第69話 接待と協賛
負けるのはよほど上手くやらないといけないし、勝つにもあっさり勝ってしまってはいけない。
おおよそは攻勢を取るが、あちらにも実力を発揮させた上で、最後には惜しいところで敗北を知らしめる。
(接待プレイやんけ)
何故か関西弁で悠斗は考えた。
一時間ほどをかけて相手の奥の手まで使わせて、最後は体力の消耗で勝利する。
はっきり言って精神的に疲れた悠斗である。
『見事だ人の子よ。付いてくるがいい』
長のグリフォンが飛び上がり、谷の先へ向かう。
悠斗も足場を跳躍しながらそれに続く。
おそらくこの先は、グリフォンの墓場だ。
竜の墓場と同じように、宝探しをする者にとっては垂涎の場所であろう。
『おぬしは何者だ。先ほどの手合わせは、手加減したものであろう』
ばれてーら。
「私はかつて人の間で、勇者と呼ばれていた者だ」
のっしのっしと荒れた道を行く長の足が止まった。
『……黒髪……まさか、タラスと三日三晩戦った?』
「あったなあ」
即座に長は寝転がって腹を見せた。
『許されよ、勇者よ。我はそなたの力を見誤り、無駄な試しを行った』
「長よ、気にすることはない。私は長が公正であったと思う」
再び立ち上がった長であったが、明らかに態度が変わっていた。
『で、勇者どのよ、タラス様には会いに行かれるのか?』
呼び方が変わっている。どんだけ恐れられているのだ、タラス。
「心配するな、長よ。私もあの竜の怖さはよく知っている」
『う、うむ、よしなに』
このグリフォンの群れは、まだそれほど出来てから時間が経過していない群れであり、寿命などで死んだ個体も少なかった。
岩山の窪みに、白骨化した二体の遺体がある。
風切り羽はやや傷ついていたが、戦闘中のものだと言えば信じてもらえるだろう。
あとは悪戯好きな若い個体におしおきをしてもらうだけだ。長の嘴でさんざんつつきまくられるのだろう。
かくして悠斗はグリフォンとの交渉に成功した。
長もこの場所よりは神樹の森の方が、獲物も多いし繁殖にも適していると移動を決めた。
「長よ。実はまた戦争が起きそうで、その時に荷物を運ぶ部隊などを襲ってみないか? 人間の食物が手に入るが。もちろん断ってもらっても、タラスに変なことを言う訳ではないが」
『うむ、人間の食事は美味いからな。それぐらいは喜んで引き受けよう』
かくして悠斗はグリフォンの群れの助力を引き出すことにも成功した。
岩山から麓の村へ戻り、悠斗は村長にその風切り羽を見せる。
グリフォンのものかどうかなど、詳しくは分からないだろう。だが大型の鳥の羽とははっきり分かるはずだ。
もてなしの誘いを断り、悠斗は街への帰路につく。
グリフォンは悠斗に、あの群れを築いた理由も教えていた。
真なる竜タラスが再び起こる戦乱に備えて、幻獣たちに呼びかけていたのだという。
人間と魔族の大戦においても、完全に中立というか、どうでもいいという立ち位置でいたタラスである。
それを動かすとなると、おそらくはエリンが動いたのだろう。
基本的に竜という種族はその傾向として、エルフが好きである。
食料として好きとかいうオチはなく、純粋に好きな竜が多いのだ。
一方で獣人は扱いが悪い。
悠斗の認識した限りでは、エルフという種族は竜にとって、人間に例えればカブトムシやクワガタ、それでなければ蝶などと同じようなものらしい。
獣人はゴキブリや百足なのだろうか。
もちろん竜の中にも、獣人が好きな代わり者もいれば、エルフも嫌いな個体もいる。
冗談でない部分をあえて挙げれば、竜は精霊の力を使うエルフが好きらしい。
タラスは典型的なエルフスキーの竜である。
特にエリンはハイエルフであり、タラスは彼女をもてなしたし、別れる時も、すぐにまた遊びに来いと言っていた。
(タラスを動かしたか、タラスが勝手に動いたか、どちらにしろエリンの影響が強いか、それともダークエルフが動いたか)
竜は基本的に、ダークエルフも好きである。
耳が長ければそれでいいのかとも思うが、それはやっぱり違うらしい。さっぱり分からない。
エリンが動いたにせよ、魔族が動いたにせよ、戦争に向けた準備を始めたということは変わりない。
人間も魔族もそれなりに力はあり、ある程度の支配構造が存在する。
エリンが助力を求めるとしたら、幻獣というのは確かに考えられる筋ではあった。
戦う相手を、何と想定していたのかは分からないが。
エリンを探すべきか。
あるいは居場所の分かっているタラスの住処を目指すべきか。
