真実に向かって⑤〜空を切る手〜
「私たちの負けね」
アトラスは遠くを見る目で語り始めた。
「全ての人が分かり合うというのは難しい事よ。だから多数決で物事を決めるか,力のあるものが物事を進めていくしかないの。私は私で正しいと思うことをした。あなたたちは勝ったの。あなたたちなりの正しい世界を作ってちょうだいね」
首元から時の欠片を取り,手のひらを乗せた。そして慈しむようにしてその表面をなでた。
「少しだけ,ほんの少しでも良いから,私の願いも聞いて貰えるかしら。私は,弱気者を救いたかったの。もっと言えば,弱気者を作りたくなかった。そのための犠牲だったのよ。大きく何かを変えるのならば,それ相応の犠牲はつきものよ。だから仕方なかった。どこのおじいさんはご存じだろうけど,貧しい一族の私は捨て子だった。売られた子どもだった」
じいちゃんは顔色一つ変えず,反応を示さなかった。まるで自分には関わりの無いことだというように。いつの間にかミュウはアトラスの方にすり寄っており,みんながアトラスの話に熱心に耳を傾けていた。
「私は別の名前で,別の世界で暮らしていた。かつては優秀な戦闘民族として栄え、重宝されてもいた。でも,時代は変わる。何においてもいつまでも反映し続けること何てあり得ないし,いつかは塵が掃いて捨てられるようになかったことにされる。先頭に置いては私たちの一族の右に出る者はいなかった。でも,時代が変わるにつれ,私たちは必要とされなくなった。むしろ,平和を享受したい人々にとって私たちの組織力は脅威となりつつあった。疎ましくなった人々は私たちを迫害し,経済的にも追いやられ,戦うかすみかを移すしかなかった。でも・・・・・・ものごとはそううまくはまとまらないものよね」
アトラスは苦しそうに続けた。
「一族の意見はまっぷたつに分かれた。自分たちが支配してやろうという一派と,武力を放棄し,時代の流れに乗ろうとする一派。意見は長に委ねられた。長である私の父は,人々と共に平和な世界を担おうとした。たとえさいs世は煙たがられたとしてもきっと分かってくれると。でも,もともと気性の荒い一族だから,反乱が起こったわ。私の父は殺された。同じ一族の人間に。そして,その家族である私たちはひどい扱いを受け,売り飛ばされた。それから私たちの一族がどんな最期をたどったのかは知らない。私は売り飛ばされた貴族の家でその一族が滅びたことを知った。その時、誓ったわ。人々から余計な感情を奪い,争いのない世界を作ろうと」
分かってくれるかしら? と反応を伺うようにこちらをみた。その目の奥には今となっては光が消え失せている。初めて会ったときの神々しさはどこに行ったのだろう。今は水槽の中をただ目的もなく漂う魚や檻の中の生き物を思わせる。そこには希望も展望もない。
「それでも,人から感情を奪うことはできない。そんなもので作った幸せは嘘っぱちだ。アトラスの思いは分かった。人は失敗しながら成長していく。これからみんなで,幸せな世界に向かって壁にぶち当たりながらでも進んでいくよ」
「そう,きっとわかり合えないのよ,私たちは。そのことはずいぶん前から分かっている。でも,あなたならきっとすてきな世界を作るでしょうね」
だから,と続けた。試すような顔つきだ。そして,運命を自分以外の何かに託すような顔。
「最後の試練よ。私からあなたに。生きて出てこれるなら,あなたの望み通りにしなさい。出てこられなければ,私は夢の世界を作る」
そう言って時の欠片を地面に叩きつけた。破片が粉々に飛び散る。その破片は不思議なことに,重力を無視したように光を反射して美しい輝きを放って宙を舞っている。
同時に光が空間を包み込んだ。もう何度も目にした光だが,いつまでもこれに慣れることは出来ない。
光の中で,ミュウがふわふわと浮かんでいる。じいちゃん,ベル,バオウ,ジャンの身体がそれぞれ透けていく。明る過ぎる空間にはふさわしくない心に穴が空いたような気持ちが押し寄せてくる。心のどこかで,これから起こることを直感的に理解しているのだろう。
「ここでお別れのようじゃな」
朝起きてまず顔を洗う,そんな日常的なことの延長のようにじいちゃんは言った。
「お前らには迷惑をかけた。信念の元に好き勝手やらせてもらったが,なんとか正しいことをやりきれそうじゃ。ジャンが生まれてくる頃にちょうどなくなったお前達のばあさんも,ようやったと受け入れてくれるじゃろう。やっと同じ所に行ける」
「じいちゃんも,やっぱりパラレルワールでは死んでいるんだね」
「・・・・・・うちに仏壇と遺影があったのを覚えとるか? 自己研鑽も大事じゃが,たまにはご先祖様を敬えよ」
笑いながら言った。
「お前達はようやった。自慢の孫じゃ。良き友にも恵まれたな。・・・・・・それから母ちゃん。変な感じじゃが,母ちゃんと呼ばせてくれ。見てとの通り,お前の息子はようやるぞ。立派なもんじゃ。だから心配せずにおってくれ。ちっさい頃は何も出来ないどうしようもないガキじゃったがな。だから,そう殴ってやるなよ」
笑いながらベルに微笑むと,「そろそろじゃ」と言って消えていった。
あまりにも唐突過ぎる別れに思わず「あ,」とつぶやきが漏れた。「待ってくれ」とジャンはじいちゃんをつかみにいったが,その手はむなしく空を切った。
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