第41話
馬車で森を進む一行。
森の中は依然として暗かったが、同行者が加わったことで旅の雰囲気は明るくなっていた。
二人は御者台に隣り合わせて乗っていた。
「そういえば、あの誘拐犯の人たちってあのままにしておいてよかったんですか?」
「今更それを聞くのか……まあ、大丈夫だろ。魔物に襲われたらあいつらの運がそれまでだったってことだし、うまいこと生き延びたとしても悪いことをする気は起きないだろうさ」
アレゼルが目を覚ますまでに起こったことを思い出しながらそう答えた。
「な、なんか悪い顔になってる気が……一体何があったんですか?」
「……聞かないでおいたほうがいいと思うぞ。世の中知らなくていいこともあるからな」
蒼太の口元に笑みが浮かんでるのを見て、アレゼルはぶるっと身を震わせこくこくと頷く。
「そ、ソータさんはカレナ様と一緒に何を作ったんですか?」
アレゼルは話の流れを無理やり変えるように話題をふった。
「石熱病の特効薬だ。作る設備がなかったからカレナの店の設備を借りにいったんだ。それで流れで手伝ってもらうことになったのさ」
アレゼルは石熱病の特効薬と聞いて口元に手をあてて驚いた。
「えっ! あれって竜の肝が必要ですよね? もしかしてソータさんって相当なお金持ちなんですか?」
今では旧レシピを知っている者も少なくなってきたため、アレゼルの疑問がそこに行き着くのは不思議ではなかった。
「あーいや、そういうわけじゃなくてだな、まあ金がないわけでもないんだが、まあ色々あって揃えたんだ」
蒼太は色々を誤魔化そうとした結果、怪しい回答になってしまった。
「……そのへんは聞かないでもらえると助かる」
困り顔でぼそっと言う蒼太にアレゼルは笑った。
「うふふ、そういった顔もするんですね。第一印象だともっとこう、冷静な感じだと思ったので」
「俺も人間だ、今みたいに困ることもあれば、怒ることもあるさ。普段はそんなに感情に波風立てないようにしてるけどな」
「いいなあ、ボクなんてすぐに怒ったり、泣いたりしちゃいますよ。この間も一人で素材を取りに行ったら師匠に怒鳴られて泣いちゃいました」
「……もしかして誘拐された時も一人で素材採集に行ってたんじゃないだろうな?」
蒼太はジト目でアレゼルのことを見た。
「ギクッ! いやぁ……あはは、その、ね。この間も大丈夫だったから、今回も大丈夫かなあ……なんて」
目線を逸らしながら、手遊びをしているその額には冷や汗が浮かんでいた。
「助かったからいいけどな。とりあえずその師匠にこってり絞られるといい」
「そ、そんなあ。師匠へ話すのソータさんも手伝ってくださいよー。この間ですらあんなに怒られたのに、誘拐されたなんて知ったら……」
アレゼルは自分の身体を抱きしめると、顔を青くして震えていた。
「いい薬になっただろ、心配をかけたんだから怒られるくらいは覚悟しておけ」
アレゼルの頭に手をぽんぽんと乗せる。
「そう、ですよね。きっと師匠心配してるよなぁ……師匠に謝らないと。早く会いたいなぁ」
下を向き、涙で濡れた目元を拭うアレゼルに蒼太は何も言わず、ただただ頭を撫で続けた。
それからしばらく進んだところで泣き止んだのを察すると蒼太は手をどかす。
アレゼルはその手の動きに合わせるように顔を上げた。
「アレゼルが落ち着いたところで、目の前の問題をどうするか考えないとだな」
「はい、入国審査ですね」
打てば響くと言った風にアレゼルは即答した。
「いや……どうやってここを抜けるかだ。気づいてなかったか? さっきから同じところを移動してるぞ」
アレゼルの答えを否定し、一つの木を指差す。
「あの木って何か見覚えが……って本当に同じところをぐるぐるしてるんですか?」
蒼太は頷く。
「特徴的な形だったから俺も覚えてたんだが、あれと同じ形の木はそうそうないだろ。他にも道の穴や咲いてる花なんかも同じものがめぐってる。もう五周はしたから間違いない」
「五周も!? なんでそんなに長い間ほっといたんですか!」
「いや、お前が泣いてたからな。それに俺がおかしいと思ったのも二周目で、そのあとはそれを確信に変えるために周りを見てたんだ」
自分のせいだとわかり、アレゼルは頬を赤くする。
「それは……ごめんなさい。ごめんなさいですけど、一体何でですか? 前にこの森に来た時はこんなことはなかったのに……」
「前に来た時もこんなに暗かったのか? 昼間でも夜と同じ暗さなんだが」
アレゼルは首を横に振る。
「木が多いから暗かったですけど、さすがにここまでは……」
遠くで狼のような鳴き声が聞こえると、アレゼルは身を震わせて蒼太にしがみつく。
「そ、ソータさん。どうしよう、ボクたち森に飲み込まれたんじゃ!」
「何かおかしいんだよなあ。森に入る前から何かの気配はしてるんだけど、それがはっきりしないし……」
蒼太はぐるぐると周っている終点の手前で馬車を停める。
「ここらへんで繰り返してるのか……あれをやってみるか」
境目に手を伸ばすと空間魔法を発動し、自分の魔力でその境目を侵食していく。
蒼太には目の前に薄い膜があるように見えており、それを赤色とするなら蒼太の青色で塗り替えていく作業を行っていた。
この罠は、目の前の終点の薄い膜を通ると空間魔法で繋がれている始点の空間に移動される仕組みになっていた。
蒼太は鑑定スキルを空間魔法に組み合わせることでその仕組みを解き明かした。
しばらく魔力を込めると、その膜は全て蒼太の魔力によって塗り替えられる。そして蒼太が塗り替えた魔力を消すと空間同士の繋がりも解除された。
「これで大丈夫なはずだが、一体なんでこんなものがあるんだ?」
「すごい!! ソータさんすごいです! そんなことも出来るんですか?」
先ほどまでの閉ざされた空間の重みが取り払われたことで、アレゼルにも解除されたことが感じとれていた。
「意外といけるもんだな、これをやったやつが何か手抜きでもしてたんじゃないのか?」
実際は蒼太だからこそ解除できたトラップだったが、大したことじゃないという風を装う。
「そうですか? なんかすごかったんですけど……でも、ボクが魔法のほうはイマイチだからそう見えたのかなあ?」
アレゼルは腕を組み、うんうんと考え込む。
「おい、そんなことよりそろそろ出発するぞ」
そんなアレゼルを蒼太は御者台から急かした。
「あ、待ってください!」
アレゼルが馬車に乗ったのを確認すると、エドに目配せし出発する。
「ん?」
蒼太は視線を感じ後ろを振り返るが、そこには闇があるだけだった。
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