ラグゼルのいる場所はほぼ確定しているので、そこへ向かってもいい。
ただどちらにしろ、この場所からはかなり遠い。
どこを目指すべきか。
それを決めたとしても、単独行動は出来ない悠斗である。
役所に届け出るとそのあまりの早さの解決に驚かれたが、先日のゴーレムの件もあるし、実際に風切り羽があるので信じてもらえた。
ただ、お疲れ様でしたとだけ言われて、結局何も上への伝手は作れず、調査団の中に戻れば白い目で見られてしまったが。
悠斗がいない一日の間にも、色々と細かい情報は収集して、一度本隊に合流しようかという話が出ている。
意思疎通手段が出来たので、今度は斥候系や戦闘系に優れた魔法使いを連れてきてもいい。
さらに言うなら一度、地球に戻ってもいいという意見も出ている。
地球側も一枚岩ではないが、どうやらオーフィルの世界の危険度は、思っていたほどではないという結論に達しつつある。
その判断はせめて幻獣と戦ってからにしてほしい悠斗は、グリフォンとの戦いを報告した。
悠斗の戦闘力は、この中でもかなり高い。
それが一時間あまりをかけて倒したという幻獣は、確かに脅威度が高い。
「ベースキャンプは作るべきだろう」
この意見は、確かに出てもおかしくない。
調査団は現在、街の宿を基点としている。
だが当然ながら宿の従業員の目はあるし、何かを大量に保管しておくことも出来ない。
拠点は必要だ。だがそれも含めて、一度本隊に合流する必要はあるだろう。
「全員で戻るのですか?」
「誰かは残しておくべきだと思うが、残ってみるか?」
悠斗は頷く。
ささやかなものではあるが、この街には顔見知りが出来た。
こちらの事情もそこそこ説明してあって、それをあまり疑われてはいない。
それに悠斗一人の方が動きやすいし、隠密能力も悠斗は高い。
許可が出て、悠斗は一人、街に残ることが出来た。
もちろん仕事は残されている。
悠斗に下された命令は、別に難しいものではない。
住居の確保である。
門からこの街へ、それほど距離はない。空を飛んでくれば、それこそ一日だ。
たいしたものである必要はないが、家があれば今後の活動はしやすい。
では不動産屋を当たることになる。
前世での悠斗は基本的に旅から旅へという暮らしであったし、ある程度長期間一箇所に留まる場合は、砦や庁舎など、相手が用意してくれる場所に泊まっていた。
なので家を買うなり借りるなりは初めてとなるのだが、役所に話したところ、不動産屋などというものは、独立しては存在しないとのことであった。
確かに家を扱う商人はあるのだが、その街での一番の商会や、あるいは役所が空き家を管理していたりする。
「買うか、借りることは出来ますか?」
ゴーレム討伐や幻獣討伐で世話になった役所の、担当部署のおばちゃんが相手である。
「無理だね」
にべもない。
基本的に家を買うというのは、この街に移住してくるか、改めて自分の家庭を持つのに必要なわけで、ある程度この街に知り合いがいるわけである。
そういった知り合いの信用があって、ようやく家を借りたり買ったりすることが出来るわけだ。
「お金自体は相当にあるんですけど」
「金があってもどこの国からか来たのかも分からんもんに、家を売ったり貸したりするわけはないだろう?」
日本における外国人の借家よりも、よほど難しいものであるらしい。
「すると魔物を狩るような人間が、新たにこの街に住む場合は?」
「よほど大きな街ならともかく、こんな街に伝手もなくやってくるやつはいないよ」
なるほど道理である。
ならば悠斗が今後どうすればいいのかという話であるが、このまま宿暮らしを続けるわけである。
もちろんそれでは困るので、どうすればいいのかおばちゃんと一緒に考え込む。
「個人的には、坊やのことは信用出来ると思ってるよ。余所者でも魔物を退治してくれたのは聞いてるからね。ただあんたらはここに移住するわけでも、永住するわけでもないんだろ?」
「そうです。けれどそこそこ人数も多いし、宿をすぐに確保出来るとも限らないんで、やっぱり家は必要なんですけど」
「それもそこそこの人数が住める大きさだろ?」
「そうです」
「う~ん……」
おばちゃんも意地悪をしているわけではなく、ちゃんと考えてくれているらしい。
しかしすぱっとは解決が出来ない。
どうやら家を借りるというのは、グリフォンを対峙するよりもよほど難しいことのようだ。
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