第40話



 パチパチとたき火が音をたてる。


 捕えられていたエルフの子供は毛皮を敷いた上に寝かされており、毛布がかけられている。


 小枝が一際大きな音をたて、パチンと跳ねるとその音に反応して目を覚ます。



「はっ! あれ、な、なんで? ボク、捕まってたはずなのに……」


 エルフの子供はその身を起こし自分の身体を確認すると、拘束されていないことに驚いた。


「確か急に馬車がガクンって揺れてそれから……」


 馬車の横転の際に頭を打って気絶していたため、思い出せるのはそこまでだった。



「目が覚めたか、とりあえずこれでも飲め」


 蒼太はカップに鍋で暖めたミルク入れると、目の前に差し出した。


「えっと、あなたは……」


「いいからまずは飲め、話は落ち着いてからゆっくりすればいい」



 カップの中身を確認し匂いをかいで喉を鳴らす。一瞬躊躇するが進められるままに口をつけた。


「……美味しい」


 状況がわからないことに動揺していたが、ミルクの温かさにより表情には落ち着きが戻っていく。



「そうだろ、少し蜂蜜が入ってるんだ。今夜は少し冷えるから、身体が温まるものがいいと思ってな」


 そう言うと蒼太は自分のカップにもミルクを注ぐ。


 この辺りは温暖な気候だが昼夜で寒暖差があり、夜は少し冷えるためホットミルクを用意していた。




「あの、それで……一体どういうことなんですか? 確かボクはあの男たちに誘拐されて捕まってたと思うんですけど……」


 カップの淵を指でなぞりながら蒼太へ質問を投げかける。


「やっぱり誘拐だったか。安心しろ、あいつらならあっちの街道の端で倒れてる馬車の中で寝てる」



 エルフの子供は目を見開いて驚くが、それも一瞬のことで状況を理解すると居住まいを正し頭を下げる。


「あなたがボクのことを助けてくれたんですね、ありがとうございます!」


「たまたまだ、あいつらが俺の馬車を狙って襲ってきたからふりかかる火の粉を払っただけさ。そもそもお前が捕まってたのを知ったのもあいつらを倒した後のことだからな」


 蒼太はよしてくれ、と手を顔の前で横に振った。



「それでも! それでもありがとうございます、あのまま連れて行かれてたらボクはきっと奴隷として売られていたはずです。あの男達がそう話してたから」


 涙目になりながらそう言う声には震えが混じっていた。


「あー、まあ気持ちは受け取っておく」


 蒼太は頭を掻いた。



「そうだ! まだ名前を聞いてませんでしたね。ボクの名前はアレゼルです! あなたの名前はなんていうんですか?」


「俺の名前はソータだが、アレゼルってことはお前……もしかして女か?」


 アレゼルは苦笑する。


「あー、よく間違えられるんですよね。髪も短いし、自分のことボクって言うから……でも、正真正銘女ですよ?」


「そうか、悪かったな」


「いいんです、気にしないで下さい。いつものことですから」



 屈託のない笑顔でそう言うアレゼルの顔を蒼太はまじまじと見る。


「そう言われると女の子っぽいな。すまんな、第一印象だけで決め付けてしまった」


 アレゼルは頬を赤くして下を向く。


「そ、そんなに見ないで下さい。恥ずかしいです」


 その様子を見て蒼太は笑みを浮かべる。


「ふふっ、悪かったよ……さっきから謝ってばかりだな。それよりこれからどうする? 俺はエルフの国に向かう予定だが」



「えっと、ソータさんが良ければ一緒に連れて行ってもらえると助かります」


「それは構わないが、俺と一緒だと中に入れないんじゃないか? いや、近くまでいって手前で別れればいいのか?」


 蒼太は顎に手をあて思案する。


「いえ、一緒に行きましょう。もしかしたらボクと一緒のほうがソータさんが入りやすいかもしれませんよ?」


 かもしれない、と言いつつもどこか自信のある表情でそう提案する。


「アレゼルがそう言うならいいが……行ってみて考えるか。うまくいかなかったら強行突破すればいいしな」



「あわわ、そ、そんな物騒なことはやめてください! きっと大丈夫ですから! たぶん……」


 アレゼルは蒼太の発言に慌てる。


「最後の一言がなければよかったんだがな。まあ、強行突破ってのは冗談だ。一応紹介状もあるからなんとかなるだろ」


「紹介状、ですか?」


 アレゼルは首を傾げる。



「あぁ、トゥーラって街の領主とギルドマスター、それからカレナリエンって言う錬金術士に書いてもらった三通だ」


「カレナ様とお知り合いなんですか!?」


 カレナのことを知っているとは思ってもいなかったため、蒼太は驚いた。


「そうだが……知ってるのか? 確か数百年前にエルフの国を出たとか言ってた気がするが」



「知ってますよ! ボクに錬金術を教えてくれている師匠の最初のお弟子さんです。ボクの姉弟子ってことになるんですけど、いつも師匠があいつは天才だったって褒めるんですよ。あの師匠が!!」


 アレゼルは興奮し蒼太に熱く語り始めた。


「あー、会ってみたいなあ」


「そんなにか……意外とすごいやつだったんだな。確かに一緒に作業した時の手際はかなりよかったが」


「そ、ソータさん。カレナ様と一緒に作業したんですか? すごい……他の人に作業を手伝わせないって有名なのに……」


 アレゼルは立ち上がって、拳を握り羨望のまなざしを蒼太に送る。



「正確には俺が手伝ったんじゃなく、あいつが手伝ってくれたんだけどな」


 驚きすぎて、アレゼルは腰を下ろす。


「すごい、すごい、すごいですよ! カレナ様が人に教えることなんて滅多にないんですよ? 実の娘のローリー様ですら数えるほどしか教えてもらってないって」


 師匠がいるのに、それを差し置いて教えるのを控えただけなんじゃないか? と蒼太は思ったが、アレゼルがあまりに興奮していたため余計なことを言わずに飲み込んだ。



「まあ、カレナのことはとりあえず置いておこう。それよりも今日はもう遅いからここで野宿して、明日の朝出発でいいか?」


「……すぐに移動したほうがいいかもしれません。最近この森は強い魔物が出るって噂で、国のハンターたちもここには近寄らないようにしてるって聞きました」


 蒼太は結界石を休憩スペースを囲むように配置しておいたが、高ランクモンスターが出てくれば破られる可能性があった。


「そうか、だったら出発しよう。昼になっても明るくならないなら進みづらいのは夜でも一緒だからな」



 蒼太はたき火に砂をかけ消すとカンテラに火を灯し、馬車へと移動する。


 エドも蒼太の後に続き定位置に移動していた。


 切り替えの早さについていけず、立ち上がるのが遅れたが、アレゼルも慌てて後についていった。



「あいつらはここに置いておくか……一応、結界石は置いておいてやろう。誰かに見つけてもらえるかどうかは運次第だな」


 御者台に乗りこみ街道に出ると、結界石を横転した男達の馬車の中に投げ入れ出発する。

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