第39話 北海道防衛戦

 安全な首都圏の住民も、ほとんどが半強制的な避難により、学校やホテルなどに集められた。

 家庭でインフラを使うよりも、そちらの方が残ったリソースを効率的に使えたからである。

 環境の変わったことによる住民のストレスだが、それは簡単な作業を割り振ったりすることで、目を反らさせた。

 後にPTSDなどの問題が出るかもしれないが、社会を指導する組織の上層部は、元の生活が速やかに戻ってくるとは思っていなかった。

 あるいは、永久に。

 秩序が戻るにしても、それは形を変えているだろう。


 そんな中、学校の教室で雑魚寝をしていた悠斗は、春希に呼び出されて、話の聞かれない個室へと誘われた。

「北海道に? どうしてまた」

 それは悠斗に北海道に行けという、命令にも似た要請であった。

「今の状況で大切なのは、食料生産地域の確保と、発電施設の確保、それと戦闘力を維持するための工場施設の確保。これは理解出来る?」

「……ああ」

 異世界においても、安全な後背地というのは絶対に必要だった。

 食料の生産、欠損した武器の修復や再配備。つまり北海道は食料の確保のために、絶対に死守すべき土地なのである。

「幸いと言っていいのか分からないけど、北海道に出現した門の数は、それほど多くないみたい。どうやら北へ行けば北へいくほど、門の分布は少なくなってるみたいだし」

 これが冬なら、もっと良かっただろうな、と悠斗は思った。

 厳冬期であれば、それを乗り越えられない魔物もいるだろう。ゴブリンにしたって、寒さに特化した個体でないと、北国の冬を乗り越えるのは難しい。

「各地の戦力から余力を集めるのは難しい。だいたいこれからまた門が一気に増える可能性もあるしね。でもそれを含めても、北海道を確保して魔物を排除することは、最優先課題となったの」

 この事態において春希は、さすがに憔悴している。

 いくら十三家が戦闘集団といっても、世界規模の戦争には対応出来ないのだろう。


 家族から離れるのは不安だったが、上の考えていることは良く分かる。

 人は食わなければ死ぬ。都市部に点々と存在している農地は貴重だし、各家庭の庭もわずかながら農地に転用されていると聞く。

「あたしたちの集団から行くのは、あたしと悠斗だけだけどね」

 春希を前線に立たせていいのか。

 そうも思ったが、上の思惑がどうなのかは、今は考えないことにする。

「だから、守ってね」

 そう言った春希の表情は泣きそうで、悠斗は頷くしかなかった。




 北海道には元々自衛隊の駐屯基地がある。かつてはソビエト、今はロシアに向けて置かれたものだが、この戦力によって大型の魔物への対処が可能であった。

 もっとも備蓄した燃料の補給が必要なので、思い切った作戦に出ることもできなかったのだが。

「そういうわけで、腰の軽い我々が招集されたというわけだな」

 北海道への移動手段は船であった。

 列車や車での移動が、線路や道も含めて安全ではないので、選択は限られたものとなる。

 その甲板上に、雅香と悠斗の姿があった。


「それで、気付いているか?」

「どれのことだ?」

 雅香の思わせぶりな問いに、悠斗は首を傾げた。

「門から出てきた魔物は、あっちの世界の魔物だな」

「……それか」

 悠斗が困惑し、雅香が珍しく憂鬱になる情報であった。


 迷宮から出現する魔物。それはこの世界の神々を封印したことによる、副作用のようなものである。

 魔物はゴブリンやオーガといったものであったが、あちらの世界を知っている悠斗や雅香は、それがあちらの世界の魔物とは、微妙に違うことを確認していた。

 それに対してこの度門から現れた魔物の特徴は、完全にあちらの世界のものと一致していた。

 つまりこの門は、あちらの世界とこちらの世界をつなぐものである。

 意図的に、あちらの世界からつながった可能性がある。

「召喚式や資料は念入りに消去したつもりだったんだがな……」

「ごく一部でも残っていれば、そこから再現することは難しくない。なぜなら、出来るという結果が残っているからだ。それに俺の戦友には、そういったことが出来そうなやつがいた」

