第93話 鬼人王
戦時下の前線ということで、長がいる場所ではあるが城塞に華美なところはない。
鬼人族は戦闘種族ということもあって、武力を尊ぶ。
ただし武力は個人の武力に限ったことではないので、集団戦の強さを教える知恵者も、それなりには尊重される。
もっとも知恵者というものの言葉に説得力があるかどうかは、その人間の経験や強さによる場合が多い。
広く整頓されているだけで、全く装飾のない執務室に、その男はいた。
「久しぶりだな、ラグゼル。俺たちの味方をする気になったか」
「だいたいはそうだ。もっとも味方をするのは魔法都市ではなく俺個人だが」
「充分だ」
立ち上がったその巨体は、人間を圧殺する質量を備えている。
前世よりも迫力が増したような気がした悠斗だが、単に彼が前世の身長に、まだ達していないだけである。
鬼人族は大柄で赤みを帯びた肌を持つ、頭に二本の角を持った種族である。
オーガなどと違うのは知能が高く、そして魔力で肉体を強化出来ることだ。
脳筋種族などと揶揄する者もいるが、戦争に関しての頭脳の働かせ方は、そんな単純な言葉で一括出来るものではない。
対面して座ったバーグルは、悠斗とリューグがその隣に座ったのに目を向けた。
「お前の従者ではないのか?」
「むしろ俺がこいつの仲間をやってるんだ」
「そちらの年嵩の方は……リュートの息子か?」
目利きがいいのは分かっている。見た目から強さを判断するのは、戦士として必要な能力だ。
「リューグです。長よ」
「そうか、父は強かったぞ。励めよ」
殺し合ったこともあるバーグルであるが、勇者に対する蟠りはない。
恨みを持ち続けるというのは、鬼人族の価値観には合わないのだ。
もちろん卑怯な手段で殺されれば、仇を取るぐらいのことはする。
前世において悠斗はバーグルと戦い、正面から打ち破った。
その時からの強敵と書いて「とも」と呼ぶ関係は続いているらしい。
「それでバーグル、お前はもう聞いているか?」
「漠然としすぎた質問だな。何をだ?」
「魔王が復活し帰還したことだ」
一瞬でバーグルの表情が、何度も変化した。
魔族にとって魔王というのは、絶対の存在だ。
単純に強いというだけでなく、知識による貢献や、魔族の種族間の調停者としても機能していた。
だが一番は間違いなく、単純に強いということだ。
「魔王様が復活? そして帰還だと? いくら魔王様でも、死んだら生き返らないのだぞ」
そう、正確に言えば復活ではない。雅香は間違いなく死んだのだから。
実際のところラグゼルも、輪廻転生を完全に信じているわけではない。彼が信じているのはリュートであり悠斗なのだ。
「魔王の知識が異常だということには気付いていたか?」
「それは確かに。我らの武器や防具を製造する力は、そもそも魔王さまから伝えられたものだ。それに知識の継承も」
雅香が伝えたのは、単純な知識だけではない。
知識は継承されて拡散されていって、初めて永続的な力になるという考え方である。
「魔王は死ぬたびに新しい世界で新しい人間として生まれる。ただし記憶はほとんど保持したまま」
「そうなのか……。待て、新しい世界?」
「そうだ。俺が三眼族などとつるんで色々と試していたことは知っているだろ?」
「わけの分からん研究だったな。失われた神の力を取り戻すとか言っていたが、神も既に一方的に人間の味方をするというわけでもないだろうに」
神の力は既に、天候不順を防いだり、それ以外の天災を弱めるほどにとどまり、もはや特定の人間に加護を与えることは難しくなっている。
治癒魔法などを神聖魔法、あるいは神の奇跡などと言うが、あれはただの魔法である。
勇者という存在が、神の力を明確に示す、最後の一人であったのだ。
「あの、すると聖女様などは?」
敵対勢力であったとはいえ、聖女レティーナは本物の聖女であり、父である勇者のパーティーメンバーであった。
「あれは単に魔法に卓越して、敬虔に神を信じているだけの魔法使い」
ばっさりとぶった切るラグゼルであった。
ラグゼルが地球への門を開いたことと、そこから勇者の世界の人間が現れたことは、バーグルも理解出来た。実感はしなかったが。
よりにもよってなぜ勇者の世界なのかという疑問はあったが、それにも仮説は成り立つ。
「こいつが勇者の生まれ変わりだからだろうな」
その言葉がバーグルに与えた衝撃は、当然ながら大きかった。
神剣。
まさに神に祝福されし勇者の証。
「よし! 勝負だ!」
そしてこうなる。鬼人族はなんだかんだ言って、強さこそが正義なのである。
広場に集まる鬼人族。
