不器用と怪獣のおもちゃ

 オイラは魔法屋の中で男の子に一番人気のおもちゃ。

 ギザギザの歯に太くて長い尻尾。綺麗な緑色のたくましい体の怪獣だ。

 こんなカッコイイ怪獣のオイラとフィーリングが合うのはやっぱり男の子ばかり。

 ちょっと乱暴に扱われるから、こうやって棚で休んでいる時は正直言ってホッとする。いくら痛みを感じないからといっても壊れるのは嫌だからな。

 それにしても退屈だ。

 棚に居るのも悪くはないが、かれこれ十年くらいレンタルされてないからそろそろ外に行きたいな……。


 ◇


 今日のお客さんは子ども一人での来店。一人でお店に入ってくるなんて、見た目はちょっと女の子みたいだけどオイラと気が合いそうな度胸を持った男の子じゃねぇか。

 物は試しだ。ちょっと遠いけど声を掛けてみるか。


『そこの子ども! オイラの声が聞こえるか? 聞こえたなら、オイラをレンタルしてみないか?』


「……あ」


 やっぱりオイラの声が聞こえる子だったみたいだ。

 駆け寄ってきて棚をよじ登りオイラを手に取るあたり、ちょっぴりやんちゃな感じがする。


『ちょ、ちょっと、待て待て! 店を出ちゃダメだ!』


 オイラを手に取りそのまま駆けて店を出ようとする少年を慌てて止めた。

 受け付けをしないでオイラ達おもちゃを店から持ち出すと、店を出てすぐにおもちゃは店内に戻ってしまい、更にその子はレンタルしてもいないのに二度と店に来れなくなる。

 折角、フィーリングが合ったのにそんな風になるのは悲しいだろ? だから、オイラは慌てて止めたのさ。

 なんとかギリギリの所で足を止めてくれた彼にやらなきゃいけない事を教える。


『ふぅ、危ない危ない。勝手にお店の物を持って外に出ようとしちゃダメだろ? ちゃんとお店の人に言わなきゃ。ほら、左の方にお店の人を呼び出すベルがあるからそれを押して。お茶碗を持つ手の方だよ』


「ない」


 彼が見たのは右側。左利きなのか? それともあまのじゃくなのか?