「すごいな、人間。やっぱりそういうところが、人間が生き残る要素なのかな……」

 雅香は思わず天を仰いだ。

 一方悠斗は、この事態はいささか、自分に責任があるのではないかと考えていた。

 あの、魔法研究にとりつかれた、天才にありがちな対人関係に難のあった男。

 悠斗の異世界知識に興味を示し、最も多くの質問をしてきた男。

 悠斗が死んだ後、彼はどうしたのだろうか。

 魔王軍との死闘からの復興に、彼の知識は役に立ったはずである。

 しかしそれ以上に、こちらの世界に興味を持ったのではないか。

 そしてこちらの世界に興味を持ちそうなのは、彼だけではない。


 悠斗は神剣を持ち帰ってしまった。これはあちらの世界の神々の力の権能であり、あちらの世界でも必要とされるものだ。

 それが消滅してしまったのだから、どこへ行ったのかを調べるのは当然だろう。

 異世界という存在自体は確実なので、雅香の破壊した術式などから、それを復活させる可能性はある。

「つまり今回の災害は、俺とお前に大きな責任があるかもしれないわけか」

「結果的に見ればそうかもしれないが、直接には何もしてない。気に病む必要はないだろう」

「お前、どうしてそうすっぱり割り切れるの?」


 雅香は、悠斗とは視点が違う。

 彼女は常に全体だけを見て、局地的な犠牲は気にしない。

 その非情さは、確かに支配者としては必要なことなのだろうが。




 前世から合わせても、肉体の年齢は青春真っ只中の15歳。悠斗は普通に性欲のある少年であるが、雅香だけはその対象にならない。

 前世が人間だと言っている雅香であるが、実際に生きてきた年月は最低でも数千年、ほとんど人間をやめている状態である。

 実際のところ、彼女は自分には性欲が全くないと言っていた。

 人間らしい感情自体が希薄で、両親や親戚などにも、全く情を感じないという。

 雅香がこの世界で一番親しみを覚えるのは、前世で殺し合った悠斗なのだ。


「それで、向こうの世界で何かをした結果が、この状態だとする。俺たちに何が出来る?」

「今は何も出来んな」

 あちらの世界で何かやったというなら、悠斗には心当たりがある。

 人付き合いの悪いあの天才は、悠斗の持つ異世界の技術には食いついて、暇があれば活用法を考えたものだ。

 神剣がこちらにある以上、それを感知して世界をつなぐという方法は、あるのかもしれない。


 対して雅香のほうは、そういったものはない。

 彼女は魔族を、彼女がいなくなったあとも存続出来るように、概念を与えて文明を発達させた。もちろん次の魔王か、それに類する権力の座を求めるべく争いは起こるかもしれないが、魔王の復活は考えないだろう。

「たぶん、俺を探してるんだ」

 悠斗の言葉には憂鬱そうな嘆声が混じり、それに対して雅香は慰めもしない。

 今重要なのは、作戦を成功させることである。向こうの世界の事情など、既に知ったことではない。そう考えるのが雅香だ。


「それにしても、どうして魔物だけが送られてくるんだろうな」

 悠斗の意識が、少しだけ逸れた。

「ふむ、転移の危険性を考えるなら、ゴブリンを送ってみれば済むことだしな。オーガなどはテストケースとしては微妙すぎる」

 と言いつつ雅香は、ちゃんと考えをまとめている。

「おそらく向こうとこちらをつなぐことによって、世界自体がつながりかけてしまってるんだろう。それが、門が大量に出現している理由だ」

「それは……こちらの人間にとっては迷惑だな。しかし今のところ知性的な魔族や人間は来ていないみたいだが」

「お前は忘れているかもしれないが、あの世界の人間の生存圏は、惑星の広さに比べるととんでもなく狭かったぞ」

 つまり、今後は人間が渡ってくる可能性もあるということだ。


「まあ今大切なのは、目の前の敵を排除することだな。北海道を守らないと、日本は潰れるぞ」

「分かってる」

 農業が大切な国家においては、農場を守るのは絶対に必要なことである。しかしながら現在の日本は、その財産の多くを、農業生産物以外から獲得している。

 しかし輸送手段が崩壊し生産コストが高まりつつある中では、食糧生産が一番重要なことだ。ぶっちゃけスマホやネット、マンガもテレビも必要ない。

 実際に個人レベルでのネットは使えなくなっている場合もあるので、若者は何をすればいいのか、さっぱり分かっていないだろう。お婆ちゃんの知恵袋的に、年配の人間の経験が重視されている。

