第33話
「そんなに難しいことを聞きたいわけじゃない、あんたのあの国に対する現在の印象と、千年前の戦い以降に何か大きなことが起きてないか。それを聞きたい」
「千年前? さすがに私もそこまで長生きじゃないから、昔の話は聞きかじった話になるよ」
千年という言葉にカレナは怪訝な顔をする。
「それで構わない、話す順番も話しやすい順で頼む」
「そうだねえ、じゃあまずは今のあの国の印象ってのから話そうか。元来エルフっていうのは閉鎖的なんだけどそれでも他国との交流は普通にしていたんだ。それが大きく崩れたのがこの間も話したいやしの木の件だ」
「あぁ、それは覚えてる。あの木が絶滅寸前になって、流通を制限したんだったな」
カレナは頷く。
「そう、ただ制限されたのが流通だけじゃなく、人の行き来も大きく制限されることになったんだ」
カレナは舌を湿らすために紅茶を一口飲む。それを見た蒼太はあの味を思い出し苦い顔をする。
「今では一部の商人と、各国の王の推薦状を持った者や、実績のある冒険者なんかじゃないと、すんなりとは通れずに時間のかかる審査が必要なはずさ」
「それは……だいぶ面倒になったもんだな」
以前行った時はすんなりと入れたため、どうしたものかと頭を悩ませる。
「続けるよ……そんなわけで閉鎖的な一族が、更に閉鎖的になって交流が減るに連れて、他種族を見下すようになっていったんだ。エルフ族至上主義とでも言うんだろうかね。そして人族に攫われて奴隷にされるエルフも結構いたし、千年前のこともあって、人族に対しては特に敵対心が強いんだ」
やれやれとカレナは首を振る。
「私は他種族、もちろん人族にも知り合いや友達がいたからね、その考えに嫌気がさして国を飛び出したのが150年前くらいだったかね。それからいくつかの街を転々として、この街に居つくことになったのさ」
「じゃあ、あんたは……」
「そうだね、私は今のエルフ王国を嫌ってるよ。もちろん奴隷うんぬんに関しては言い分も解るし私だって腹立たしく思うさ、でも種族より人を見ないと互いに理解なんて出来ないだろ?」
カレナは話ながらも飲みきったカップへティーポットから紅茶を注ぐ。
まだ残っている蒼太のカップにも注ごうとしたが、蒼太はそれを手で止めた。
「俺はい・ら・な・い!」
「そうかね、美味しいのに……」
彼女は味音痴というより、『美味しい』の幅が広いエルフだった。
「何をしにいくかは知らないけれど、あんたがあの国に行ってもおそらくいい思いをしないと思うよ」
「それはいいさ、別段いい思いをしたくて行きたいわけじゃないからな。それよりも、あっちはどうなんだ千年前の戦い以降に変わったことや、起きたことは何かあるか?」
カレナは目線を上にやり、考えながら話す。
「そうだねえ……さっき話したように、千年前の戦いでエルフの勇者が異世界の勇者に殺されてからは、それを召喚した人族に対して良い感情を持たなくなって、関係も悪化していったんだ。それから……何かあったような……」
カレナは眉間を人差し指でぐりぐりと押し、浮かび上がってきそうな過去の記憶を掘り出していく。
「確か、私のばあさんが言ってたんだ……そうだ、確か当時の第四だか、第五だかの王女が人族との関係改善を訴えたとかって、それが他の王族や貴族によく思われなかった。反国家的思想だとまで言われて処刑されそうになったとか」
「処刑……だと? あのディーナリウスが殺されたと言うのか!!」
「そうそう、確かそんな名前だったはずだよ……あんたよく知ってたね。私だって忘れてたっていうのに」
大きな声をあげた蒼太を咎めることもなく、カレナは名前を知っていたことにだけ驚く。
「あぁ、ちょっとな……。それより本当にその王女は殺されたのか?」
「いや、処刑されそうにはなったけど王様が情けをかけてそれは中止になったんだ。でも、貴族どもは納得しなかった。それで自ら望んで魔水晶への封印を選んだそうだよ」
「貴族が鬱陶しいのはどこの種族でも同じなんだな……」
「彼女がメイドに産ませた子だったってのが根本にある理由なんだろうけどね、一応王位継承権はあったけどつまはじきにされてたみたいだからね。それなのに人族との融和を訴えたから余計に鼻についたんだろうさ」
蒼太は返事を返さずに、テーブルの上を睨み付ける。
「怖い顔だね……。何かその王女に思いいれでもあったのかい? まあ会いたければエルフ王国に行くのはありかもしれないね」
顔を勢いよくあげると、カレナは笑みを浮かべて蒼太を見ている。
「あんたがそんなに驚いた顔するとは、私はそれに驚くよ。封印されたと言ったけど、その魔水晶は今でも健在なのさ」
「今でも彼女は封印されたままなのか……それは解放されることはないのか?」
「うーん、確か彼女の罪は二百年から三百年間の封印で許されることになったらしいよ。まあ、人族からしたら長いだろうけどエルフだったらなくはないってくらいの期間だろうね」
蒼太は怪訝な顔をして質問を続ける。
「許されたのなら、なぜ今でも魔水晶に閉じ込められているんだ? またどっかの貴族がごねたのか?」
「それは……何でだったか思い出せないねえ。貴族がごねたとかじゃなかったはずだけど……うーん、確か解放の儀式をやったんだけど失敗したんだったような」
今度は両手で頭をぐりぐりとしながら考え込む。
「……うーむ、思い出せない。私が聞いたのも数百年も前だからねえ、むしろここまでよく覚えてたもんだよ。そこを褒めてほしい」
カレナは立ち上がり、どうだと胸を張る。
「はぁ……確かにそうだけどさ、大事なところも覚えててくれればなお良かったよ。それで、その水晶のところは俺でもいけるのか?」
「入国さえ出来ればいけるはずだよ。大聖堂に飾ってあるんだけど、一般の人や旅人なんかにも開放されてるはずだからね」
「問題は入国できるかどうかってことか」
カレナは大きく頷く、先ほどのふざけた態度とはうって変わって真剣な表情になる。
その表情からはそれだけ人族が入国するのが難しいということを物語っていた。
「それでも行くんだろ? 仕方ないね、効くかどうかはわからないけど私が紹介状を書くよ。一応は多少は名が通ってた錬金術士だから、もしかすれば入国許可が下りるかもしれない」
「ほんとか!? 頼む、少しでも可能性をあげていきたいからな」
蒼太は額がテーブルにつくくらいに頭を下げる。
「あんたもそういう殊勝な態度がとれるんだね。わかったよ……そもそも私が言い出したことさ、頭なんて下げなくても書くさ」
「それでも下げさせてもらうよ、あんたには色々世話にもなってるからな」
「ははっ、そう言われるとなんかむずがゆいね。まあ、そこまで言われたからには早速書こうか。紹介状には私の師匠の名前も載せておくからそれで少しは可能性もあがるはずだよ、今夜中には書いておくから明日取りに来るといいさ」
そういうとカレナは眼鏡をかけ、万年筆、用紙、封筒、蝋を用意し、手紙を書く準備を始める。
蒼太は会釈をするとそれ以上は声をかけずに、静かに部屋を出て行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます