2「遺言書」

煌月流……


武芸一八般を教える総合武術である。その歴史は室町の頃まで遡るが、

古きを守りつつも常に、新しき物も取り入れると言う方針のもと、

現在まで新しい技を作り続けた結果。

師範であっても、すべての技を覚えきれないと言われた。

 

 中でも、山奥にある、通称「奥地」と呼ばれる場所にある

修行場のみ習得されると言う「真の奥義」と呼ばれる数々の技は、

長年にわたって習得者がいなかった。


 その創始者一族である煌月家は女系で、男が生まれる事は滅多に無く、

生まれた場合は、必ず女の顔と声をしていると言う。

もし、男らしい顔をした煌月の男子がいれば、

整形手術をしたか、養子かのどちらかだと言う。


そして煌月の男子は、基本的に武術の才能に欠ける為、煌月流は女子か、

男子は養子か、門下生が代々受け継いできた。


 達也は、当時の煌月家、長子にして長男で、その容姿は、まさに煌月の男子。

彼は幼い頃から、不思議な力を持っていたが、それとは関係なく

彼は神童で、その後も天才であり続け、いろんなことが出来たが、

中でも煌月の男子として珍しい事に武道の才能に恵まれていた。

 

 その腕前は天才的で、高校を卒業するころには、多くの技を会得し、

更には「奥地」での修行を得て、「真の奥義」を習得していて、

当時の師範以上の実力があり、次の師範として、道場を受け継ぐ

即ち後継者と目されていた。


 しかし彼は、それを良しとはしなかった。

何故なら、自分にはふさわしくないと思ったから

実は彼とって、武術は道楽、遊びの延長で、今でも好きだが

本気ではなく軽い気持ちで武術を学んでいた。

ただ天才故に、本気じゃなくとも常人の本気以上の結果が出せたのだった。


 しかし、達也は心の在り方を重んじた。彼は本気になって、物事に取り組み

達成する事のすばらしさを知っていたからだ。


「受け継ぐのは技だけじゃない。心もだ。

僕の様な半端なものを、後に残してはいけない。

後継者は、本気で武術に取り組める人でないと」


これが彼の持論であった。


 もちろん、周りの人間も、心の在り方が、いかに大事か、良くわかっていた。

しかし、彼の素晴らしすぎる才能が、それを霞ませていたのだ。

達也は、それが分かって、このままだと、煌月流は駄目になると思った事が

旅立つ理由の一つであった。

 

 あくまでも、理由の一つなので、他にも見知らぬ場所に行き、

何かを見つけたいと言う思いもある。ともかく旅立ちを決意した彼は

高校を卒業後、大学に進学せず、二年間、バイトに明け暮れ、旅費を溜め

旅立ったわけであるが、行きついた先が、

まさか異世界とは思いもしなかっただろう。

だが異世界と言うのは、正に見知らぬ場所、彼にとって願ったり叶ったりと言える。


 さて、突如、現れたスーパーカー、色は白を基調とし、先進的と言いつつも

1970年代ごろからありそうな、かっこいいデザイン

一般人には手が届きそうにないくらいの値段がしそうな車であった。


 達也が近づくと、勝手に扉が開き、車内の電灯が点くが


「やっぱり誰もいない」


気配を感じなかったから分かってはいたが、車は無人であった。

そして、車に呼ばれている様な気がした達也は、乗り込んで

運転席に座った。


「な……ななな……な……何だこれ!」


頭の中に、いろんな情報が流れてきた。すべてこの車に関わる情報だ


「マキシ……カオスセイバー……リモコン……スキル……ボックスホーム……」


すべての情報が頭に入ると


「この車は、僕の物って事か」


そして、ポケットからキーホルダーを取り出した。


「このキーホルダーが、この車を……カオスセイバーを呼び寄せた……」


直ぐ達也は、ハッとなって


「そうだ……」


 彼は、ワイバーンの所為で散らばった荷物の事を思い出し、

車を降り、そのライトを灯にして、荷物を集め、テントも回収。

集め終わると、それを持って車の側まで行き「転移」を使った。

すると彼は荷物ごと消えた後、次の瞬間、廊下のような場所に出現した。

 