 避難所でも移送船の中でも、最も需要が多かったのはトランプであった。




 函館に到着したハンターたちは、自衛隊の駐屯軍と合流した。

 今までに自衛隊が行ってきたことは、あくまで自衛の戦闘であったという。防衛出動ではなく災害出動だ。

 確かに武器弾薬の補給に弱点のある自衛隊は、積極的に魔物を狩っていくことは難しい。

 軍隊としての質は世界一と言ってもいいが、継戦能力に確実に欠けているのだ。そこが米軍との違いである。

 アメリカは世界の警察をするために、兵站を含めたロジスティクスを、決定的に鍛えてきた。

 もちろんそれを可能とする国力が、大切なのはもちろんだが。


「あたし達は矛、自衛隊は盾ってわけね」

 春希の言葉はこの状況を端的に表している。

 危険度の高い魔物を狩っていくのは、継戦能力に優れたハンターが向いている。

 そして掃討された土地を守るのは、自衛隊が向いているのである。

「あ~、日本の熊とかが絶滅する危険性とか、そういうのはあるかもしんないけど、今は人間自体が衰退する危機だから」

 ハンターたちはともかく、十三家の人間の中では、春希が司令官となっている。

 まあ後方から攻撃するタイプなので、戦場を見る視野は広いだろう。

「とにかく補充の難しいハンターは、少しでも危険を減らすために、敵を見たら殺していくこと」

 それが方針である。


 十三家もハンターも、基本は四人以上で一つのパーティーを組み、それを最小単位として行動することになる。

 普段はソロで行動しているハンターも、例外ではない。理由は簡単、生き残るためだ。

 現在日本だけでなく世界中でだが、戦力はどこも不足している。

 ただでさえ減らせない戦力なのだから、少しでも生き残る可能性は高めなければいけない。

 熟練したハンターなどは大切な戦力であるが、それだけに死亡してしまうと、その穴を埋めるのが難しくなるからだ。


 単純に軍事力として運用するなら、集中して運用するのが本来の原則である。

 しかし今回の排除対象である魔物は、人間とは生態が違う。

 野生の獣が山野を行くのに、軍隊が散兵として行動するのはおかしい。

 とにかく害獣駆除なのだから、効率的に範囲を潰しておく必要がある。絨毯爆撃をする気分だ。


 正直なところ、面倒で地道な作戦ではあった。

 しかしそれが必要であり、また効果的であるのも確かなのであった。


 春希と悠斗の二人に、普段はタッグを組んでいるハンター二人が合流して一つのパーティーとなる。

 効率と連携を考えるなら、弓やみのりたちを連れて来たほうが良かったのだろうが、専門戦士である十三家の人間は、前線以外でもやることが多い。

 そこで攻撃力の高い二人が、魔物の駆除のために特に選ばれたのである。


 普段はハンターとして活動している大人二人は、最初は春希の指揮に従おうとはしなかった。

 こういう命を張った仕事をする人間は、弱い人間を見下す悪癖がある。

 よって最初に春希がしっかりとお話をしたため、今ではすっかり大人しくなっている。

 そもそも春希も、足手まとい二人を抱えるのは嫌だったのだ。




 約一ヶ月の時間を使って、ハンターと自衛隊の混成軍は、札幌までの土地を掃討した。

 工兵によって各地に魔物に対する罠をしかけたので、これでしばらくはもってほしい。

 札幌を凄まじい長さの城壁で囲むところまでが、作戦の第一段階である。

 普通ならば年単位の時間と莫大な予算が必要なところであるが、科学技術と魔法の両用で、半年足らずで札幌の要塞化には成功した。


 さて、ここから軍は進行方向を東へと向ける。

 農場の多い地方をまず確保することが優先されたからだが、東京からの急報が入り、春希と悠斗、そして雅香が呼び戻されることになった。

 一度は沈静化しかけた門からの魔物の流出が、またもや増加してきたからであった。

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