第46話



 検問を抜けると、三人は馬車に乗り込み渓谷を進んでいた。



 渓谷は広大で馬車が複数台横並びになっても問題ない程の広さがあった。


 左右にそそり立つ岸壁の上方には人が通れる広さの穴が空いており、そこにもエルフの衛兵が配置されていた。


 エルフ族は色々な物語にあるように弓の名手が多く、検問を強引に突破したとしても上からの矢によってその動きは封じられてしまう。



 御者台にいる蒼太はというと後ろの二人の会話を聞きながら手綱をとっていた。


「そういえば師匠。ボクたちが詰め所に連れて行かれてからすぐに来ましたけど、どこにいたんですか?」


「私もアレゼルを探しに行こうと思ってここまで来たんだが、衛兵に止められてね。仕方なく入国管理所の事務所で待っていたんだ。二人が詰め所に連れて行かれている間に連絡を受けてかけつけたんだよ」


「もう、師匠が捜索に出るなんて無茶ですよ!」


 怒った顔でアレゼルがナルアスを注意した。



「「お前が言うなよ」」


 ボソッと蒼太が言った言葉をナルアスも同時に言い放った。


「ひっ、ごめんなさい!!」



 上にいるエルフたちは、ナルアス・アレゼルの和気藹々とした様子に微笑ましい視線を送る。


 しかし、その両名を連れている人族の蒼太に対しては、疑念・嫌悪・怒りなど負の感情を込めた視線を送っていた。


 蒼太は見られていること気づいていたが、意にも介さず鼻歌を歌いながらバッグから出した果物をかじっている。


 その姿に、エルフたちは感情を逆撫でされたように感じる。が、馬車に乗る相手が相手だけに怒りをこらえ、矢を納めていた。



「ソータさん、何を食べているんですか?」


 アレゼルはそんな視線には気づくことはなく、蒼太が食べているものが気になっていた。


「トゥーラを出発する前に大量に買っておいた果物だ。よかったら食べるか? まだ数樽分はあるぞ」


 後ろを振り向き、取り出した果実を二人に見せると、二人は身を乗り出す。


 エルフの国ではほとんど見かけないらしく、二人は興味津々といった様子だった。


「頂きます! ソータさんの用意した食べ物はハズレがないですから!」


「ほう、それは興味深い。私にも一つ頂けますか?」



 蒼太は取り出したそれを後ろに向かって放り投げた。


 ナルアスは上手に受け取り、アレゼルは顔にぶつけていた。


「いたた、うー、うまくとれなかった」


 それを見た蒼太が首を傾げた。



「外にまで採集に向かう行動力があるから運動神経がいいんじゃないかと思っていたが、気のせいだったようだな」


「行動力だけは目を見張るものがあるんですけどねぇ……他がついていってないというか」


「あー、わかる。そんな感じだ」



 アレゼルはうんうんと頷きあう二人の顔を交互に見ると、ほっぺたを膨らまし怒りをあらわにした。


「もー、二人とも酷いです! ボクだってちゃんとしてるんですからね!」


「「……」」


「ふ、二人して黙らないでくださいよ!」


 そんなアレゼルを見て、二人は笑いがこみ上げてきた。



「もう! それより師匠食べますよ、せっかくもらったんだから……美味しい!!」


 話を誤魔化そうとそれに口をつけると、先ほどまでの怒りはどこへやら綻んだ顔になる。


「そんなに美味いのか、どれ私も……確かに、これは美味しい」


 二人はどんどんと食べていき、五分と経たない内に食べ終えてしまった。


「まだ、たくさんあるんですよね? もう一つもらえませんか?」


「アレゼル、ずるいぞ。ソータ殿、私にももらえますか?」


 二人の食いつき具合に蒼太は驚きつつ、鞄から取り出し再度二人へと渡す。



 ヒヒーン。


 そんなやりとりをしていると、蒼太に何かを知らせるようにエドがいなないた。


「どうした? エド」


 視線を前に戻すと、渓谷の終わりが見え、更にその遥か先には巨大な樹が見えていた。


「ソータ殿、あれがエルフ国の守り神『神聖樹』です。神聖樹に寄り添う形で国が整備されています」


 ナルアスが木に驚く蒼太とエドに説明をするが、蒼太は別の意味で驚いていた。


「あんなにでかくなったのか、確かに時の流れを感じるな……」


「え? ソータさん何かいいました?」


 蒼太のつぶやきは小さな声で、アレゼルが聞き返したが蒼太はそれに首を振りなんでもないと答えた。



 渓谷を抜けた先は緩やかな下り坂になっており、下りきるとそこには森が広がっていた。


 蒼太とアレゼルが出会った暗闇の森とは違い、日差しが適度に入り込み生き物の気配も感じられ温かみがあった。


「やっぱり森といえば、こうですよね」


「まぁ、言いたいことはわかる。あの森はひどかったからな」


 二人は暗闇の森を思い出し、表情が曇る。



「酷い森とはどんな森でしょうか?」


「俺とアレゼルが出会った森でな。位置的にはあの検問から東にいった森なんだが、夜なんじゃないかってくらい真っ暗だったんだ」


「アレゼル、それはあなたがよく一人で採集に行っている森ですか?」


 蒼太の言葉にナルアスはアレゼルに尋ねた。



「うっ、ごめんなさい。そうです、あの森です。なんかいつもと違って変な雰囲気だなあとは思ったんですが」


 アレゼルは申し訳なさそうな顔で答えた。


「そう、ですか。前に行った時は普通の森でした……何かあるのかもしれないですね」


「あぁ、あの森は何かがおかしい。まず暗い、暗すぎる。昼間でも真っ暗だ。それから全体的に魔素が濃いが、それでいて魔素溜まりってわけじゃなさそうだ」


「ふむ、場合によっては調査の必要があるかもしれない、か」


 蒼太の説明に、ナルアスは難しい顔になり、思案にふける。




 森の中の街道は整備されており段差も少なく、エドの足の運びも軽快になり、ほどなくして森を抜けた。


 その森の終端が円を描くように、首都を囲っている。


 エルフ王国の首都に辿り着くとぐるりと城壁に守られていた。



 首都は城下町になっており、中央の神聖樹の側に城が建てられている。


 東門に辿り着くと、蒼太だけいつもの身分証のチェックと水晶玉による犯罪履歴チェックが行われた。


 ナルアスとアレゼルは顔パスで入場が許可されていた。



 入場チェックを終え、再び馬車に乗って街の中に入るとナルアスが蒼太に声をかけた。


「ソータさん、エルフ王国の首都『ギルノール』へようこそ!」

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