第54話 いないはずのエルフ

 今回演出の都合上、めっちゃ短い。


×××


 圧倒的な強者を前に、調査団はほとんど動けなかった。

 今日が自分の命日かと、覚悟した者も多かったろう。幻獣フェニックスは精霊の力を持つ、むしろ神獣と言ってもいいほどの存在だ。

 しかし今登場したのは、明らかに文明の成果である服を着たエルフ。

 高所からこちらを睥睨してはいるが、理知的な光を目に感じるのは、あまりにも楽観的だろうか。


 それとは別に、悠斗の方は少し混乱していた。

 エルフに黒髪のエルフはいない。

 エルフの髪はおおよそが金色で、その濃淡の変化が一番多い。

 一部緑、赤、青、銀といったエルフもいるが、黒髪のエルフはいないと、エルフの仲間が言っていた。

(ダークエルフか?)

 ダークエルフなら黒髪もいる。しかし肌を白く塗って、髪だけを黒くしたままというのも意味が分からない。

 あるいはあちらの世界にも、知られていないだけで黒髪のエルフたちもいたのかもしれない。


 対話の成り立つ相手なのか、調査団の者たちが緊張している。

 エルフは手を上げると、振った。

「トゥエーレ!」

 意味は分からないが、身振りや声の調子からすると、おそらく拒絶の意思。


 だが悠斗には分かる。

 15年ぶりに聞いた、あちらの世界の共通語だ。地球の英語のようなもので、最も浸透していた。エルフ族にまで。

 意味としては「消えろ」「あっちいけ」を少し格調高くした「立ちされ」というぐらいのものだ。


 そしてもう一つ分かるのは、この黒髪エルフの巨大な魔力。

 おそらく魔力だけであれば、悠斗に匹敵するか、少し上回る。

(エルフじゃなくてハイエルフか? しかしハイエルフはほとんどが神樹の森で眠りについてるとか言ってたはずだけど)

 悠斗に協力して魔王と戦ってくれたあのハイエルフは、一族の中でも変わり者なのだと自分で言っていた。


 ハイエルフに限らず、エルフの年齢は外見では分かりにくい。

 だが目の前のエルフは比較的若いのではないかと、悠斗は感じる。

 しかしハイエルフは数百年一人も新しく生まれていなかったと記憶にはある。


 それよりもまず、美しい。

 エルフは例外なく美形と言われているが、それは事実である。

 あのツンデレエルフも、最初見た時には一瞬で恋に落ちかけたものだ。悠斗も若かったので。

 あちらの世界の顔面偏差値は、彼女が一番高かったと思う。


 身につけている衣服はおそらく絹を使ったものだ。絹と言っても虫の糸由来ではあっても、蚕とは違う。

 エルフの育てる特殊な蜘蛛の糸から得た糸で作ったもので、衝撃に強く切れにくく汚れにくく、魔法を付与することまできる。

 ぴったりと肌を覆う上着にズボン。エルフ族の平均的な服装だ。

 その上に革製の鎧を身につけているのだが、間違いなく幻獣素材だ。魔力がある。

 そして背中にはエルフの武器である弓矢と、腰には短剣。

 ブーツもエルフ特有の文化のものだ。


 腰が引けながらも、調査団のメンバーは顔を見合わせる。

 初めて言語を使った存在である。実はゴブリンたちも原始的な言語は使っているのだが、あまりにも単純すぎて、犬の吠え方の違いぐらいにしか思われていない。




 静止した一行の中で、悠斗はゆっくりと前に進み出る。

 霊銘神剣はしまい、手を広げて敵意はないことを示す。この動作はあちらの世界でも共通だ。

 それからゆっくりと自分を指差して名乗った。

「ユート。スガワラ、ユート」

 まず名前からというのは挨拶の基本だと思ったのだが、あちらの反応は激烈だった。

「スガーラ!?」

 あちらの発音ではそう呼ばれていたことが多い、悠斗の姓である。

 しかし、この姓に反応してくれるということは、勇者リュートのことを知っているのだろうか。


 黒髪エルフは自分の胸に手を当てて名乗った。

「スガーラエリンアテナ」

「え」

 どっと冷や汗が出る。

 今までの、圧倒的な強者と対峙したのとは、また別の汗だ。


 黒髪エルフ、スガーラエリンアテナと名乗った彼女は、じっと悠斗を見つめる。

 エルフの名前の付け方には一定の法則がある。ハイエルフでもそれは変わらない。

 たとえば同じ妖精種であるハーフリングは、両親がそれぞれの友人一人ずつの名前を持ってきて、それに付け足す。


 彼女はごそごそと胸元から鎖を取り出すと、それはロケットペンダントになっていた。

 とってつもなく嫌な予感はするが、見せられたものを見ないわけにはいかない。

 開かれたそこには、母子の肖像画と、男の肖像画が、かなり写実的に描かれていた。

「クイラ オイウィフ エリン。クイリラ オイウィリフ リュート」

「マジか」

 絶句。


 幸いなことは、この会話未満のやり取りを、まともに聞いている者もいなければ、録音している者もいないこと。

 旧式のカセットレコーダーなら門の向こうでも機能するのだが、今はまだ荷物の中にしまわれているはずだ。

 雅香に知られたら絶対にまずい。いや、別にまずくはないのだ。自分に責任はない。


 責任はないが、心当たりはあった。

(こいつ、俺の娘か?)

「私の母エリンと、私の父リュート」

 アテナはそう言ったのだ。


×××


 真のヒロイン候補1ようやく登場。

 合法的な親子丼を主人公は選択するのか!?

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