 「転移」と言うのは、スキルと呼ばれる万物に宿る特殊な力、

超能力的な物の一種で、対象を瞬間的に移動させる

テレポートである。持っているのは車であるが、

持ち主となった達也の意思で発動させる。ただ車本体には、作用せず

また移動できる範囲は限られている。


 「転移」によって、廊下のような場所に移動した達也、

目の前には扉があり、それを開けるとそこには玄関の様なものがあり

靴を脱ぎ、奥に進むと14帖ほどのLDKの様な場所があった。

シーリングライトが点いていて、更に家具家電も揃っている。


 あと、先に頭に入って来た情報によると、奥の方にある扉の向こうにも

廊下があって、一番奥には、洗面所兼脱衣場、そしてお風呂

あと脱衣所には、乾燥機付きの洗濯機

途中には、向かって左側に5つの部屋、食糧庫、物置、寝室が二つ、トイレ

あとトイレはウォシュレット付きである


 一人で暮らしていくには十分すぎる居住空間。達也は呟いた。


「ここが『ボックスホーム』」

 

ボックスホームと言うのは、本体は小さくて三辺が30㎝ほどの

四角い箱の形をしているが、中に広く人が住める居住空間が存在する

いわば魔法の家と言うべきもの。しかも、素材さえあれば

理論上、無限に拡張可能。加えて中をどれだけ拡張しても

本体の大きさは変わらない。そして、これも素材が必要であるが

自由に家具を生成することが可能。


 なお今いるボックスホームは、車と一体化している。

つまり達也は今、車の中にいるのである。


 部屋にあるテーブルの上には封筒があった。


「カオスセイバーの新たなる所有者へ」


と日本語で書かれていた。達也は封筒を手に取った。封はしておらず、

中には、手紙が入っていた。内容も日本語で書かれていた。

差出人の名前はないが


「この魔機神マキシ、カオスセイバーを、君に遺す」


と言う書き出しからも、この車の前の持ち主である事

そして達也と同じ世界の出身である事は確かだった。


「この世界、ファンタテーラは、正に剣と魔法のファンタジー世界だ

突然、この世界に来て君は戸惑っていると思う。私もそうだった。

君がこの世界にいるのは、恐らく、私がリモコンを元の世界に

送ったせいかもしれない。すまない」


ここまで読んで


(別に、戸惑ってもいませんし、気にもしてません。

だから気に病まないでください)


と元の持ち主を気遣う達也。


「お詫びと言っては何だが、物置には、この世界で暮らしていくのに

役立つ道具が置いてある。僅かながらお金を遺しておく

食糧庫には、食料を遺しているから、どれも君の自由に使ってくれ

あと部屋の家電も自由にしてくれていい。

すべてが君の物だ」


 達也は、物置と食糧庫を確認した。頭に入ってきた情報には

所蔵物の事は無かったから、手紙をきっかけに確認した。

物置には、剣、ナイフ、斧、槍、弓、など各種武器、

魔法使いの杖みたいなものもあった。

後は鎧と衣類は数着、あと本が数冊、異世界の文字なのか

見たことないもので読めなかった。

それと、金庫みたいなものがあって僅かながらと記していた割には、

結構な量の金貨が入っていた。


 あと物置には、「保守」というスキルが付与されていて、

扉を閉めている時に発動するのだが、その効果で所蔵物は

経年劣化しない。


 食糧庫には、肉や魚、野菜に乳製品、米とパン、お酒が入っていて、

一人で食べるとしたら、一か月くらいは持ちそうな量が入っていて、

どれも新鮮な状態であった。


 食糧庫にも「停止」と言うスキルが付与されていて、

これは、時間を止める効果があり、これも扉を閉めると発動する為

戸締りをきちんとしていれば、食料は新鮮なままである。

 

 さて手紙には、


「それと、困った時は自動人形オートマトンのメアリーを頼ってくれればいい

彼女は、カオスセイバーの一部だから、君を主人として認識する。

優秀な彼女は、いろんな面で、君をサポートしてくれるはずだ」


とこんな一文があったが


(自動人形?)


