最後の冒険①〜絵本の世界〜
ベルの身体に集まる光が強くなった。徐々に透明度が高くなっている。次はベルか。
「村のことで迷惑をかけたね。もう何が現実か分からないけど,でも大切な者を守り切ることが出来た。ありがとう」
そして,ジャンの方を見た。
「ひ孫だなんて信じられないね。それに,こんないい男が自分のことを守ってくれた。それも血の繋がった子孫がだよ。私は誇らしい。その・・・・・・痛々しい腕にさせて申し訳ないけど,でも嬉しかった。抱きしめられないぐらいなら,この腕なんていらないだなんてキザなこと言いやがって,覚えてる?」
ジャンは顔を赤らめて,「そんなこと言ったか」ととぼけている。
「これからが楽しみだね。こうして命はリレーされていくんだ。私も自分の世界で堂々と生きていくとするよ。・・・・・・もしも・・・・・・」
ベルはうつむいた。
「こんな話をするのも変だけど,もしも同じ時代を生きていたなら,私はあんたに恋をしていただろうな」
ばいばいみんな,そう言って顔を傾け,消えていった。光が消えたと同時に,床には一筋のしずくがこぼれた。
ジャンが肩をふるわせている。バオウが背中を強く叩いた。
「お前も言っちまうのかよ」
とジャンが目を赤くして言った。
「らしくないぞ。めそめそしないでくれよ。・・・・・・そりゃいくんだろうな。ほら,身体が強く透けてきた。・・・・・・おいおい,全員が湿っぽい挨拶をする流れかよ」
息を長く吐いた。そして,前を向いて続けた。
「誘ってくれてありがとう。お前達と一緒にいなかったら,つまらない人生を送っていたんだろうな。意地張って,強がって,周りには常に誰かがいるんだけと,心は繋がってなくていつも一人だった。そんなおれを変えてくれた。かけがえのない時間だった」
誰に語るでもなく話をしていたバオウは,こちらに正対した。そして,まっすぐな目をして言った。
「おれたち,また友達になれるかな」
顔の表情を変えずに,大粒の涙をこぼしながら続けた。
「元の世界に戻ったらどうなるんだろうな,おれたち。またつながりのないままなのかな。おれは不器用だから,心の奥の弱いところを隠すために,権力や力を盾に隠れているだろうな。その時は,なんとか引き釣り出して欲しいんだ。深い暗闇の底で光も見えずに苦しんでいるからよ」
バオウが手を伸ばしてきた。その手をしっかりとつかむ。
「また友達になろうぜ」
つかんでいた手から感覚が消え,手のひらに爪が食い込んだ。
みんないなくなっちゃった。ふわふわと浮かんでいるミュウを抱き寄せながら呟いた。離れたくないよ,と誰にでもなく語りかけるようにして言ったが,その相手は誰でもない,ジャンに対して言ったものだった。
何も言わないジャンに目をやると,もうその身体は実体をほとんど移しておらず,向こう側の空間が透けて見えていた。
嫌だよ,と声を漏らした。あまりにも情けない最後の別れ方だ。強がれない。どうしても自分の感情が表に出てきてしまう。そんな自分が嫌になる。
「何かが違うな」
ジャンが考え込むように言った。
「何だよ。この期に及んで。謎を残して去って行かないでよね」
「いや,おれたちの消え方,おかしくないか?」
見ると,自分の身体も透けていた。でも,みんなのように身体が光に包まれて一瞬でいなくなると言った反応の仕方ではない。
「おいおい,これってまさか」
身体と言うより,周りが光に包まれている間違いない。何度も経験した。ここからどこか別の所へ連れて行かれようとしている。ジャンとミュウもおそらく同じ場所だろう。そのことが自分の気持ちを強く支えてくれた。この旅が最後になるだろう。出来ることを一緒に精一杯やる。それだけだ。まばゆい景色の中で目を開いたまま身体が別空間に引き込まれていくのを感じた。
身体がふわふわする。夢の世界にいるようだ。
「ここはどこだ?」
ジャンがすぐそばにいた。ミュウも肩に捕まっている。それだけで気持ちが安らぐような気持ちだった。
ジャンはそう言ったけど,不思議なことに初めて来たような間隔がしない。火山の中に入りこんだような岩壁に囲まれ,ところどころ川のような溝があるかと思えばそこには溶岩が流れている。でも,この空間にはそのっけしきから
想像するような不快な暑さは感じられなかった。きっと,ここが都合の良い作られた世界だからだろう。その世界を作ったのは誰か。それは考えるまでもなくアトラスだ。だとしたら,自分たちにとっては都合の良いことで物事が収まるはずはない。
ジャンに目をやると,言うまでも無く警戒を怠ることなく周りを見渡していた。途端に生き物の咆哮がした。空気を揺らすほどのその叫び声から,相当な大きさであることが想像できた。
「これがおそらく最後の戦いだ。死ぬなよ。生きて,おれたちの世界を繋げ」
当たり前だろ,と返事を返した直後,ジャンは飛び出した。何か作戦があるのかと思いきや,そうでもないらしい。片腕のまま釜を抱え,不思議な冷気をまとって声のする方へ向かった。
こちらから探す必要は無く,声の主はすぐに姿を現した。それは,的にするにはあまりに大きく,絶望させるには十分な風貌だった。
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