第24話 戦闘民族
以前に春希や雅香が言っていた。
九鬼家の男子は寿命が短い代わりに、平均をはるかに凌駕する能力を持つと。
それは魔法や闘技に直接関係する、魔力の分野においてであると思っていた。
だが実際は少し違う。その短い寿命を有効に使うために、九鬼家の修行方法は極めて激しく、合理的である。
実は魔力を使えば使うほど短命になるらしく、むしろ魔力を使わない方が強いとかいう、能力者に喧嘩を売っているような存在もいるそうだ。
そんな白川の少年は、悠斗より年上であるから体格的には優っているが、他にはそれほど特徴のないように見えた。
構えは普通に見えるが、半身になっている。右手と右足が両方前に出ているので、バランスを崩しやすそうに見えるのだが。
そんな白川の初撃は、目にも止まらぬ拳の攻撃であった。
今までの相手の持つ早さだけではなく、速い。
拳のラッシュはボクシングともちょっと違う、萌えよドラゴンとかでやってた、あれに近い。
リード・ストレートというのだが、悠斗は知らなかった。
防御する腕に対して、連続したパンチ。強烈なダメージを与えているわけではないが、悠斗から攻撃に転ずる暇がない。
おそらく今までの試合を見てきて、考えたのだろう。古武術で真っ当に戦っても、悠斗に勝つのは難しいと。
しかしわざわざ悠斗のスタイルに近い戦い方を選んだということは、それに関してもかなり自信があるのだろう。
実際に悠斗は白川を、強いと感じていた。
知らない技術を使う得体の知れない強さではなく、単純にパワーやスピード、既存のテクニックで上回っている。
(普通なら負けるよな)
せっかく治してもらった腕や顔が、また内出血を起こすのを感じていた。
悠斗の身体スペックは、一族の血だからという以外にも、純粋に生まれつき優れている。
これは母親の血が強く出たからだろう。そのあたりはいつも感謝している。
前世よりも微妙にイケメンであるし。
鍛えれば鍛えるほど強くなる。それを当然と思うのは、素質のある人間だけだ。
世の中にはどれだけ努力をしようとも、骨密度が生まれつき低かったり、皮膚が破れやすかったり、筋肉が付きにくい人間が、遺伝的に存在する。
その点、悠斗は恵まれていた。母親譲りというか、一族の血がわずかであるにも関わらず、肉体的な素質は優れていた。
その素質を悠斗は、効率的に成長させていた。
月氏には物心つく頃から鍛える、効率的な修行法がある。しかし悠斗は物心つく前、つまり転生した赤子の時から修行をしていたし、異世界の修行法は一族に負けるものではない。
あちらの世界では魔王軍と戦うために、より効率よく相手を殺す手段を模索していた。
何より命がけの実戦経験で、悠斗は圧倒的に優っている。
悠斗の選んだ攻撃は、カウンターであった。
相手が10のダメージを与えてくる間に、1のダメージを返す。
それではいずれ、先に悠斗が倒れるはずなのだが、悠斗はそれが正しい選択だと確信していた。
実力では圧倒的に劣っているはずの敵。それがわずかであろうと、確実にダメージを与えてくる。
白川は悠斗の顔をボコボコに腫らしたが、自分も鼻に打撃を受けて、血を流した。
普通の人間なら、自分の血を見て少しでも動揺する。場末の喧嘩ならともかく、自分が強者であることを信じる者は、そうなる。
もっとも子供の頃から、将来は命がけの仕事をすると、散々教えられてきた人間は違う。
「はっ、面白いじゃねーか」
白川は流血して、ようやく嬉しそうな顔をした。
戦闘民族に対してハンパな攻撃は、逆に相手の戦意を高める。
野菜の星の王子様は、最終形態の化物相手に戦意を失っていたが、そこまでの明確な実力差は、悠斗と白川の間にはない。
というかその実力差を感じさせると、悠斗が目立ちすぎてしまう。
