第102話



 会場の修理、賞状の作成、賞金の準備などを終えると控え室で待っていたグレイへと声がかかった。


 舞台の中央には既に表彰をする王や将軍や文官の姿があった。しかし、そこに登場した選手はグレイ一人であった。


 本来であれば、優勝・準優勝・三位の合計四名が登場するはずだったが、グレイ以外の三名の怪我は酷く、姿を現すことが出来なかったからだ。


「えー、これより武闘王部門の表彰式を開始します。尚、グレイ選手以外の三名は療養中のため今回は不参加となっております。グレイ選手、王の前までお進み下さい」


 その旨がアナウンスによって発表される。



「仮面の騎士グレイ、そなたの戦いは全て見せてもらった。見事な戦い振りであった。並み居る強者を押しのけて優勝したことは賞賛に値する。よってここにそなたを表彰する。おめでとう!!」


 観覧席にいた際の表情はどこかに消え、笑顔で表彰をする。


「ありがとうございます」


 グレイはそれだけを口にし、賞状と賞金を受け取った。



 わーっと歓声が起こる中、審判には聞こえないような声の大きさでグレイは王たちに声をかける。


「こっちは約束を果たした。あとはそっちが守ってくれ」


 王は表情を変えそうになるが、笑顔を維持する。その頬はやや引きつっていた。


「こ、これからも精進し、更なる邁進を期待する!」


 なんとかそれだけ言うと、王はマントをひるがえしその場を後にした。



 観客は王のいつもと違う行動に疑問を持ったが、どこからともなく拍手が起こるとその疑問は拍手音に飲み込まれていった。




 翌日



 グレイが優勝を決めたことで、街中がその話題でもちきりになっていた。


 決勝戦がノーマークの二人によって行われたこと。その二人の実力が優勝候補と呼ばれた者たちを遥かに凌駕する実力であったこと。そして、優勝者は圧倒的な力で優勝したこと。更には、その優勝者は仮面で顔を隠していること。


 そのどれもが話題性があり、お祭り期間の街中をにぎわしていた。



 しかし、その正体である蒼太はどこ吹く風で自分の話で盛り上がっているのを見てもなんとも思っていなかった。隣にいるディーナは真実を告げるわけにはいかないため口を噤んではいたが、その表情は嬉しそうだった。


 二人は未だ続く他部門の試合に特に興味がなかったため、賭けで勝った金で買い物を楽しんでいた。武器防具では、蒼太やディーナの希望にかなうようなものはなかったが、魔道具では興味を引くようなものがありそれらを購入したり、屋台の食事を味わったりといった祭りとしての楽しみ方をしていた。



 蒼太が優勝したことで王の出す条件を達成していた。昨日宿に城の使いの者が蒼太を訪ねてきて王からの伝言を残して言った。それは他の二部門の決勝が終わるまで、報酬の件は待って欲しいとのことだった。王や国の重鎮たちは毎日大会に顔を出す必要があるため、時間を作ることが難しいということが一つ。もう一つとして、グレイの正体を知ろうと調べてる者からすれば、このタイミングで蒼太が城へ登城したらそこを結び付けられる可能性があるためそれを避ける意味合いもあった。



 それゆえに、蒼太たちは買い物などをすることで祭りを楽しむことにしていた。もちろんただ楽しむだけではなく、こういった時期だからこそ手に入る他国の情報などを収集したり、食生活を充実させるためにこの国ならではの食材や香辛料などの購入も行っていた。それも全て樽単位での豪快な取引だった。



 昼になるといつもの店に食事に向かった。


「あら、今日も来てくれたんですね」


 二人を迎え入れるゾフィはいつも通りの笑顔だった。


「あぁ、ここの食事は何度食べても飽きないからな」


「はい、一番のお気に入りです!」


 二人とも、食べる前から今日はどんなものがでるのかと楽しみにしていた。



 二人が席につくと、念のためとメニューを持ってゾフィが注文をとりにテーブルにくる。


「ご注文は何にしますか?」


 二人はその問いかけに顔を見合わせ頷いた。


「「いつもの!!」」


 その注文内容をゾフィも予想していたが、二人の気持ちのいい声の揃い方に自然と笑顔になった。


「はい、承りました。それじゃあの人に伝えてきます」


 ゾフィはメニューを片付けながら、厨房へと注文を伝えにいく。



 いつもの、というとなじみの店で毎回同じものを注文しているとそれだけで何を頼むかが通じる言葉だが、蒼太とディーナのいつものとはシェフのお勧めだった。これまで何度もここを訪れていたが二人は決まってこのメニューを頼んでいた。同じメニューが出ることはなく、今日は何が出てくるのか? という好奇心が一つ。どれを食べてもハズレがなく二人の味覚を満たしていた。他の定番メニューにももちろん興味はあったが、シェフが今日はこれだ! と薦めているメニューへの魅力には抗うことが出来ないでいた。



 大会の話や、今日の買い物の話をしているとゾフィが料理を運んできた。料理を運んでくるタイミングも二人の会話の盛り上がりが落ち着きを見せたところを見計らうというものだったが、それを蒼太とディーナに気づかせないさりげなさがあった。


「お待たせしました。本日のシェフのお勧め、キングバッファローの薄切りステーキ野菜添えです」


 その言葉が料理の見た目の全てを表していたが、皿の上にはそれ以上の美しさが表現されていた。



 二人はそれを見て思わず唾を飲み込んでしまう。そんな二人を見たゾフィはくすりと笑う。


「どうぞ、お召し上がり下さい」


「「いただきます!」」


 ゾフィの言葉に促され、二人は料理へと手をつけていく。



 蒼太は、薄切りにされたステーキをそのまま口に運び、ディーナはナイフで更に小さく切ってから口へ運んだ。食べ方は異なるが、そこから見せる反応は同じだった。


「美味い!」


「美味しい!」


 ディーナはナイフで切った際に抵抗無くスッと切れたことから予想はしていたが、そのステーキは口の中にはいると少し噛むだけで斬ることができ、その旨みが口の中へと広がっていく。ソースがかけられているが、主張しすぎずに肉本来の旨みを引き出している。


 それを味わってしまった二人の手は止まることなく、一気に食べ終えてしまった。



 それを見ていたゾフィが再度テーブルまで来ると、二人に声をかける。


「よろしければ、おかわりはいかがですか?」


 ここまでを一連の流れと予想していたゾフィとシルバンは食事の速度を考慮しながら、代わりの皿を用意していた。


「「是非!」」


 その返事も予想を外さないもので、ゾフィは空いた皿を運びながら厨房へ向かった。新しい皿にのったそれはすぐに蒼太たちの下へと届けられ、二人は再び料理を楽しんだ。先程までとは違い、二人からはゆっくりと味わう余裕がみられた。しかしその表情に違いはなく、頬が落ちそうな緩み方だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る