 なかったからまた駆け出そうとする彼。


『待て待て! ごめん! 反対側だった! オイラの教え方が悪かった! 頼むからそのまま店を出ないでくれ』


「もー」


 「もー」と言いたいのはオイラの方だ。今回の子は少し手を焼きそうだ。


「これ?」


 カウンターを見つけた彼は近付いてベルを指さした。


『そう、それを押すんだ』


 店のカウンターは子どもにはちょっと高い。ベルに手が届かないからカウンターによじ登り、そこへ座ってベルを押す。


「はいはい、お待たせしました……おや? これまた珍しい……座敷わらしかな?」


『違うよ、おじさん。お客さんだよ』


 おじさんが間違えるのも無理はない。彼はベルを押した後もずっとカウンターの上に座ったままだったのだから。


「そうだったのかい。こりゃ失礼したね。お嬢ちゃん、パパかママと一緒に来たのかい?」


「お父とお母はおウチ」


『おじさん……少年に「お嬢ちゃん」は失礼だろ? 確かにちょっと女の子みたいな見た目をしてるけどさぁ』


「男の子だったのかい。これまた失礼したね。どうやら一人できたみたいだね。まずは君のお名前を聞いてもいいかな?」


「アキ」


「アキ君だね。では、これからお店のルールを説明するから分からない事があったら言っておくれ」


「うん」


 いつもの説明を子どもでも分かりやすいように砕いて説明するおじさん。

 理解しているのかは分からないけどカウンターに座ったままジッと話を聞いているアキはやんちゃだけど根は良い子なのだと感じさせる。


「これで説明は終わりだよ。さぁ、アキ君。おもちゃに名前を付けてあげて」


 恒例の名前付け。ここでオイラの一年間のカッコ良さが決まる。


『カッコイイ名前にしてくれよな』


「トカゲ」


 なんてこった。オイラが恐竜みたいな怪獣だからって、まさか『トカゲ』と名付けられるとは……。


「うん。良い名前だね。説明は終わったから、もう持って帰って大丈夫だよ」


「バイバイ」


 カウンターから飛び降りて走って店を出るアキに抱えられているオイラは少し不安を感じていた。

 活発なのはいいけど、なるべく壊さないで欲しいな……。


 ◇


 アキの家は店から割と近いところにあった。

 玄関を開け放ち、靴も脱ぎ散らかしたままで家の中へ入っていくと、待ち構えていたと言わんばかりのお袋さんに呼び止められた。


「アキ。帰ってきたら『ただいま』でしょ? 玄関も閉めて、靴も揃えなさい。もー、何回言えば分かるの?」


「お母、これ!」


 お袋さんに怒られたけどアキは動じず、オイラを嬉しそうにみせた。


「どうしたの? これ」


「貰った」


『貰ってないだろ? オイラはレンタルだぜ?』


「誰に貰ったの?」


「ジジイに」


 ジジイって……口悪っ!

 それにアキは貰ったというのも否定しない。


「知らないジジイに物を貰っちゃダメでしょ? 返してきなさい」


 至極当然なセリフだが、お袋さんも「ジジイ」って……。

 この親にしてこの子ありって感じだ。


「これ、ボクの!」


「はぁ……仕方ないわね。お母といる時にそのジジイを見つけたら教えて? お礼を言わなきゃいけないから」


 完全にアキに貰われた事になっている。まぁいいか。おじさんに外で会ってもきっと分からない。

 魔法屋に入れるのが一日一組のようにおじさんにも不思議な魔法がかかっているから、アキも気付かないはずだ。


「ふーん」


「『ふーん』って、ちょっとアキ! 聞いてるの? ……全くもう……」


 呆れるお袋さんを他所にアキはリビングへ入ってすぐにオイラを片手で鷲掴んで掲げて、


「ガオー! お父! 怪獣だぞー! ガオー!」


「痛い、痛い!」


 ソファーに寝転がっていた親父さんをオイラで叩いて攻撃。

 ソフトビニールで出来ているとはいえ、尖っている部分があるオイラで叩けば子どもの力でもそれなりに痛い。

 ただ寝転がってテレビを観ていただけなのに、とんだ災難に見舞われたもんだ。可哀想に……。

 叩かれていた親父さんは手でガードしながら体を起こしてアキの肩を押さえて動き止めさせた。

 この手馴れた動きがいつもやられているのを感じさせる。


「イテテ……。ミニカーの次は怪獣か。はぁ……アキ、もう少し大人しい遊びをしないか?」


「イヤッ! 怪獣で遊ぶ! お父は怪獣に食べられるから静かにして! ガオー!」


 アキは親父さんの手を振りほどいて、またもやオイラで叩いて襲いかかった。


「痛い、痛い! ぐあー! やられたー! 食べられたー」


 なんだかんだ言っても親父さんはノリノリだ。痛そうにしているのは本当っぽいけど。


「お父! 静かにして! 食べられてるんだから」


「はい。ごめんなさい」


 理不尽極まりない。男の子の父親ってのもこれまた大変なんだな……。



 ひとしきり親父さんと遊んだアキはようやくオイラを自分の部屋に連れて行ってくれた。

 部屋は散らかっていて床にはミニカーやおもちゃの剣が転がっている反面、棚にはロボットや変身ヒーローのフィギュアが並んでいて整理されている部分もある。

 おもちゃの格差社会かな? この部屋は。


「うーん……トカゲはここ!」


『おっ? オイラは棚に飾ってくれるのか?』


「トカゲは喋るから」


 どうやら会話が出来るオイラを気に入ってくれたらしく、オイラのポジションは棚の真ん中。一番目立つ場所だった。


『飾ってくれるのは嬉しいけど、オイラはおもちゃだからオイラで遊んでくれよ?』


「遊ぶー!」


 ついさっき飾ったばかりのオイラを手に取ったアキは部屋で床に転がっていたおもちゃも交えて楽しそうに遊びだした。

 乱暴な感じはしたけど、素直な良い子じゃないか。

 アキの素直なところを見たオイラは少し安心した。


 ◇


 素直で良い子だと思って安心していたオイラは数週間アキの日常を見て驚いた。

 幼稚園や休みの日に必ず行く近所の公園で他の子達と上手く交流が出来ない事に。

 人見知りで喋れないのではない。本当に上手く接する事が出来ないのだ。それでもアキは今日も公園の砂場で遊んでいる女の子達の輪に入ろうとしていた。

 女の子ばかりに近付いて行くけど、アキは女の子が好きなのかな?


