第117話
蒼太はディーナとアントガルを下がらせると再び人形の前で構える。しかし、その手には新しい武器はなく先程と同じ鉄の剣だった。その為、剣先は失われたままだった。
「お、おい、新しい武器は出さないのか?」
アントガルの疑問は当然であった。蒼太は折れてしまった剣を折れたまま使っている。それで先程よりわかりやすい結果を出すと言っていた。言っていることとやっていることがちぐはぐである。アントガルはそう思っていた。
「別の武器にしたら、武器のおかげかもしれない……そう思うだろ? だったら、同じ武器を使ってさっき以上の結果をだしたほうがわかりやすいだろ? さっきので満足してくれてればそれでよかったんだが。まぁ、練習の一発で今度のは本気の一発ってことにしておこう」
実際、蒼太の先程の一撃は単純な力と多少の技術のみで放たれていた。その点で言えば手を抜いており、練習だったという言葉は正しくもあった。
蒼太は鉄の剣に魔力を込めていく。その魔力は剣全体を覆い、更に欠けた刀身の一部を形作っていった。更に身体機能向上のため、付与魔法を自分自身にかけていく。それを見ていたアントガルは思わず息を飲んだ。
蒼太は右足を一歩前に踏み出し、剣を鞘に納める。柄に手を当てたまま蒼太は動きを止めた。動きはなかったが、傍から見ているディーナとアントガルにもその気迫の高まりは感じ取ることができていた。沈黙の時は数秒、もしかしたら数分経過していく。
次の瞬間、蒼太は両の目を見開き鉄の剣を鞘から滑らすように抜きそのまま人形に一撃を放つ。
「なっ!?」
アントガルはその一撃がもたらした結果に驚きを隠せずにいた。鉄の剣が人形の腰の辺りから胸の辺りまで斬り裂き、そこで止まっていた。
「これでどうだ? 結構でかい傷をつけられたと思うが……これはもう使えないな」
鉄の剣は本来持つ能力以上の力を出したため、蒼太の手の中でボロボロになっていた。
「す、すげー。まさかここまでの力を持っているとは……」
「まぁ武器が使い捨てになるから、ここまでやるのは実用的じゃないがな」
蒼太は今回の方法はアントガルが提示した条件を果たすためにやったことであり、本来はやらない方法であると言外に語っていた。
「そ、そうだな。でもこれをここまで斬るとは、だてに千年前の勇者じゃないってわけか」
「しかし、これ傷をつけることができなかったっていうのは本当か? 確かに硬度は相当のものだが、それでもそれなりの冒険者なら傷くらいはつけられると思うが……」
アントガルは蒼太の言葉に目を逸らした。蒼太は何も言わずにアントガルを見ながら返事を待っていた。
「……試したのはこれが二度目だ。前に試したのも、俺が適当に作った武器で俺が試した……」
沈黙に耐え切れなくなったアントガルはその真実を話し始めた。
「たまたま竜鉄が少量手に入ったもんでな、武器を創るには量が少ないし何か使い道はないかと思って他の金属を混ぜてこれを創ってみたんだが……試しとして使うには硬すぎた」
アントガルは、頬を掻きながらこの人形が失敗作であることを告白する。
「でも、これで俺の力を認めてもらえたか?」
「あぁ、十分すぎるほどだ。これだけのことをやってのけておいて、文句を言ったらそれこそ難癖だろ」
「……そうだな、それで次は城で許可をもらうのか?」
蒼太は内心で、さっきまでのやりとりも難癖なのでは? そう思ったが、話を進めるためにあえて口に出すのはやめていた。
「そう、だな。あんまり気は進まないが、行くしかないだろう……その前にこれを片付けるか」
アントガルは、人形を台車に乗せようとする。
「それって、もういらないのか?」
蒼太はその動きを止めさせ、そう質問した。
「ん、あぁ。元々失敗作だからな、あとで片付けるまではさっきの小屋に入れておくつもりだ」
「だったら、運びやすいようにするか。下がっていろ」
蒼太は斬り込みが入った部分に一度手をあて、拳を後ろに引くと魔力を込めた一撃を人形へと向かって繰り出した。人形は斬られた部分から亀裂が入り、大小いくつかのパーツに砕けていった。
「……」
「これで片付けやすくなりましたね」
蒼太とディーナは何事もなかったかのように欠片を台車に乗せていく。アントガルは呆然と立ち尽くしていた。あれだけの質量で、あれだけの硬度を誇っていた失敗作ではあったが、ある意味では自信作であったあの人形がバラバラになって目の前に転がっている。それも今度は素手で破壊された、そのことにショックを受けていた。
「もしかして……まずかったか?」
蒼太は呆然としているアントガルに対して声をかけた。
「い、いやちょっと驚いただけだ。気にしないでくれ。さぁ、さっさと片付けようじゃないか」
アントガルも加わって片づけを始めていく。すぐに落ち着いたが、しばらくはアントガルの手には震えがみられた。
片づけ終わると三人は再びリビングルームへと戻ってきた。
「それで、俺達は留守番をしていればいいか?」
「いや、できればついてきてもらいたい。俺が希望申請をして仮に通った場合、鉱山に向かう戦力を問われるだろうから、そこであんたを紹介しようと思う」
蒼太の質問に、アントガルはそう答えたが、蒼太は眉間に皺を寄せていた。
「それは、俺も行かないといけないのか? できれば王族と関わりたくないんだが……」
「できれば来てもらいたい。それに、おそらく王様との謁見にはならないと思うぞ。前の時も受付で話をするだけで済んだと思うが」
蒼太はこれまでに立ち寄った全ての国で王族と関わっていたので、この国での接触は避けたいと考えていた。
「うーむ、わかった。さすがにもう日が落ちてきたから、明日俺が一人で行ってこよう。あんた達は、昼過ぎ頃にまたこの工房にきてくれ、朝一でいってくればそれくらいには戻ってるはずだ」
「わかった、頼んだぞ」
「アントガルさん、よろしくお願いします」
蒼太は手をあげ、ディーナは頭を下げて工房をあとにした。
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