第86話 後継者

 現在オーフィルにはいくつかの前線と、それに近い紛争地域がある。

 その中でもはっきりとしているのは、勇者派ボルドー王国と聖女派ミッケラン王国の国境である。つまりここだ。

 魔族と同盟したボルドー王国が、ミッケラン王国と明確に戦争状態にある。

「ボルドー王国も魔族相手に散々被害を出したけど、よくもまあ同盟に成功したもんだな」

「他人事みたいに言うな。お前が獣人を引き抜いて、一緒に他の魔族と戦ったからだろうが」

「まあ獣人が魔族っていうのが、俺にはちょっと分からない感覚だったからな」


 ゲームや物語の影響もあるだろうが、前世の悠斗には獣人が悪という意識が持てなかったのだ。

 実際に戦ってみたら、血の気は多いし脳筋も多かったが、魔王の出した法律には従っていて、それでいながら種族内での自治を認められていた。

 誰かの下につくことが嫌いな彼らは、対等の条件であれば確かに人間と組めるのだ。

 そして魔王に対してさえ反骨の気構えがあるため、魔族の連合からの離脱を果たした。


 獣人の特徴としては雑食であるが、基本的には肉を好む。

 畜産だけでは充分な量を得られないため、魔物を狩るための広大な縄張りが必要となる。

 森林を伐採して開拓を行いたい人間とは、そのあたりが対立する問題となる。


 あとは獣人に限ったことではないが、人口の増加だ。

 世界が安定すると戦乱に巻き込まれて死ぬ人間も減少する。疫病などに国家が対策する余裕も出てくる。

 そこで人口は増えるわけだが、獣人は人間と比べて繁殖力が高い。

 繁殖に適した時期があり、それで発情期もあったりする。

 平和になって問題になることの一つは、拡大した軍の軍縮と、人口の爆発をどうするかだ。

 結局獣人は同盟関係の国家などと結び、傭兵にも似た感じで戦場で働いている。

 戦争が人口のバランスを取るのは、文明社会の中での皮肉であろう。


 そしてボルドー王国の軍の騎士の中に、悠斗の――正確には前世の勇者リュートの息子であるリューグがいる。この前線に来ているのだ。

「正直、会うのは憂鬱……」

「覚悟を決めておけ。その間に俺は派遣されてた魔法使いの方に話を通しておくから」

 ラグゼルは転移魔法で、近くの街に宿泊している、中立派の活動拠点へと戻っていった。

 現在の賢者派は、ラグゼルの呼びかけも大きいが、そもそも世俗権力同士の争いには、手を貸さないという不文律があるのだ。

 だからラグゼルが悠斗と共に勇者派に加担する場合、ちゃんと上層部に話を通して、賢者派の代表ではなく、個人としての参加にしておかなければいけない。


 もっともラグゼルの実力と人気は、勇者派・聖女派の両方でも周知されている。

 彼が加担するならば、勇者派は賢者派の全面支援を受けたと考える者も多いだろう。

 賢者派も色々と派閥内派閥は多いであろうから、普通にやっていればラグゼルが勇者派として動けるようになるには、かなりの時間と手間がかかる。

 それを一気に事後承諾とさせるのが、ラグゼルが個人的に勇者派の味方をするという行動だ。

 このあたり、理論的でありながら合理的だったラグゼルは、年を取っても変わっていない。

(どんなことがあったんだろうな)




