第101話



 前座による盛り上げで会場の雰囲気は暖まっていた。


 その会場にアナウンスの声が響き渡る。


「お待たせ致しました。いよいよ武闘王部門決勝となります! まずは選手の紹介をしましょう」


 そう言うと右手を大きく広げた。



「まずは一人目西ゲートより入場。決勝トーナメントではインガルド将軍の息子トバイン選手、王国騎士団第一部隊長サンタナ選手の実力者二名を一撃で下しております。優勝候補と呼ばれた両名が手も足も出ずに敗れていった姿は皆様の脳裏に今も強く焼きついているのではないでしょうか? 白虎族の獣人ガルギス!!」


 そのコールの後、ガルギスが入場してくる。その姿が現れると大きな拍手と歓声が巻き起こった。



「続きまして、仮面の下は一体どんな顔なんでしょうか? こちらもダークホース。決勝トーナメントではこちらも優勝候補といわれたSランク冒険者カルロス選手、そして複数の魔道具を使いこなしその実力はSランクにも見劣りしない実力を見せたレイショー選手を激戦の末討ち破った実力者です。仮面の騎士、人族のグレイ!!」



 ガルギスの入場時同様、大きな拍手と歓声に迎え入れられた。



 審判は二人が中央までやってきたのを確認すると、VIP観覧席の王へと目配せする。


「続きまして、ここで試合前に王様よりお言葉を賜りたいと思います」


「ガルギス、グレイの両名は激戦の中よくぞここまで勝ち抜いた。この大会は千年以上前より続いている伝統ある大会だ、君達には歴々の優勝者に相応しい戦いを望む。以上、健闘を祈る!」


 長い挨拶を嫌う王は短い言葉で挨拶を終えた。



 いつものことだと知っている観客達はその挨拶に拍手を送った。


「ありがとうございました。お二人とも準備はよろしいですね?」


 審判の言葉に、ガルギス、グレイともに頷いた。


「それではこれより武闘王部門決勝戦を開始します!!」



 グレイはアンダインではなく、右手に炎の魔剣を、左手に風の魔剣を構えていた。ガルギスは開始の合図とともに踏み出し一瞬のうちにグレイへと迫ると強力な一撃を放った。その一撃は全ての力が集約しており、これまでの二戦と比較してもそれを上回る最高のものといっても過言ではなかった。


 グレイは足捌きと上体をひねることでそれをすんでのところで避け、そこへ炎の魔剣による一撃を放った。その一撃はガルギスの身に届くかと思われたが、金属音が会場に響き渡った。



「あの一撃を繰り出しながら、防御にまで手が回るとはな」


 完全に隙をついたと思われたグレイの一撃は左手の手甲によって防がれていた。


「お前こそ、あの攻撃を避けるとは思わなかったぞ」


 ガルギスの返答が来る前にグレイが放った風の魔剣の一撃も右手の手甲によって防がれた。



 二人は弾かれるように距離をとった。


「お前、予選からここまで全然本気出してないだろ?」


 ガルギスは構えながら、グレイに問いかける。


「さて、どうだろうな。ただ、さっきの一撃が最後のチャンスだったことだけは確かだ」


 グレイはその問いをそう返すと、ガルギスに向かって走り出す。ただしその周囲には炎の弾が浮いていた。炎の魔剣を通して生成されたそれらは、グレイが普段使うものよりも凝縮された魔力を秘めていた。



 グレイは走りながら、風の魔法による通路をガルギスがいる場所まで作りそこを駆け抜けていく。


「いくぞ!」


 炎の弾を一斉にガルギスへと放ち、着弾し爆発したところへ魔剣による突きを繰り出した。グレイも爆発に巻き込まれる形になったが、自らの魔力を使ったもので傷つくことはなかった。


 そして、魔剣による攻撃もガルギスへとダメージを与えられた手ごたえを感じていた。



「ぐっ、俺の攻撃よりも速い一撃を見ることになるとはな。だがっ!」


 左の肩に刺さっている魔剣を、左手で掴みグレイの動きを封じると、がら空きの胴へとガルギスの拳による一撃が放たれる。最高の一撃とまではいかないが、渾身の一撃であったことには変わりない。


「悪いな、それもお見通しだ」


 そこには風の魔剣が待ち受けており、その刀身が纏う風魔法によってガルギスの右手は弾き飛ばされてしまった。



「まだ、やるか?」


 グレイは肩から引き抜いた炎の魔剣をガルギスへと突きつける。左肩からは多量の血が流れだしており、右手も風魔法によってずたずたに傷ついていた。更にその身は最初の炎の弾による攻撃であちこちに火傷を負っていた。


「この状態でまだやると言ったら、余程のバカか余程の変態だろ」


「だな。で、お前はそのバカなのか?」


 答えをはぐらかすガルギスに向かって、グレイは畳み掛けるように質問をした。



 二人のやりとりは静まりかえった会場に響き渡っていた。ガルギスが何と答えるのか観客は一様に息を飲んで待っていた。


「……はあ、そうだと言ってやりたいところだけどさすがにこれはきつい。審判、まいった俺の負けだ。早めの治療を頼む」


 ガルギスは顔だけ審判に向け、負けを認めた。



 時間にしてみれば、数分しか戦っていなかったはずだった。しかし、圧倒的強者同士の戦い、それを遥かに越える圧倒的な結末に観客は時間の感覚が分からなくなっていた。


「しょ、勝者グレイ選手!! 今年度の武闘大会、武闘王部門の優勝はグレイ選手です!!」


 なんとか声を振り絞った審判のアナウンスが会場に響くと、それをきっかけに歓声が巻き起こった。また、同時に医療班がガルギスの下へとかけより、回復魔法をかけていく。応急処置が終わり、傷がある程度ふさがったのを確認すると、そのまま担架で医務室へと運ばれていった。医務室にも医療班が待機しており、更に回復魔法の効力を高める魔方陣が用意されている。



 ボロボロになり、満身創痍で医務室に送られたガルギス。全ての攻撃を完封し無傷のグレイ。この結果から両者の実力の差はあきらかだった。これまでのグレイの戦い方は相手の力量に合わせたもので、戦い自体を楽しむために戦っていた。しかし、決勝の相手であるガルギスにはその戦い方では敗北する危険が高いと感じていた為、武器を変え他の装備も変え一方的に叩き潰すような形での勝利となってしまった。



「……やっぱり本気で戦うのは、面白みに欠けるな」


 グレイは仮面の下でそうつぶやいた。



 それを見ていたディーナは、蒼太の強さが見られたことで満面の笑みで拍手をしていた。反対にVIP観覧席の面々は皆が皆難しい顔をしていた。それは今回の大会参加を提案した王ですら変わらなかった。

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