白川の打撃術は精密であり、拳で敵を打ち倒すことを目的としている。
足技はないが実際のところ、足技で致命的な一撃を与えるのは難しいのだ。
床についた足から、相手の腹部や頭部への距離は遠い。バランスを足一本で取ることになるので、予測もしやすい。
超接近戦での膝蹴りや、初見殺しの回し蹴り、相手の足を打つローキックなどは別だが、派手に動いてしまっては、次の動作に続けにくい。そのあたりカポエイラやテコンドーの初見殺しはけっこう有効である。
よって打撃主体となるのだが、高揚した戦闘民族の拳打に合わせて、悠斗は今度こそ決定的なカウンターを仕掛けた。
相手の拳を、自らの肘で迎撃したのである。
拳と言うのは微細な骨によって構成されており、実は壊れやすい場所である。
もちろん手というのは精密な動作を行うので、それを使って戦闘すること自体は間違っていない。
しかしこの場合は完全に悪手であった。悠斗の狙い通り、その肘は白川の拳を砕いた。
入学してすぐに生徒はかなり詳しい身体検査を受けたのだが、悠斗の場合は骨密度が高く、そして肘の骨は非常に固い。
多くの格闘技でも肘打ちが禁止されているほど、実戦では有効な威力を与える。
白川は利き手の右拳を破壊されながらも、まだ笑っていた。
「お前、本当に一般人が? 殴られながら拳を潰すなんて芸当、普通じゃ出来ないぞ」
「拳を潰されて笑っているのも。充分怖いと思う」
事実、悠斗は引いているわけだが。
「まあいい。これからが本番だ。能力者同士の対決は、こんなもんじゃ終らないからな!」
白川が魔法で拳を修復する。完全に元通りと言うわけではないだろうが、それでも戦闘に支障はないのだろう。
「はい、失格!」
「え?」
審判が試合を終了させていた。
この試合は魔術も闘技も使用不可の設定である。
おそらく白川は実戦や訓練の場で、拳が砕けたぐらいじゃなんともないという、そういう設定で戦っていたのだろう。
まさかこのルールで自分の拳を砕いてくる者がいるとは思わず、いつものペースで肉体を治癒し、戦いを続行しようとした。
そして失格。完全な自爆である。
「なんという情けない決着……」
うなだれる白川は、おそらく関係者であろう大人たちから冷たい視線を向けられ、静かに怒られている。
「狙ってたの? 偶然?}
春希の問い合わせに、悠斗は遠い目で応えた。
「いや、普通に拳とかを砕いていって、戦意喪失を狙ったんだけど……」
まさか拳を砕かれて逆に高揚するとは、九鬼家の戦士とはどれだけマゾなのだろうか。
散々叱られたはずの白川が、悠斗の元へやってくる。まさか場外乱闘をするはずはないが、少し警戒しておく。
「お前、すごいな。一族以外の人間であそこまでやるのは、初めて見た」
強者への称賛。白川は紛れもなく、悠斗に関心していた。
「いや、まともに戦ってたら、確実に負けてましたから」
悠斗は謙遜する。実際あの後も、肉を切らせて骨を断つ戦法を続ける予定だったのだが、おそらくそれは白川を感心させるだけに終っていただろう。
「いやいや、本当に心構えが違うよ。確かに魔法ありなら俺の方が強いだろうけど、そこまで覚悟が出来ている戦士はそういない」
非常に好意的な言動である。
「だから夏になったら信濃で戦おうぜ。俺も親父に頼んで、推薦枠一つ確保するからさ」
「はあ……」
それ以上の言葉は不要とばかりに、白川は去っていった。
「夏に戦うって、どういうことだ?」
白川の背中を驚きの目で追っていた春希だが、問われて答えないことはない。
「一族の根拠地で、13歳から19歳までの戦える人間を集めて、武闘会のようなことをするのよ。普通なら外部の能力者は参加しないんだけど……」