「お山が出来たら……あ。アキちゃん……」


 女の子達は手を止めてアキの様子を窺うように少し困った顔で見ている。

 女の子達のこの反応は当たり前。だってアキは、


「あーっ! せっかくここまで作ったのにー」


 ただ一言「仲間に入れて」と言えばいいのに、その言葉を出せず無言で入って砂で作った山を崩して女の子達を困らせる行動をとってしまう。

 そんな事をしたら反感を買うのも無理はない。


「アキちゃんは何でいつも乱暴するの?」


「してない」


「してるよー」


「してない! ……もういい!」


 仲間に入れないのはいつもこの調子だからだ。


『アキ。さっきのはアキが悪いぞ? 男の子が女の子をいじめちゃダメじゃないか』


「うるさい」


 ダメな事はダメと毎度注意するけど、上手くいかない事に苛立ちを感じて興奮しているのか全くオイラの言葉に耳をかさない。

 今日も仲間に入れなくてトボトボと家へ帰ろうとしていると、


「あぅっ!?」


 公園の出入口の手前で転んだ。正確に言うと、男の子達に後ろから押されて転ばされた。


「やーい、男女ー!」


『なんて事をするんだ! やめろ!』


 男の子の人数は六人。寄って集って転んだアキに泥団子をぶつけて「男女」とバカにしてくる。

 確かにアキは女の子の輪にばかり入ろうとしているけど、こんな事をされる理由にはならない。

 ただ、アキも乱暴な節があるから黙ってやられてはいなかった。


「男女じゃない!」


「なんだこいつ! みんなー! やっちまえ!」


 立ち上がったアキは六人対一人で掴み合いのケンカをする。家で親父さんに痛い思いをさせて遊んでいるだけあってアキは強かった。

 三人が泣かされたところで、


「今日はこれで勘弁してやる! 次は俺達に歯向かうなよな!」


 男の子達はしっぽを巻いて去って行った。


『アキの強さをみたか! これに懲りたらアキをイジメるんじゃないぞ! ったく、一人に対して数人でかかるなんて卑怯な奴らだ! 大丈夫か? アキ』


 その場にポツンと立ち尽くすアキは、


「へーき。いつもだから……」


 ポツリと言葉を零してまた歩き出す。


『「いつも」って、それはどういう……』


 言葉の意味を聞こうとしたけど途中でやめた。服や体に付いた泥を落とそうともしないで家へ向かって歩き出すアキが今にも泣きそうな顔で涙を堪えているのが分かったから。



 帰り道でアキは一言も喋らなかった。

 きっとケンカをして擦り傷をいっぱい作った事や、服が泥塗れになった事が原因じゃない。

 だって、悔しいとか痛いとかじゃなく寂しいって顔をしていたから。


 玄関を潜ると丁度廊下へ出てきたお袋さんと鉢合わせ。

 アキの姿をみて驚くというよりか、呆れた感じだった。男の子の親ならこれくらいは日常茶飯事だから慣れているのだろうか?


