイムが鳴り、僕が帰り支度を始めていると。
「やあ上代くん、さっきはありがとう」
「ああ、いえ。あんな回答で良かったのかどうかは不安ですが……」
「いやいや、非常に興味深かったよ。私も君の提案したアプローチで研究してみようと考えたくらいだ」
そう言うと、飯綱先生はニコリ、と微笑んだ。
「フフ、本町先生の言う通り、本当に優秀なようだ。これからも講義や本町先生の研究で一緒になると思うが、よろしく頼むよ」
そう言って、先生は右手を差し出した。
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします」
「うむ」
「では、これで……」
僕は先生と握手すると、会話を早々に切り上げた。
急がないと、こよみさんが部屋で待ってるからね。
「おっと、ひょっとして例の彼女かい?」
「ええ、まあ」
「それは引き留めてすまなかった。可愛い君の彼女にもよろしく」
「はい、失礼します」
そう挨拶して、僕は教室を出て校門に向かうと。
「あ、耕太くん!」
「こよみさん!」
校門で僕を見つけたこよみさんが、元気に手を振っている。
おっと、こよみさんを待たせちゃいけない!
僕は慌てて校門まで走った。
「こよみさん、迎えに来てくれたんですね!」
「うん、えへへ……どうしても待ってられへんようになってしもて」
「すごく嬉しいです!」
「ウチも、少しでも早く耕太くんに逢えて嬉しい……」
ああ、やっぱりこよみさんは天使だ。
「ほな、いつもみたにスーパー行こか」
「ええ。あ、そういえば」
「? どうしたん?」
こよみさんが不思議そうに僕の顔を見ながら首を傾げた。
「あ、いえ。実は今日からの集中講義なんですが、急遽飯綱先生に変更になって……」
「飯綱先生って?」
「ほら、この前カフェで出会った背の高い女性の……」
「ああー! あの綺麗なお人か!」
「はい、その飯綱先生が、『可愛い君の彼女にもよろしく』って言ってました」
「はわわ……そんな、耕太くんの彼女いうんはホンマやけど、あんな綺麗な人から可愛いやなんて……」
こよみさんは両頬を押さえ、照れながらクネクネしている。
「ですが事実です」
「はわ……もう、耕太くんは……ありがと」
うん。付き合うようになってからのこよみさんは、やっと自分を否定しなくなってくれた。
これからも、もっともっと自分に自信を持ってもらいたいな。
「さあ、スーパーにいって今日の晩ご飯の食材を買いに行きましょうか」
「うん!」
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