桃原こよみ⑥

 その後、みんながばたばたと忙しそうにしてる中、ウチは一人で壊れた白雪姫城を眺めてた。


「白雪姫城が……耕太くんと一緒に入った白雪姫城が、壊されてしもうた……」


 せっかく耕太くんがまた一緒に来ようって言うてくれたのに。

 ウチのたった一度きりの夢がかなった、大切な場所やのに……それやのに……。


「こよみさん」


 すると、ふいに耕太くんが後ろから声を掛けてきた。


「……………………耕太、くん……」

「隣……いいですか?」


 ウチは泣いてくしゃくしゃになった顔を見られとうなくて、無言で頷いた後、白雪姫城へと顔を向けた。


「白雪姫城、壊れちゃいましたね」

「…………………………」

「こよみさん、このお城にすごく思い入れがあるみたいですけど……」


 ウチは、なぜか耕太くんに聞いてほしくなって、ウチの白雪姫城への想いを話した。


 子どもの頃、クラスメイトから『白雪姫城に行けばみんなお姫さまになれる』って聞いたこと。

 テレビで白雪姫城を見て、ウチもお姫さまになれるかなって夢見て、それでいつか彼氏さんを作って、一緒に白雪姫城に行こうって心に決めたこと。

 せやけどウチには到底ムリやって諦めてたこと。


 そして。


「……耕太くん、君に出逢って、そして……そして、今日、ウチの長年の夢が叶った」


 せやのに……せやのに……。


「でも……その夢の最後は、この有様や……多分、ウチが分不相応なこと考えたんがアカンいうて、神様がウチを戒めたんや……せやから……」

「違う!」


 その時、耕太くんが大声で否定した。ううん、否定してくれた。


 その事実に、ウチはどうしても期待してしまう。

 せやけど、ホンマはそんなわけないって心では思てて、でも、耕太くんやったら……ってそんな風にも考えてしもて……。


 せやから、ウチは耕太くんの次の言葉を待つ。


 期待と絶望を込めて。


「なんでこれがこよみさんのせいなんですか!? 違いますよね、ダークスフィアのせいですよね! それになんですか! ここがこよみさんに一生縁がないと思ってた? だったら!」


 そんなん……そんなん、ウチかてそう思ってる。そう思いたいよ。せやけど、もうウチは自分では信じられへんのや……。


 ウチは無意識のうちに唇をキュ、と噛む。


「僕は何度だってここに来ますよ! こよみさんと一緒に! 夏だって! 冬だって! 来年だって! 再来年だって! その次の年だって! ずっと……ずっと! だって……!」


 耕太くんがウチの肩を抱いた。


 そして——


「——こよみさん、僕はあなたが……あなたが世界中の誰よりも好きだから!」

「っ!?」


 今、耕太くんはなんて言うた……?


 ウチを……ウチを好きやって、そう言うたんか……?


 ウチはそれがどうしても信じられんかって、自分自身の耳を疑う。


 せやけど。


「僕は……僕はあなたが大好きなんです! 誰よりも可愛くて、誰よりも優しくて、誰よりも素敵で、そして、僕が作ったご飯を最高の笑顔で食べてくれる……そんなこよみさんが、世界一大好きなんです……!」


 ああ……これは夢や。

 そうやなかったら、こんなん……こんなん……嬉しすぎて、嬉しすぎて、嬉しすぎて……!


「せ、せやけど! ウチはチンチクリンで、馬鹿力で、そんで、そんで……」


 せやから、自分がこれ以上傷つかんように、自分の気持ちに反して否定の言葉を続けようとしたら……。


 耕太くんがウチの身体を抱き寄せた。


「あ……」

「こよみさん……こよみさんは本当に素敵な女性なんです。それこそ僕にはもったいないくらいに……だから、僕はあなたの隣に立ちたい! あなたと支え合って生きていきたい!」

「…………………………」

「だから……僕と、付き合って、くれますか……?」


 ウチがどんな言い訳を考えても、どんなに自分を卑下しても、耕太くんは感情のこもった本当の気持ちで全てを否定する……否定してくれる!


「ウチ……ウチ……こんなんやけど……ええの?」

「こよみさんが……こよみさんだけがいいんです」

「ウチ……メンドクサイ女やし……また耕太くんに迷惑かけるかもしれへんよ……?」

「僕のために迷惑かけてくれるなんて、最高です」

「ウチ……耕太くんしかおれへんさかい、ずっと耕太くんに付きまとって、そんで、他の女としゃべっとったりしたら、絶対に嫉妬するよ?」

「こよみさんがずっと傍にいてくれるなんて、僕は本当に幸せです」

「ウチ……ウチ……!」


 もう……もう無理やった。


 今までの人生で一度もなかった感情が心の奥底からこみ上げて、もうどうしようもないくらいウチの心が溢れて、そして。


「ウチ……ウチは……耕太くんが好き! 大好き! もう自分でもどうしようもないくらい好き! 耕太くんとずっと一緒にいたい! 耕太くんともっと触れたい! 耕太くんが……大好きい……!」


 ウチは感情を爆発させ、想いの丈を全て耕太くんにぶつけた。

 もう止まらんかった! だって、こんな素敵な男の子が、ウチのこと、全部認めてくれて、全部受け入れてくれて、それでもウチのこと大好きって言ってくれて……!


「僕もです! 僕もこよみさんが……こよみさんが、心から好きです!」


 耕太くんはそれを全部受け止めてくれて、そして、ウチを強く抱き締めてくれた。


 せやからウチも、求めるように耕太くんを強く抱き締め返した。


 一生叶わないと諦めていたウチの想いは、世界一素敵な男の子によって救われた。


 ◇


 ウチは自分のことが嫌いやった。


 でも、それも今日でおしまい。


 だって、ウチには耕太くんがいるから。


 ねえ、耕太くん。


 ウチね。


 世界一素敵で、世界一大好きな耕太くんがウチのことを好きになってくれたから、ウチは、自分のことが好きになれたよ。

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