「おかえり、アキ。はぁ……またケンカしてきたの? あーあ、こんなに泥塗れで傷だらけになって……」


『お袋さん。アキは悪くないから怒らないでやってくれ。それに一人で六人と戦ったんだ。負けたけどアキは泣かなかったんだぜ?』


 って言っても、オイラの声は聞こえないよな……。


「お風呂に入るから、お風呂場で待ってなさい」


「はーい……。お母、トカゲもいい? トカゲもドロドロだから」


 ケンカの最中にアキの手から投げ出されたオイラは踏まれたりして汚れてしまっている。


「トカゲ? あー、怪獣のおもちゃね。ちょっと見せて。うーん、このおもちゃなら大丈夫そうね。いいわよ」


 お袋さんはオイラが風呂に入れても壊れないかチェックしてくれた。

 多少柔らかくなったりするけど、乾いて熱が取れれば問題ない。色落ちはちょっと気になるけど。


 ◇


 脱衣場に救急箱を持ってきたお袋さんは、


「アキ。早く脱ぎなさい」


 アキに服を脱ぐように促して怪我を手当てする準備をしていた。


「まって……う〜ん……脱げた!」


『え? アキ!?』


 服を脱いだアキを見てオイラはかなり驚いた。アキは女の子だったのだ。

 まさかアキが女の子だったとは思いもよらなかった。

 可愛らしい顔立ちをしているし、髪も長いから女の子と言われれば納得はいくけど、言動は男の子という感じだったから男の子と思い込んでいたからだ。

 先に怪我の汚れを落とし、消毒をして絆創膏を貼る。お袋さんは慣れた手つきで手際が良い。


「ちょっと沁みるから我慢しなさい」


「ぅひゃっ! お母、痛い」


 そりゃあ痛いだろう。


「はい、お終い。お風呂に入りましょ」


 洗い場の椅子に座ってお袋さんに洗って貰うアキの体は痛々しい感じだった。

 アキの座っている脇に置かれたオイラから見える範囲のアキの体は傷だらけ。

 今日出来たモノではないような傷も沢山あった。

 いつもって言ってたけど……なるほど、そういう事か。アキは今日みたいな事がよくあるみたいだ。

 これはどうにかしてあげたいな……。


「終わったわよ、アキ。お湯に浸かるけど大丈夫?」


「うん。トカゲ、入るよ」


 頭と体を洗って貰ったアキはオイラ手に持って湯船へお袋さんと浸かる。

 ご丁寧にオイラも肩まで入れてくれた。


『アキ。痛くないか?』


「大丈夫。ボク、強いから」


『そうか。でも、あんまり我慢するなよ? お袋さんも心配してるから、痛い時は痛いって言えよ?』


「トカゲ、お母みたい」


「ねぇ、アキ。その怪獣のおもちゃとお話してるの?」


 お袋さんが不思議がるのも無理はない。オイラの声はアキにしか聞こえないのだから。

 この場合、アキに何と言わせれば良いものか考えものだ。

 だって、おもちゃが喋るけど自分にしか聞こえないとか言ったら、気持ち悪いと思われてしまうだろ?

 だからこそ言葉選びを慎重にして、なるべくフワッとした感じで……。


「トカゲは喋るの」


 あーあ、そのまま言っちゃったよ。


「でも、お母には聞こえないけど?」


「う? どうして? ねぇ、トカゲ。教えて」


 まぁ、こうなるよなぁ。

 おじさんにも説明されてたはずなんだけど、アキには理解出来ていなかったようだ。

 かなり分かりやすい説明だったと思うんだけどなー……それで分からないのにオイラにどうしろと……?