それは何なのか、最初、分からなかった。あと物置にも人形らしきものはない。


(あっ、寝室に大きな箱があったけど、あれかな)


二つある寝室の一つに、人一人が、

横になって入れるくらいの長方形の箱が置いてあった。

彼は、対して興味をひかれなかったので、確認はしなかった。


 そして手紙の続きを読む


「最後に、カオスセイバーは最弱の魔機神と蔑まれていて、確かに強くはない

でも、勘でしかないが私はカオスセイバーに無限の可能性があると思っている。

ただ私が、引き出せなかっただけで、もしかしたら君にはそれが出来るかもしれない

だから、大事に扱ってほしい」


ここまで読んだ達也は、最弱と言われて気にはならなかった。

特に強さは求めてはいない、

ただ大事にしてほしいと言う思いだけは受け取った。


手紙は最後に


「これから、この世界で暮らす君の無事を祈って」


と締めくくりつつも、後から書き足したように


「追伸、この世界は文字こそ異なるけど、言葉自体は日本語だから

文字に苦労するけど、会話だけなら支障はないから」


と書かれていた。


 手紙に読み終えて、達也が感じたのは


(これって、手紙と言うより遺言書じゃあ……)


手紙には、所々、小さな血痕の様なものがあった。

達也は、ふと病気で吐血しながら、

この手紙を書いたのではないか、

もしかしたら病気で死期を悟った上での

手紙ではないかと考え、だから遺言書だと思った。


(絶対、大事にします)


と決意しつつ、手紙を封筒に戻し、再びテーブルの上に一旦置いた。


 この後、物置に行った達也は、剣とナイフ、フード付きのローブ、

そしてリュックサックを持ち出した。

ローブを着て、残りを手にし、再び転移を使って外に出て

暫くして、ローブを汚した状態で戻ってきて、ローブは洗濯機に入れ

武器は手入れをした後、物置に、リュックは食糧庫に置いた。


(後の処理は、明日にでもするか)


 夜は更けていたので、風呂に入り、事前に持っていた寝間着に着替え

持ってきていた歯磨きセットで、歯を磨いた後

箱が置いていない方の寝室にベッドに横になった。

寝心地は良く、直ぐに眠りについた。


 翌朝、目を覚ますと、着替えて外に出た。日課である朝の鍛錬の為だ

そしてしばらく、身体を動かした後


「こんなところかな」


と一息ついた。そんな彼の近くには昨夜のワイバーンの死骸があった。

所々、肉がそがれている。


「!」


達也は、大きな気配を感じた。しかし、特に慌てる様子も、

警戒するような仕草もない。


 そして姿を見せたのは


「ドラゴン……」


ワイバーンよりもずっと大きくて、獰猛そうな緑色のドラゴンであった

ドラゴンは、ワイバーンの死骸を食べ始めた。

 

 達也は、その姿を、最初に見た時、面食らったようすだった


(巨人が来ると思ったけど……)


ドラゴンが来たことが予想外だったようだ。


 その後、達也は、ドラゴンの食事を穏やかな表情で見ていて、

そして食事を終えたドラゴンは彼の方を見た。


「「………」」


両者、通じ合うものがあるのか、黙ったまま見つめあった後

ドラゴンは飛び去った。


 その後、ボックスホームに戻り、達也が持ち込んだ缶詰を朝食替わりにし

一休みしてから、ここから移動しようと思い、

車の運転席に転移した。


 転移すると、運転席に座った状態になっていた。動かし方は、頭に入っている

基本的にAT車と一緒、なお達也は自動車免許を持っている。

エンジンは、ボタンで起動させる方式で

あとガソリン車と言うより、電気自動車に近いので

エンジン音はなく静かだった。でも起動していると言う感じはする。

 

 そしてシートベルトを着用すると


「よし、出発だ」


達也はアクセルを踏み、走り出す車、ここから彼の異世界生活が始まる。

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