最後の冒険③〜終わりは始まり〜

 

 勝負は息をのむ展開を見せた。

 しばらく様子を見ていた五つの頭は,見事に息を合わせて時間差を作り,様々な角度から攻撃に出た。一つの首を落とそうとすると,別の首に命を取られる無駄のない動きだった。

 それでもジャンは対応した、一つ,二つとこちらも無駄のない華麗な身のこなしで首を落としていった。三つの首がジャンの身体を空振りしたところでそこを足場にして,三つ目と四つ目の首を刈り取った。

 さすがジャン。勝負が決まったように見えたその時、間違いなく切り落とされた首の一つが跳ね上がりジャンに襲いかかった。首から血しぶきを上げながら最後の力を振り絞ってとぶ。野生の強さ,生命力に恐ろしさを感じさせる執念深さだ。死してなお目的を果たそうとする生命力に危うく痛手を負いそうになりながらも,ジャンはその動きを捉えていた。それをなんとか鎌で払いのけたその時,ぴくりとも動いていなかった最後の生き残った首がジャンに襲いかかった。その顎はジャンの身体の右半身を食いちぎった。ジャンは叫び声を一つもあげることなく,地面に打ち付けられたまま動かなかった。



「ジャンっ!!!」


 ジャンの元へ駆け寄った。身体は目もあてられない無残な姿になっていた。左腕がないことなどには目が行かないほどに。

 まだ伝えたいことがあったのに,もっと一緒にいたかったのに。ジャンの額に顔を当てる。思わず嗚咽が漏れた。まだ温かい。


「すまん。・・・・・・油断し,た」


即死だと思っていたジャンが喉元から空気の通るヒューと異音を鳴らせながら力なく呟いた。


「に・・・・・・げろ」

「話さなくて良いから!」

「お前は・・・・・・いきろ」


 そう言って力なく顔を倒した。それでも,わずかに目元に力を入れ,その視線の先をにらんだ。ヤマタノオロチは一瞬ひるんだ。

 許せない。どうして,どうして! 怒りに似た虚無感が全身を包む。ジャンの願いはただ一つ。無事にこの場を乗り切ること。ここで死んだら,顔向けできない。

 不思議な力が心を原動力にして湧き上がってくるのが分かる。これは,ジャンがくれた力だ。ジャンに,兄に報いなければ。

 岩陰から飛び出た二匹目の獲物にヤマタノオロチは食いついてきた。そこにタイミングを合わせて,剣を抜いた。



 剣を抜いたとき,ヤマタノオロチの身体には異変が起きていた。ジャンが切り落としたはずの七つの首元に動きがある。ごぼごぼと流動的に皮膚の裂け目が動き,膨れ始める。その継ぎ目が急に突起したかと思った次の瞬間にはそれぞれの首が再生した。まるで切り落とされたことはなかったかのようにピンピンとしている。ただその怒りだけは忘れていないらしく,それぞれが顔を左右に振って標的を探し,岩陰を回り込むようにうろうろとしていた。

 青い高温の炎を吹き出しながらやってくる。

 岩陰から飛び出したときにはヤマタノオロチの再生した首を目の当たりにしたが,そんなものは関係ない。ただ,淡々と作業をこなすかのように首を切り落とした。まだ一度も傷つけられていなかったその大きな首は,何が起きたのかを理解する前に地面に落ちた。

 瞬時に姿を消すようにしてまた飛ぶ。ヤマタノオロチの背中に回り込む。そして,たいした手間もかけずに残る七つの首を切り落とした。ヤマタノオロチの自慢の咆哮を響かせる隙すら与えなかった。

 終わった,と呟いてその場に膝をついた。疲労が身体に蓄積している。痛い。眠い。無になりたい。さまざまな思いが交錯する中で,身体を引きずりながら岩陰へと移動した。最後に,ほんの少しでも良いからジャンのそばにいたい。顔を見たい。勝ったよと報告がしたい。

 あと少し,あと少しでジャンの所へたどり着く。最後の気力を振り絞るようにして這いつくばるようにして進んだが,意識がもうろうとするのを抑えることが出来ない。まぶたが重い。視界がかすむ。精一杯手を伸ばして地面をつかんだが,身体を前に進める力が湧き出てこない。そのまま,目を閉じた。額に温もりを感じながら,身体が浄化されたように軽くなったように何かから解放さえ,そのまま意識を失った。




―――ジャンSIDE―――



 ジャンは一部始終を見ていた。美しく可憐な動きでヤマタノオロチを圧倒する姿は,もうすでに自分の実力を超えていた。

 かろうじて残っている右腕で腹部をさする。もう長くはないことは自分が一番よく分かる。最後にソラに「よくやった」とねぎらってやりたかった。でもそれももう叶いそうにない。きっと,力を使い果たしたソラも満身創痍だろう。元の世界に戻ったときに健康で,また素晴らしい世界を作ってくれたら良い。それだけで,自分がこの世に生まれ落ちた価値があったのだ。

 ソラが這いつくばっているのが見える。ああ,なんとも痛々しく,美しい。おれは,兄ちゃんは全て見ていたぞ。これからも,ずっと見守っているからな。母ちゃんを大切に,これから出会う人に優しく,ミュウの面倒もしっかり見てやれよ。それから,バオウがさみしがっているだろうから,寄り添ってやれ。あいつはシャイだから,きっと自分からは歩み寄れない。お前達なら言いコンビに慣れる。これから困ったことがあったら助け合えるだろ。

 仲間達への思いが止めどなくあふれてくる。意識が,魂が天へと引き寄せられているのが分かる。

 ああ,もう少しみんなと一緒にいたかったな。でも,じいちゃんがいるだろうしさみしくはないな。ベルはあっちの世界で元気にやっているだろうか。ソラもバオウもミュウも母ちゃんも,元気でやってくれよ。ああ,もう少しだけ,こっちにいたかった。

 未練がましく思いを巡らせていると,ソラの手が視界に入った。地面から数センチ上に伸ばされた手は,力なく志半ばでパタンと地面に落ちた。

 思わず口元が緩む。重たい身体をソラの方へ向ける。身体には激痛すら感じない。死ぬとは,全てから解放されることなのだろう。おれは幸せだった。

 腕をソラへと力一杯伸ばし,最後にソラの顔に触れた。そこで意識が途切れた。



―――



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