「ねぇ! トカゲ! どうして?」


 急かしてくるアキの質問に答えないわけにもいかず、オイラなりに子どもが分かってくれそうなことを言った。


『オイラの声は小さいんだ。アキにしか聞こえないくらいに。だから、アキ以外の人にはオイラの声は聞こえないんだよ』


「ふーん。変なのー」


 変とは失礼な。折角、分かりやすいように説明してあげたのに。


「怪獣さんは何て言ってたの?」


「トカゲはちっちゃいからアキとしか喋れないんだってー」


 何かちょっと違う。


「そう……。確かに小さい怪獣さんだものね。でも、おもちゃとお話出来るなんて素敵でいいわね」


「えへへー! いいでしょー! お母にはあげないよー?」


「あら? アキは意地悪さんね。お母、泣いちゃうかも」


「え!? お母、泣かないで! ちょっとだけなら貸してあげるから」


「ふふ、冗談よ。アキは優しいね」


「お母のバカー!」


 風呂場には楽しい声が木霊する。

 他の子達と上手く接する事が出来ないだけで、アキは優しい子だとオイラは思った。

 何かきっかけがあればアキも仲間に入れて貰えるかも知れない。

 そう。何かきっかけがあれば……。


 ◇


 ケンカがあった日から何週間か経ったけど、毎回休日に公園へ行くのをやめないアキ。

 たまに仲間に入れて貰おうとするが、乱暴に入っていくせいで結局仲間に入れて貰えない。

 行動を起こさない日は楽しそうに遊ぶ子達を公園の出入口付近にあるベンチに座って眺めているだけ。

 何とも寂しい光景だ。


『アキ。今日は仲間に入れて貰いに行かないのか?』


「行かない。入れて貰えないから」


 アキの心が折れかかっている。本当は優しい子なのにこのまま諦めては勿体ない。

 オイラは常々思っていた事を口にした。


『女の子の格好をしたらどうだ?』


「女の子の?」


『アキはちょっと男の子っぽく見える服装だから、それが原因なのかも知れないぞ?』


 男女と言われるなら女の子の格好をすればいい。これで女の子も絡みやすいはず。

 名付けて『女の子になろう作戦』だ。


「女の子の格好……」


 思い立ったかのようにアキは家へ帰って、キッチンでご飯の支度をするお袋さんへとしがみついた。


「どうしたの? アキ」


「お母! 女の子の服欲しい!」


「アキが着るの!?」


「うん!」


 これにはお袋さんも驚いていた。それもそうだ。アキが持っている物は全部男の子が好きそうな物ばかり。

 そのアキが急に女の子を服を欲しがって着たいと言ったら驚くのも無理はない。

 しかし、驚いていたお袋さんも次第に嬉しさが勝ってきたのか、急いで出かける準備をしてアキを連れて服を買いに行った。



 お袋さんと買いに行った服は見事なまでに、どこからどう見てもアキを女の子にしてくれた。

 可愛く見えるように髪もお袋さんが結ってくれて、まるで別人みたいだ。


『アキ。これだけ可愛い女の子になったんだから、言葉遣いも女の子にしなくちゃ変だぞ?』


「うん。分かった。ボク、頑張る」


『おいおい。ボクじゃなくて、私だろ?』


「そっか……」


 自分から変わろうとしているアキをみて、オイラはどことなく浮かれていたのかも知れない。



 アキが服装や喋り方を変えてかなり経ったが一向に友達が出来ない。

 ハッキリ言ってオイラが間違っていた。

 見た目や喋り方を突然変えたら、「どうしたの?」ってなるのは当たり前の事だった。

 例え上部だけ取り繕っても中身は中々変わらない。仲間に入れて貰おうとするアキの行動は変わらなかったのだ。


 日に日にアキの口数が減っていく。理由はオイラには分かっている。

 その理由とは、アキは女の子達と友達になろうと頑張っているからだ。

 だけど、それがただでさえコミュニケーションを取るのが下手なアキは自分自身を縛り付けて、どうしていいか分からなくなっている。

 オイラが安直な提案をしたばっかりに、余計にアキを追い込んでしまったのかも知れない。

 今にも泣きそうな顔で今日も公園へ出かけるために女の子っぽい服に着替えようとするアキを止めた。


『アキ。オイラが悪かった。もう無理に女の子の格好をしなくていい』


「……うぅ……」


 とうとうアキの目から涙が零れ落ちる。それでもアキはまだ服を着替える手を止めない。


『もういいんだ。アキ。好きな格好をしよう』


「ヤダ……ボク……私、友達欲しい……もん」


『アキ……』


 アキがここまで寂しがっていたとは思いもよらなかった。

 オイラはアキに悪いことをしてまった。


 ◇


 アキの涙を見た日からかなり月日が経って喋り方は元に戻ってきたけど、女の子の服装をやめないアキ。

 今日もまた公園へ来るもベンチに座って子ども達が楽しそうに遊んでいるのをアキは眺めている。


『アキ? 眺めてばかりいないで声をかけたらどうだ?』


「……また入れて貰えないから」


『断られたって何回でも仲間に入れてって言えばいいじゃないか』


「怖い」


 あの『女の子になろう作戦』からアキは拒絶されるのが怖くて、公園だけでなく幼稚園でも他の子に声を掛けられなくなってしまっていた。


『怖い……か。オイラが一緒だったら怖くないだろ?』


「トカゲが一緒?」


『そうさ。オイラはアキの友達だからな! 友達が怖がっているなら一緒にいてやるのが友達ってもんだろ?』


「トカゲ……友達……」


『お、おい、アキ。どこへ行くんだ?』


 オイラを持ったアキはベンチの後ろにある植木の陰にしゃがみこんで自分の前にオイラを置いた。

 一体、何がしたいんだろう?


