第45話
蒼太がマジックバッグから手紙を取り出し男に渡そうとした瞬間、詰め所の扉が勢い良く開かれた。
「ちょ、ちょっとナルアス様困ります! 今、調書を取ってるところなんですから」
ナルアスと呼ばれた女性は制止の声を気にも留めずズカズカと部屋の中に入って来ると、蒼太を一瞥しアレゼルの前へとやってきた。
彼女は白銀の髪をしており、どこか他のエルフとは異なる雰囲気を持っていた。
「アレゼル!」
名前を呼ばれたアレゼルは驚いた顔で椅子から立ち上がった。
「師匠! あの、ごめんなさい。一人で行かないよう言われていたのに……」
「この!」
ナルアスが大きく手を挙げるとアレゼルはその身を縮こまらせた。
「大馬鹿者! 帰ってこないから心配したじゃないか!!」
そう言うとアレゼルを強く抱きしめた。
「し、師匠。ごめ、ごめんなさい。う、うわーん」
「この、馬鹿者! 無事でよかった……」
二人はお互いを抱きしめあいながら涙を流した。
その光景をエルフの衛兵たちは暖かい目で見ていた。
大騒ぎをしてこの場に乗り込み、そして二人で大泣きしていても誰も咎めない。
そして、兵士から様付けで呼ばれていることから、ナルアスはそれ相応の地位にあることを蒼太は予想していた。
それから数十分後、二人はようやく泣きやみ平静を取り戻した。
「すまない、悪い想像ばかりしていたものでな。無事な姿を見て涙腺が決壊してしまった」
「ボクも師匠の顔を見たらほっとしちゃって……」
二人は周囲に頭を下げた。
「お二人とも頭を上げてください。いいのですよ、無事を喜ぶ気持ちは当然ですから」
蒼太に対して短絡的な態度をとった男とは思えないほど柔和な表情で二人に声をかけた。
「何にせよ、ナルアスに会えてよかったな」
呼び捨てにしたことに驚き、男とアレゼルは驚愕の表情で蒼太を見つめた。
「し、師匠。この方はソータさんと言って、ボクのことを助けてくれたんですよ」
ナルアスもは自分の名前を口にした蒼太へと視線を向けた。
その眼に浮かぶのは、呼び捨てにしたことへを責める怒りではなく、アレゼルを助けてもらったことへの感謝だった。
「ソータ殿ですね。ご存知のようですが私はアレゼルの師匠のナルアスです。アレゼルを助けて頂きありがとうございます。それとお礼の言葉が遅れた非礼を詫びます」
先ほどに続き、再びナルアスが頭を下げたことに蒼太は驚いた。
周りにいる全員に対する謝罪と違い、今度は人族である蒼太個人への謝罪である。それなりの立場にあるエルフが他種族に何の抵抗もなく謝罪をすることは稀有なことだった。
男は驚いてナルアスを止めようとした。
「な、ナルアス様。このような男に頭を下げなくてもよろしいのです! 何せ人族なのですから」
「それがどうかしたか? どの種族だとしても、大切な者を助けてくれた恩人に頭を下げるのは当然のことだろう」
男に止められ一度上げた頭を、再度蒼太に向けて下げた。
「こいつは驚いた。あんたみたいな人もいるんだな……頭を上げてくれ、そんなにずっと下げられたらこっちが困る」
蒼太に言われ、そこでやっと頭を上げた。
「何かお礼を差し上げられればいいのですが……」
「うーん、あんたに頼めることなのかはわからないけど……入国許可をなんとかしてもらえると助かるんだが」
ナルアスは自分の胸のあたりを二回叩く。
「それなら大丈夫です、私がなんとかしましょう。君、構わないな? 彼の入国許可を出してやってくれるな」
そう振られた男は慌てた。
「い、いや、それは……ナルアス様が言うなら大丈夫でしょうけど、でも、こんな怪しい人族を国にいれるなんて」
「そういえば手紙を預かってたんだ。こっちの赤い封筒をナルアスに渡すようにって」
ナルアスは封筒を受け取り、中の手紙を読み始めた。
「ふむ、カレナからの手紙か。ソータ殿はカレナを知ってるのですね……ふむふむ、石熱病の……なんと! そういうことか」
数ページあるその手紙をぶつぶつ言いながら読み進め、読み終わると顔を上げ蒼太の肩を掴んだ。
「ち、近い」
蒼太は身をよじって離れようとするが、ガッチリロックされていたためそれは叶わなかった。
「カレナの手紙で事情はわかりました。是非、私の工房へ来て下さい(ディーナ様のことでお話があります)」
最後は蒼太にだけ聞こえるくらいの小さな声で話す。それは蒼太の耳へとしっかりと届き、表情を変えさせた。
蒼太の肩を離すと、男に振り向き指示を出す。
「そういうことだ、早急にソータ殿の入国手続きを行うように」
「り、了解しました!」
先ほどまでとはうって変わり、厳しい表情で命令をされたため男は急いで部屋を出ると、外の入国管理所へと走っていった。
「ソータ殿、これで入国は問題なく行えるはずです」
「それはありがたいが、さっきのはどういうことだ、でぃ……」
「しっ! それ以上は工房で」
蒼太の言葉は、ナルアスの指によって遮られた。
「……わかった、とりあえずは外で入国審査を受ければいいのか?」
「そうですね……そろそろ彼が戻ってきてもよさそうですが」
その言葉通り、衛兵の男が勢いよく扉を開け部屋へと戻ってきた。
「はぁはぁ、お待たせしました。入国手続きをしますので、管理所のほうへ来て下さい」
男に続いて部屋を出ると、衛兵達が遠巻きに蒼太達を見ている。正確にはナルアスを見ているようだった。
「すげー、本物のナルアス様だ」
「こんなところに来るとは思わなかったよな」
「あぁ、ナルアス様素敵だわ」
などなど、聞こえないと思って言っている声は全て蒼太達に届いていた。
「お前ら! 持ち場に戻れ!!」
案内をしている衛兵の男が、一喝すると衛兵達はそそくさと持ち場に戻っていった。
「ナルアス様、失礼しました」
「構わない、珍獣見たさみたいなものだろう。それよりも管理所へ行こうか」
入国管理所へ入ると、蒼太と他二人は別々の部屋へと案内された。
職員は神経質そうな細身のエルフだった。
「あなたがナルアス様の指示で入国を許可された方ですね。身分証は持っていますか?」
口調は丁寧だったが、その眼は蒼太のことを蔑んでいる。
「そうだ、これが身分証になる」
蒼太は鞄から取り出すと冒険者ギルドカードを机に乗せた。
「冒険者ですか……たかだかDランクのあなたがどうやってナルアス様に取り入ったのかは気になるところですけど、命令であれば仕方ありません」
カードを魔道具に通し、正式なものか登録情報を確認していく。
続いていつものごとく、水晶が蒼太の前に出され、蒼太も無言で手を乗せた。
「はい、犯罪歴はなしですね。通っていいですよ、さっさと行ってください」
入って来た扉とは別の、奥の扉を通り外へとでると、エドもすでに検問を通過しており、二人と共に待っていた。
「来ましたね、それでは行きましょうか」
「いきましょー!」
ナルアスの言葉にアレゼルが続く。
こうして、蒼太はエルフの国へと足を踏み入れた。
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