再会①

 アリスにフラれてから、もう一週間経った。


 あれから一度も、大学には行ってない。


 大学に行ったら、アリスに遭ってしまうから。

 そして、あの日言われたその台詞をもう一度言われてしまうから。


 僕はそれが怖くて、この一週間、ただ部屋で寝転がっていただけだった。


 ……こんな姿を見たら、こよみさんは怒るだろうか。


 そういえば、あんなにお世話になったのに、自分のことばかりでお礼も言ってない。

 RINEアカウントだって教えてもらったんだから、お礼くらいいつでも言えるはずなのに。


 こよみさんに、逢いたいな……。


 急にそんなことを思い立った僕は、とりあえずスマホからRINEアプリを立ち上げて……また閉じた。


 一週間もお礼も言わずに放ったらかしにしていた僕が、一体どの面下げてこよみさんに会いに行くっていうんだ。


 だけど……。


 僕は財布と鍵、スマホをポケットに入れ、部屋を出た。


 こよみさんに会えば、何か言ってくれるかもしれない、優しくしてくれるかもしれない。

 考えることは、打算ばかりで、自分勝手で。


 そんな自分に本当に嫌になりながらも、それでもこよみさんに会いたくて。叱ってほしくて。頭を撫でてほしくて。微笑んでほしくて。


 僕は、こよみさんの部屋がある、あの街へと向かっていた。


 ◇


 ——ピコン。


 こよみさんの部屋のある街の駅の改札を出ると、スマホに通知が入った。


『怪人、鷲の宮駅に出現』


 「鷲の宮駅って……ここじゃないか!」


 僕は慌てて周囲を見回す。


 すると、商店街のほうが騒がしくなっていた。


 この時、僕は何を思ったのか、その商店街へと足を進めると、ちょうど商店街の中心に人だかりができていた


 僕はその人だかりの隙間からのぞき込むと、中央に猫の姿をした怪人と戦闘員数名、そしてヴレイピンクが対峙していた。


「怪人マネキャット! 大人しくしなさい!」

「ニャアアアアア! タッタ一人デナニガデキルニャア! オ前タチ、ヤルニャア!」

「「「「「ギー!」」」」」


 怪人の合図に、戦闘員達がヴレイピンクに一斉に襲い掛か……らずに、周囲にいた野次馬めがけて突進してきた!?


「なっ!?」

「ニャアアアアア! 蹂躙スルニャアアア!」


 野次馬達は散り散りになって逃げ惑い、それを戦闘員達が棍棒のような武器を振り回しながら追いかける。


「邪魔だ!」

「キャッ!?」


 逃げる野次馬の一人に突き飛ばされ、小学生低学年くらいの女の子一人が尻餅をついた。


 その女の子めがけ、今まさに戦闘員の一人が襲い掛かろうとしている。


「っ! くそっ!」


 僕は咄嗟に女の子に向かって走り出す。


 そして、戦闘員が殴りかかろうとする直前で、女の子をかばうように抱いた。


 身体中に力を込め、戦闘員の棍棒を待ち構える。


 ……だけど、いつまで経っても身体に痛みがこない。


 僕はおそるおそる後ろへと振り返ると、戦闘員がヴレイピンクの蹴りで、道の端まで吹き飛ばされていた。


「こ、耕太……くん……?」

「え?」


 ヴレイピンクの口から漏れたのは、確かに僕の名前だった。


 なんで!?

 なんでヴレイピンクが僕の名前を知ってるんだ!?


「あ、あの……」


 僕がヴレイピンクに声をかけようとしたその時。


「っ!?」

「ニャアアアアア!」


 一瞬の隙をついて、ヴレイピンクに怪人が襲い掛かってきた!


 だけど、ヴレイピンクは冷静に怪人の攻撃を躱すと。


「ハッ!」

「ギニャッ!?」


 怪人の顔に鋭い蹴りを放ち、たまらず怪人はたたらを踏んだ。


「ニ、ニャアアア……イ、一旦引クニャ!」

「「「「「ギ、ギー!」」」」」


 怪人と戦闘員達は、逃げるように退散した。


「……ええと……」


 僕はヴレイピンクへと向き直ると、彼女はサッと顔をそらした。


「その……どうして僕の名前……」

「さ、さあ! 気のせいじゃない!?」


 僕が言い切る前に、ヴレイピンクは否定する。


 ……………………怪しい。


 だけど、ひとまずそれは置いといて。


「それより、ありがとうございました! おかげで助かりました!」

「あ、う、うん……というより、怪人と戦闘中は危ないんだから、ちゃんと避難しなさい!」

「あ、は、はい、すみませんでした……」


 確かにヴレイピンクの言う通りだ。

 僕は彼女に深々と頭を下げた。


「ま、まあ、女の子をかばったことは、褒めてあげるけど!」


 今度はなぜか褒められた。

 っと、そうだ! 女の子は!?


「ママー!」

「カナ!」


 女の子は、母親らしき女性へと駆け寄り、抱きついていた。


 女性はこちらに気づき、女の子と一緒にお辞儀をした。


 うん……無事で良かった。


「……あの子は君が救ったんだよ? がんばったね」


 ヴレイピンクはそう言いながら、ふいに僕の頭をポンポンと撫でた。


「あ……」


 これ……。


 背格好も声も、なんといっても胸が違いすぎるから、絶対に彼女じゃないんだけど……。


 ……でも、こよみさんに撫でられている気分だった。


「そ、それじゃ、私はもう行くから!」

「あ、は、はい! その……ありがとうございました!」

「う、うん! その、マタネ!」


 ……………………マタネ?


 や、やっぱり誰か知ってる人なのか!?


「あ、ま、待っ……!」


 引き留めようと手を伸ばすけど、ヴレイピンクは無視するかのように颯爽と去っていった。


 ◇


■ヴレイピンク視点


「危な! めっちゃ危な!」


 建物の陰に隠れたウチは、流れた冷や汗を拭うような仕草をする。


 変身した状態やから汗なんか拭けるはずないんやけど、ついつい癖でしてしまう。


 ハア……しかし、ウチはなんちゅう迂闊なことを……。


 よりによって耕太くんの名前呟いてまうやなんて……。


「でも……」


 耕太くん、めっちゃ男らしかったなあ。


 危険も顧みんと、女の子を助けるために身を挺して……。


「アカン! 可愛いだけちゃうやん! そこにかっこよさまで加わっとるやん!」


 ウチは思わず顔を押さえる。


「と、とりあえず、変身解かな。そ、それに、ひょっとしたら耕太くん、ウチに会いに来てくれたんかもしれへんし、このカッコでは会われへんしな」


 ウチは左手の特殊な腕時計、“ヴレイウォッチ”のダイヤルを回す。


 すると、ウチの身体は光に包まれ、変身が解けて元の身体に戻っていった。


 ……胸は変身が解けんでもええねんけどな。


「よし、元の姿に戻ったし、耕太くんを……」


 と、振り返ると。


「え、ええ!? こよみさん!?」


 なぜか、驚愕の表情を浮かべた耕太くんがそこにいた。

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