殺気だってはいるが、それでもこれは試合である。
「大丈夫でしょうか」
悠斗が自分よりもはるかに強いとは分かっているリューグであるが、なにしろ相手はオーガやオークまで、全ての肉体系戦闘系種族を束ねる鬼人族の族長である。
戦場で勇猛なことはもちろん、一人の戦士としてもこの世界の中で傑出した存在と言えるだろう。
鬼人族は人間に比べて、やや寿命は短い代わりに、戦闘に適した肉体である期間は長い。
老いが始まると急速に老化し、すぐに戦えなくなり死ぬ。
生態からして既に、戦うための種族であるのだ。
そして行われるのは、武器を持った戦闘でもなく、素手での殴り合いでもない。
一番地球におけるスポーツで分かりやすいのを挙げるなら、モンゴル相撲になるだろうか。
押し出しはない。腰をついてもOK。
背中が地面についたら負けなので、立ち技だけの柔道とも言える。
拳での打撃は不可であるが、掌底は使ってもいい。肘は禁止だが膝はあり。そして男同士の場合金的はなしである。あとはそもそも使われにくいのだが、蹴りで頭を蹴るのも禁止だ。
他にも耳を掴むのも禁止で、目を突くのも禁止と、極めて安全なスポーツである。
前世でも悠斗はこの勝負をして勝っている。
それはこの世界では、殺し合いの技術はそれなりに高いのだが、格闘技というものが発達していなかったからだ。
実戦においては身近なところの石ころは武器になるし、お互いに鎧を装備しているし、目や鼻や耳は露であれば攻撃するのが当たり前だ。
競技化した中では、悠斗は姉のレスリングの実験台に散々なってきた。
そういった本物の戦争ではあまり意味のない技術が、鬼人族との勝負では役に立ったわけだ。
陣営地の中心の広場で、上半身裸となって対峙する両者。
当たり前の話だが、筋肉の量ではバーグルが上回っている。
鬼人族はオークやオーガに比べると体格では劣るのだが、魔力をそのまま肉体強化に回しているので、体重と筋肉の鎧以外では、鬼人族の方が有利である。
バーグルは悠然と立ち、腰の前で軽く手を上げている。
対する悠斗は前傾姿勢。タックルを狙う。
レスリングと違い膝がありなので、タックルは確実な手段ではない。
(まあ肘がないだけ、安心と言えば安心か)
悠斗の引き出しは、前世よりも間違いなく多くなっている。
十三家の格闘術は、打撃に重きを置いている。
格闘技ではなく、格闘術だ。
全て実戦を想定しているため、特定の状況でしか使えない手段はあまり教えられていない。
そして戦う対象が人型とは限らないので、関節技や絞め技は、あまい意味がないのだ。
一撃で倒すか、安全距離から削るかが、十三家の実戦格闘術である。
タックルを狙っているという姿勢から、身を起こした悠斗は、ローキックを放った。
鬼人族の試合に、ローキックという概念はない。
バーグルは裸足であるが、悠斗は靴を履いている。これは靴の固さを使える悠斗が有利に思えるが、足の指を使えるという点ではバーグルの方にも利点がある。
結局のところこの勝負は、あくまでも祭りの余興の一種として、殺傷力の強い技を禁じている鬼人族が不利なのだ。
競技化してしまえば、それに合わせた技術が磨かれる。
バーグルは組むことを狙っている。最終的に背中を地面につけることが、この試合の肝であるからだ。
だが悠斗はまず、相手の機動力を封じる。
タックルで何がなんでも押し切るというのが、前世での悠斗の勝ち方だった。レスリングも相手の背後を取ることとタックルが、重要な要素とはなっている。
しかし打撃で相手を削るのは、ルールによっては有効だ。
足を狙ってくる悠斗の足を、バーグルは取ろうとした。
片足を持ってしまえば、そこで勝負は決まったようなものだ。多対一を想定する武術で、蹴り技が少ないのには理由がある。
こかされたら負け。だから相手は足を取りに来る。
悠斗の蹴りの軌道が変化した。
ローからハイへ。そしてさらに変化し、踵で鎖骨を狙う。
筋肉に守られていても、鎖骨は折れやすい部位だ。
鈍い音と共に、バーグルの右手は動きが制限される。悠斗はその右側からの攻めを狙う。
バーグルは蹴りを――いや、足の指でつかんだ土を、悠斗の目の前に投げつける。
身につけた武器を使うのは反則だが、たとえば相手のズボンをつかむなど、全ての着衣が禁止されていないのと同様、こういった手もあるのだ。
悠斗はそこからさらに突っ込み、足を抱えたままタックル。
バーグルの背中が地に着いた。
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