真実に向かって④〜臆病者〜



「動くな。剣を置け」


 小さく,高い音を立てて力なく剣が落とされた。唇を青くして,懇願するように父さんは言った。


「ジャンを,その子には手を上げないでくれ」


言う通りにしたらな,とほくそ笑んで青い髪の男は剣を持って振りかぶった。


「よけるなよ,その勇敢なるガキをめがけて投げる。もしよけたなら,後ろの利口なガキに命中するだろうな。万が一にも余計なことをするならば・・・・・・分かるな。このジャンとか言うガキの命はない」


 父さんからうめくような声が漏れた。表情はよく見えなかった。大変な状況に置かれているというのは分かるが,感情がわいてこない。自分が幼すぎるだろうか。手のひらを見つめる。この身体では,戦うことは到底かなわないだろう。戦う? 剣の振り方も知らないのに,なんでそんなことを考えたのだろう。


「ソラ,家の方を向いていなさい」


 言われたとおりにした。

 何かが風を切るような音がした。我慢できずに振り返ると,父さんは膝をついて血を流していた。恐怖で身体が動かなかった。父さんに近寄ることすら出来ない。頬に生あたたかいものが伝ったと思うと,すぐにのどから大声を出して泣き叫んだ。恐怖にとらわれジャンを見た。ジャンはおそるおそる目を開けたところだった。そして,青い髪の男の手を振りほどき,わっと父さんの元へ駆け出した。


「父ちゃん! ごめん,痛かったでしょ。僕のせいだ!」


 父さんはジャンの腕を拭い,最後の仕事を全うするようにして声を絞り出した。


「誰のせいでもないよ,ジャン。ただ,あいつの顔を忘れるな。みんなを,家族をジャンが守るんだ。分かったな。お前は出来る子だ」


 うんうんとジャンが力強くうなずいた。だが,「父ちゃんが守ってよ」とすぐにべそをかいた。「大丈夫,お前なら出来る」と背中を叩いている。


「感動のクライマックスの所申し訳ないが」


 青い髪を風に揺らして気持ちよさそうに様子を眺めていたが,おもしろいことを思いついたように話し出した。


「間違いなくお前のせいで父ちゃんは死ぬな。目は開けとかなきゃだめだろ? どうだ? 最後に父ちゃんに良い物を見せてやらないか? それに・・・・・・お前も父ちゃんと一緒にいたいだろ?」


 凍るような笑い方をした。父さんは目を赤くして叫んだ。


「何をするつもりだ!」

「まあ見てろや」


 新たな剣を取り出し,ジャンにめがけて一直線に投げた。その鋭利な切っ先は寸分の狂いもなくジャンの心臓の方向へと矢のように進んだ。

 父さんが身体をジャンごと反転させた。父さんの身体を剣が貫く。ただ,必死の抵抗もむなしく,父さんの身体を貫いた剣は,そのままジャンの身体をも貫通した。



 身体の感覚が戻ってきた。頭が痛い。おそるおそるまぶたを開けると,そこには宇宙空間が広がっていた。そうだ,ここが自分か今いる世界だ。さっきのは何だ? まるで夢の中にいるみたいだった。


「大丈夫か? ずいぶんうなされていたが」


 バオウが心配そうに顔をのぞき込み,喉元に手を当てた。「熱はないが,汗をかきすぎだ」と言ってみずwおさしだしてくれた。

 「悪い夢を見たんだ」と飲みながら言った。やっぱりか,とバオウが背中をさすりながら言った。「夢の中身を聞いても良いか?」と尋ねてきた。暑くも寒くもない空間にもかかわらず,自分だけが大汗をかいていた。みんなも夢を見させられてのだろうか。

 夢のあらましを伝えた。真剣な顔を向けてみんな聞いていた。どうしても心に引っかかっているのは,それが事実なのかどうかということだった。それを確認する相手は,ジャンしかいない。

 ジャンは青ざめた顔で,うなだれるようにしてうなずいた。


「おれは・・・・・・おれが父さんを殺したも同然なんだ。ソラには悪いと思っている。おれは臆病者だ」

「臆病者なんかじゃない」


 強く言い切った。ジャンはハッと顔を上げたが,悲しさをにじませた笑顔を作り,すぐにそっぽを向いた。


「いいんだよ。ありがとな。ずっと・・・・・・謝らないとって思っていた。でも,口にするのが怖くてな。自分のしたことが現実として浮かび上がってきて,ソラに軽蔑されて,悲しませて・・・・・・。おれに出来ることといえば,じいちゃんと誓ったアトラスの野望を打ち砕くことと,父さんの敵を討つことだけだった。そのために,それこそ一心不乱に剣を振った。何かから逃げるように己を鍛えた。やっと,目的が達成できそうだ」

「違う。ジャンは自分を責めすぎだ。夢を見たとき,思ったんだ。あのとき,一番臆病だったのは自分だった。ジャンは自体を悪くさせないように,拳を握ってこらえていた。叫び出したくなるほどの恐怖だったはずなのに。自分はといえば,状況を飲み込むのに時間がかかってずっと立ちすくんでいた。まずいと思って家族が命の危機にさらされていると認識してからでさえ,何もせずに突っ立っていた。本当は,自分でなんとかしないといけなかったのにその責任すら放棄した。卑怯なのはこっちだ。でも・・・・・・」


 言葉を詰まらせながら続けた。


「でも,もう過去を振り返ってもしょうが無い。今,生きている自分がこんなことを言うのもおこがましいかも知れないけど,皆がつないでくれた命を大切にしたい。下を向いて生きていくんじゃなくて,やりきった,幸せだったって最後にそう思ってみんなと同じ所に行きたい。ジャンも,今はいろんな人がつないでくれて今ここにいるんだ。一緒に役割を果たそう。やるべきことをやろう。そうして・・・・・・」


 言葉を続けるのには少し勇気が必要だった。


「そうして全部終わったら,自分の天命を全うしたら,胸張ってまた天国で会おう」


 言いながら鼻水が垂れてきた。ジャンの肩が震えている。

 鼻をすする音や嗚咽のまじった声が宇宙を思わせる空間に響き渡った。


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