 そんなことを思っていた悠斗の前に、また転移でラグゼルが戻ってきた。

「待たせたな」

「待ってないけど……その格好は?」

 ぐしゃぐしゃに乱れたラグゼルの服装。そしてやや煤の匂いもする。

「説明しても納得しないから、死なない程度に吹き飛ばしてきた。さあ、行こうか」

「相変わらずだなあ」


 飛行した二人は、ボルドー王国側の陣営地の前に立つ。

 当然ながら衛兵はそれに対して警戒するが、ラグゼルはそんなことは気にしない。

「賢者ラグゼルだ! この度ボルドー王国の大義を道理とし、お味方するために参った。将軍に取り次げ!」

 とにかく高圧的に当たるのが、ラグゼルの基本である。


 だがラグゼルが味方するという意味は、一介の衛兵にさえ、正しく理解された。

 慌てて一人が陣地の奥へと駆けていく。


 この戦争の大義は、勇者だ。

 魔族との戦争において、魔王を打ち倒して世界大戦を終わらせた、人類にとっての救世主。

 神殿の権威はあくまでも神を崇拝することからきているが、勇者は神々の力から作られた神剣を持っている。神殿でも認めざるをえない、神の祝福を受けた者が勇者である。

 神殿と対決し魔族と結びながらも、王国が勇者派として抵抗できるのも、勇者と共に前線で戦っていた者が多いからだ。

 あるいは勇者とは、オーフィルにおいて神の力を持ち、神の言葉を伝える、最高神官と言ってもいいのかもしれない。

 悠斗には前世からそんなつもりは全くなかったのだが、そう思われることを利用したことはあった。




 さほど待たされる間もなく、二人は陣地の中に入った。

 悠斗が久しぶりに感じる、この世界の戦場の空気。 

 そして一際大きな天幕の中に、この軍の指揮官と幕僚が揃っていた。

 ラグゼルがその気なら皆殺しに出来るぐらいの無用心さではなかろうか。しないけど。


「勇者の従者にして友、大賢者ラグゼル殿を迎えられて、非常に光栄である。我らの味方をしていただけると聞いたが」

 年齢は本来のラグゼルと同じぐらいであろうか、貫禄のある将軍である。

 悠斗はラグゼルの背後から騎士たちを見るのだが、すぐに目に止まる者がいた。

(あ~、なるほど)

 明らかに悠斗に似ているというか、東洋系の顔立ちの青年がいる。

(こいつが俺の息子か~)

 感慨深いものがないわけではないが、年齢からいって悠斗が転生する前には既に生まれていたのだ。

 初めて顔を見るのがこういう状況だというのは、なんとも奇妙なものだ。


 この肉体を基準にすると、従兄というわけだ。精神年齢的には悠斗の方が上のはずだが、あちらも既に成人していることは間違いない。

 ララはどうしているのか、早いうちに聞きたい。


「つまり神の権威さえ戻れば、聖女派のよりどころである、神意の伝道者という側面はなくなるわけだ」

 ラグゼルが説明しているのは、要するにどうすれば戦争が終わるのかということである。


 戦争は完全には終わらない。

 この地の戦争が終わったところで、また違う場所で戦争が起こるだけである。

 だが戦争をせめて、利害関係の調整程度の役割には薄めたい。

 種族や国家の永続的な憎しみ合いになれば、戦争は調整弁としての機能を失う。


「そして私は、ついに神の権能をこの大地に戻すことに成功した」

 おお、とざわめきが起こるが、果たして正しく理解してもらっているのだろうか。

「確かにそれならば神殿の権威は失われる。神々を新たにこちらで祀ればいい」

 将軍が感心しているので、おそらく伝わっているのだろう。


 そしてラグゼルは従者のように一歩下がっていた悠斗を示した。

「私は勇者の世界とつながる門の作成に成功し、そしてそこから彼が現れた」

 ラグゼルの言葉は何一つ間違っていない。

「勇者リュートの姉を母に持ち、そして神剣を継承する少年だ」

 この言葉には、反応は微妙である。

 神の権威はともかく、勇者の権威というのは、その血筋であるリューグが代表しているからであろう。

 ラグゼルの話は確かに神の権威を聖女派から奪うという点では間違いないが、勇者の血の継承という点ならば、甥ではなく息子であるリューグの方が濃いと思うのは当然である。


 しかし、悠斗は持っていて、リューグにはない、確実な勇者の後継である証。

「光あれ」

 現れた神剣を目にして、天幕の中は興奮に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る