第98話
武闘王部門の準決勝は昼休憩を挟んで行われ、そして決勝は翌日の午後行われることになっていた。
蒼太とディーナは昼食をいつもの店で食べ終えると、闘技場へと戻ってきた。蒼太はグレイとして控え室に向かうと、既にガルギスが来ており、目を瞑り集中を高めていた。グレイは少し離れた場所に立ち目を瞑り、呼ばれるのを待つことにする。
それからしばらく後、係員がグレイを呼びに控え室へと入って来た。
「グレイさん、そろそろ試合となりますが準備はよろしいでしょうか?」
「やっと呼ばれたか、いつでも大丈夫だ」
「それでは、こちらへどうぞ」
係員に誘導され、グレイは舞台までの通路へと向かった。
「がんばれよ」
グレイが呼ばれるまでの間、ガルギスは一言も発しなかったが通路へと向かうグレイの背中に向けて激励の言葉をかけた。グレイは振り向かず、右手を挙げてその激励に答える。
通路を抜けて舞台に上がると、ちょうど反対からレイショーが上がってくるところだった。レイショーは今までの試合で、多くの感情を表すことがなかったが、その顔には笑みが浮かんでいた。
準決勝まで上がったことへの喜び? 注目されていることによる興奮? 4位以上がもらえる賞金のことを考えている? 様々な理由が推測されるが、そのどれでもなかった。
レイショーの目線はグレイに、正確にはグレイの腰元に釘付けだった。
「水の剣……実にいい」
そのつぶやきは誰の耳にも届くことはなかったが、見られているグレイはその目の奥にある狂気に気がついていた。
二人が舞台中央まで来ると、レイショーが話しかけてきた。
「なぁ、その剣何ていう名前なんだ?」
「……アンダインだ」
「いい名前だ。それは魔剣だろ? 隠さなくてもいい、あれだけの力を持っているからな一目でわかったよ」
レイショーの頬は赤みがさし、興奮しているのがグレイにも審判にもわかった。
「なぁ、ちょっと触らせてくれよ。すぐに返すからいいだろ?」
グレイは無言で首を振った。
「なんだよ、ケチだな。少しくらいいいじゃないか……だったらさ、賭けようぜ!」
そう言ったレイショーは名案を思いついたと、興奮が増していた。
「……何を賭けるんだ?」
「お互いの武器だよ、俺のは一回戦でも使ったこの二本を賭けよう。あんたはそのアンダインをかけるんだ」
本来なら止めるべきはずの審判はレイショーの狂気的な表情に気圧され、声をかけられずにいた。
「なぜ、そこまでこの剣にこだわるんだ? 今もっているその二本も相当な魔剣だろ」
「それはな……俺が魔剣コレクターだからだよ! 俺は魔剣が好きなんだ、この二本だって本当だったら賭けたくはない。だけど、あんたの魔剣、それを見たからには手に入れたい欲求は抑えられない。剣としての格、魔剣としてのレアリティ、どちらをとっても一級品だ。そんな剣聞いたことも見たこともなかった。だから、勝負を受けてくれ!」
自分の作った武器を評価されたのはまんざらでもなかったが、ディーナに渡す約束をしているためこの剣を失うわけにはいかなかった。
「この剣は大会が終わったら人に譲る約束になっている。だから……」
「ならば、尚のこと! 俺にもチャンスをくれ!!」
通常であれば、中央で挨拶を交わしたら距離をとり試合が開始されるはずだった。しかしいつまでも中央で話し合っている二人に会場はざわつき始める。
「そう言われてもな……」
首を縦に振らないグレイに対して、レイショーは覚悟を決めた顔をするとそのまま土下座をした。
「頼む! 俺と、その剣を賭けて勝負して下さい!!」
レイショーのその声は観客席やVIP観覧席にまで届いた。
「……わかった、だが運営の許可がおりたらという条件付きだ。それと、お前はその武器を賭けなくていい。代わりに俺が勝ったら貸し一つだ、それでもいいなら受けてたとう」
「貸し一つ、だな。わかった、俺はそれで構わない。いや、それで頼みます! ね、いいですよね!」
レイショーはそう言うと、審判に訴えた。
「いや、そう言われても、大会中に賭けを認めるというわけには……」
審判は詰め寄られるがしどろもどろになっていた。
「認めよう!!」
会場に声が響いた。声の主はVIP観覧席にいた王のだった。
「当人同士が納得しており、それが戦いの熱を高める要因になるのであれば認めよう!!」
王の一声で決着はついた。
「ありがとうございます!」
レイショーは王に向かって深く一礼をし、蒼太に向かって頷くと、中央から距離をとった。蒼太も頷き返すと、距離をとり開始位置についた。
「え、えー、確認します。レイショー選手が勝利した場合は、グレイ選手の持つアンダインを。グレイ選手が勝利した場合は、グレイ選手はレイショー選手に対して貸し一つということになります。お二人ともよろしいですね?」
レイショーとグレイは審判の言葉に頷いた。
「それでは、準決勝第一試合。開始!!」
審判のアナウンスにより開始の合図が告げられた。
レイショーは、炎と氷の魔剣を両の手にそれぞれ構え、グレイはアンダインを構えた。二人は開始の合図を受けても動かずに、相手の出方を伺っていた。
グレイが動かない理由は、レイショーの出方を待っているだけだったが、レイショーが動かない……動けない理由は別にあった。アンダインの魅力に負け勢いで賭け試合を提案したが、実際にグレイと対峙してみることでその実力を肌で感じ取っていた。
「来ないのか? それならこっちから行くぞ」
グレイの声がレイショーの耳に届いた時には、既にグレイは動き出していた。
「ほれ、とりあえず一撃……止めてみろ」
魔力を通したアンダインをレイショーに向けて斬り降ろす。レイショーは二本をクロスさせ、その一撃を防ぐことに成功したが、グレイは次々に攻撃を繰り出し、レイショーは防戦一方になっていた。
「くっ、これじゃジリ貧だ。なんとか、返さない、と!」
双剣に魔力を込め、炎と氷の魔法をグレイへと放った。双方ともに強力な力が込められており、グレイはそれをアンダインで受け後方へと弾き返されてしまった。
「ふむ、なかなかどうして、やるじゃないか」
グレイは仮面の下で、笑みを浮かべていた。
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