『こんなところで何をするんだ?』


「かくれんぼ」


『は? かくれんぼ?』


「ボク、友達が出来たらかくれんぼしたかったの。あと、鬼ごっことか砂遊びとか……い〜っぱい」


『アキ……』


 全然友達が出来ないアキは友達が出来た時にしたい事を教えてくれた。何気なく言った言葉だけど、アキには凄く嬉しい言葉だったみたいだ。

 あと半年も居られなくて、おもちゃのオイラでもアキは友達と思ってくれる。ここはオイラもその気持ちに応えなければならない。

 アキに本当の友達が出来るように遊びの練習をしてあげよう。


『そうか。かくれんぼか。じゃあ、最初はオイラが鬼をするからアキは10数える間に隠れてくれ』


 目が開閉出来るタイプのおもちゃじゃないオイラにはアキが丸見え。

 そもそも隠れるはずのアキはしゃがんだ位置から動かずに顔を手で隠しているだけ。

 オイラが自分で動けないのを知っていて隠れた感じを出してくれているみたいだ。

 よーし! それならオイラもアキを楽しませてあげようじゃないか。


『……はーち、きゅーう、じゅう! アキはどこに隠れたのかなー? ベンチの下かな? それとも木の上かな?』


 オイラがお門違いな場所を探している感じを出していると指をズラしてその隙間からオイラを見たアキは、


「違うよー。ぷぷぷ」


 楽しそうにオイラへヒントを与えて、またしっかりと顔を隠した。

 楽しんでくれているようでなによりだ。さて、そろそろ見つけてあげようかな。


『お? ここかな? アキ、みーつけた!』


「見つかったー! 次はボクが鬼やるー!」


 こうして一緒に遊んでいると、とても友達がいない子にはみえない。早くアキにも良い友達が出来るといいのになぁ。


 ◇


 アキと一緒に遊ぶ日々は楽しく、あっという間に時間が過ぎていった。

 今日はオイラが店へ帰る日だ。


「行くよ、トカゲ」


『すまない、アキ。オイラは一緒に行けない』


「ダメ! 行くの!」


『オイラは今日、店に帰るんだ。だから、今日は……いや、今日からずっとアキと一緒に遊べなくなるんだ』


「うるさい! 行くの!」


『うるさくても構わない。これがオイラのアキと話が出来る最後の時間だから』


 体が光に包まれてオイラは宙に浮いてしまう。

 別れの時間だ。


「あ……あ……」


 必死にオイラを掴もうとするアキの手は非情にもすり抜けてしまう。

 目の前に居るのに触れない事から別れの時を悟ったのか、アキは涙をボロボロと零して拳を握り俯いてしまった。


『アキ……泣かないでくれよ』


「トカゲ居ないと……ボク……また一人ぼっちになるもん」


 もしかすると、アキはオイラをレンタルする前からその男の子っぽい言動のせいで周りに上手く溶け込めず、幼稚園や公園でもずっと一人で皆が楽しそうに遊んでいるのを眺めていたのかも知れない。

 出来ればアキにちゃんとした友達が出来るまで一緒にいて寂しい思いをさせたくなかった。

 だけど……それは無理な願いだ。

 あと少しで居なくなるオイラにはアキの背中を押してやる事しか出来ない。


『アキ。一人ぼっちが嫌なら勇気を出して踏み出せ。今まで通り勢いで行くんじゃなく、友達になりたい子に歩み寄るんだ』


「でも、ボク……嫌われてるもん」


『嫌われていたっていい。嫌なところを含めて好きになってくれる友達を作るんだ』


「トカゲはボクの友達でしょ? ボクはトカゲだけで……」


『確かにオイラはアキの友達だ。だけど、ずっと一緒には居られないんだ。だから……オイラのお願いを聞いて欲しい』


「お願い……?」


『そう。一人でいいから友達を作ってくれ。そうしたらオイラは安心出来る。アキはオイラの一番の友達だ。だから、友達を作るって約束して欲しいんだ』


「そんなぁ……あ! トカゲ!?」


 光は強くなって、オイラは徐々に上へといざなわれていく。

 もう時間がない。最後に一言、アキへ言葉を……。


『アキ! 約束だぞ? オイラはアキに見えないとこから見てるからな!』


「トカゲ! 待って……」


 アキの姿は見えなくなり、声ももう聞こえない。不安だけを残したオイラは魔法屋へ帰った。


 ◇


 魔法屋のカウンターへ帰ってきたオイラへおじさんがニコリと笑っていつもの質問をしてくる。


「おかえり。どうだった? 今回の子は」


「おじさん。お願いがあるんだ……」


「なんだい? 君がしおらしくしてるなんて、何か悩み事かい?」


 きっとおじさんにはオイラが何を悩んでいるのか分かっている。


「悩みってほどの事じゃないけど……。連れて行って欲しい所があるんだ」


「それってまさか……。ダメだよ。ウチのルールを忘れてたのかい?」


「忘れてないさ」


 お客さんにルールがあるように、オイラ達おもちゃにもルールがある。それをオイラは破ろうと考えている。


「なら、尚更会いに行かない方がいい。会って辛くなるのは君だよ? それに……」


『分かってる。だから、遠くから見るだけでいいんだ』


「はぁ……仕方ない。ホントに遠くから見るだけだよ?」


『ありがとう。おじさん』


 おじさんに抱えられてやってきたのは、アキがいつも来ていた公園。

 オイラが居た時は輪に入れなくて、毎回入り口近くのベンチに座って寂しそうに子ども達が楽しく遊んでいるのをずっと眺めていた。

 その公園へおじさんに連れてきて貰ったのは、一人ぼっちに戻ってしまったアキがどうしているのか気になったから。

 もしも、変わらず輪に入れなくて一人ぼっちのままなら、その時は……。


「あの子じゃないのかい? 君が見たかったのは」


『うん……』


 アキはベンチに座って楽しく遊んでいる子ども達を眺めている。その姿にいつもと違う雰囲気を感じた。

 やっぱりダメだったか……。

 オイラが居なくなって余計に寂しいのかも知れない。


「もう、いいかい? 一目見て気がすんだだろ?」


『あの……おじさん……実は……』


 オイラが言わんとする事を知っていたかのようにおじさんは言葉を被せて止めてきた。


「おや? あの子の心に変化が起きてるね」


『アキ……?』


「少し声を聞いてみようか」


 おじさんが指をパチンッと鳴らすと砂場で遊んでいる女の子達の声が鮮明に聞こえてきた。


「これをこうしてー……出来た!」


「いいなー。私も……えいっ! やったー! 上手に出来たよ!」


 水を含ませた砂を型に入れて、その形を作って遊んでいる女の子たちの目の前まできたアキの今にも消えそうな声が耳に入ってくる。


「あの……」


「なーに?」


「一緒に遊びたい……」


「アキちゃん、乱暴だからどうしようかな〜」


 女の子達の反応は今までの事があるから仕方がない。

 男の子すら泣かせて、ハブられてしまうアキが直ぐにお淑やかになれるワケがないから、ここは更に嫌われない為に引いておくべきだ。


「乱暴しないから……お願い……うぅ……」


 俯くアキの姿に震える声。きっと泣いている。

 オイラが居なくなったせいで余計に一人ぼっちを感じるのが耐えられないのだろう。

 やっぱりオイラが居ないとダメなのか……。


『おじさん。オイラずっとアキと一緒に……』


 意を決して止められた言葉をおじさんへ告げようとした時、


「アキちゃん、泣かないで。ごめんね。意地悪言って。一緒に遊ぼ?」


「そうだよね。アキちゃんもずっと一緒に遊びたかったんだよね? それなのに私達……。ほら、アキちゃんも一緒に遊ぼうよ」


「……いいの?」


「うん! あっちでおままごとしよ!」


 ようやくアキの頑張りが実った。引いた方がいいと思ったのはオイラが過保護だったようだ。

 女の子達の後について砂場を離れようとするアキをみてオイラはホッとした。


「なんだい? 何か言いかけてたけど」


『なんでもない。おじさん、店に帰ろう』


「いいのかい?」


『うん。もう心配はいらなくなったから』


 アキに友達が出来たのは嬉しかったけど、何だか少し寂しい気持ちにもなった。

 一年しか一緒に居られなかったオイラなんて、新しく出来た友達には勝てない。ましてや、オイラはおもちゃだから。

 でも、友達との思い出を作る事は良い事だけど、ほんの少しでいいからオイラの事を覚えていて欲しいと思ってしまう。


 公園を去ろうとするおじさんは少しだけ足を止めてアキの方へとオイラを向けた。


「あの子が君を大切に想っていたのが君へ届いたように、君があの子を想っていた気持ちがあの子にもちゃんと届いていたようだね」


『え? ……あっ。アキ……』


 友達の背中を追っていたアキはこちらへ振り返って眩しいくらいの笑顔で手を振っていた。外に出ているオイラ達の姿はアキには分からないはずなのに。


「トカゲ! ありがと!」


 周りの子達は何の事かさっぱり分からない感じだったけど、アキの言葉はオイラの胸をうつものだった。

 そのたった一言でじゅうぶん。

 心配を掛けまいとするアキの気持ちにオイラも応えるべきだ。


『おじさん、行こうか』


「そうだね」


 オイラ達が見えなくなるまで手を振っているであろうアキへ、聞こえないだろうけどオイラも言葉を残す。


『アキ、またいつか会おうぜ。今度はアキの友達も一緒に』

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