「それって魔法ありなのか? なら俺に勝てる要素はなさそうなんだけど……」
「まあ魔法うんぬんよりも、19歳まで参加可能ってのがね。正確には中学生から大学一年生までを対象にしてるんだけど」
その練武会という大会は、人数制限無しで、数日に渡って行われるらしい。
単なる武力だけでなく、それ以外の技術の交流もあるのだとか。
それを聞いた悠斗は、溜め息をつきつつ問いかける。
「一般人枠の俺が、それに参加してどうするんだ?」
「まあ、あんたに対する評価だと思うわよ。それと出場うんぬんはさておき、本家には一度顔を出してほしいんだけど……というか連れて来いって命令されてるのよね」
「理由は?」
「まあ、あんたの将来について、一族がどうバックアップするかとか、そのあたりの話になるんだけど」
「……親同伴じゃなくていいのか?」
「分からないわね。聞いておく」
夏になれば、月氏一族の根拠地である信濃に行くというのが決定した。
長野県である。そのどこかまでは、まだ説明されていないが。
だがそれはともかくとして、目の前に最大の脅威が立ちはだかっていた。
体育祭、一般格闘の部、決勝。
御剣雅香VS菅原悠斗
太陽もかなり西に傾いた時間、それが行われる。
「多分無理だけど、諦めちゃダメよ」
春希がものすごくなげやりな態度で言った。
「死なないでくださいね」
みのりがものすごく心配して言った。
「死んでさえいなければ、なんとかする」
弓が本気で言っていた。
いや、死なないとは思っているのだ。
ただ、雅香なら簡単に殺せるのを知っているだけで。
「……ご武運を……」
沈痛な表情でアルが言った。
誰も悠斗が雅香に勝つとは思っていない。当の悠斗でさえも。
ちなみに悠斗をディスっていた菊池家の少年は、準々決勝で雅香に瞬殺されている。
会場中の視線が集まる中、マットの上に両者は立つ。
なお装備は道着以外は、武器にさえならなければ自由である。
悠斗は多少迷ったのだが、靴を履いていた。対する雅香は裸足である。
このあたりもルールは緩い。普通なら靴を履いたほうが素足を守ることになるのだろうが、鍛えた素足は凶器になる。悠斗の鍛え方はそこまでではない。
よって指先などを守るシューズを履く。
舞台の上で向かい合った悠斗は、雅香を観察する。前世において殺し合った相手と、殺さないことを前提とした戦いを行うのは不思議である。
「魔力38000と聞いたが、私の魔力は53万です」
「そんで変身を三回残してるってか?」
魔力は本当かもしれないが、流石に変身は出来ないだろう。
「本気になったら髪が金髪になったりはするかもしれないな」
「え? マジで変身するの? 嘘だろ?」
「嘘だよ」
変身するのは嘘だ。だが、魔力53万というのも嘘である。
雅香の魔力はそんなに少なくないし、悠斗の魔力も過小に測定させてある。
もっともこの試合では魔術も闘技も使わないので、その点には問題がないように思える。
実はある。
魔力をコントロールすることによって、自然と肉体が強化される。強化された肉体は『身体強化』を魔術で使うほどではないが、一般とはかけ離れた能力を持っている。
白川のように誤って露骨に闘技を使ってしまい、反則負けというのが一族には多いだろうが、雅香がそんな間抜けなわけはない。
悠斗に打撃の技術を教える程度には、雅香は体術を使いこなしている。
そんな相手にも、悠斗は勝てる手を考えている。というか雅香と知り合ってから、いや他の全ての能力者と知り合うたびに、どうやったらこいつを殺せるだろうかと、悠斗は常に考えている。
雅香の強さ。それは前世や、それ以前の転性から蓄積してきた技術と、戦闘経験である。
前世で魔王として君臨していたが、君臨するまでには相当の戦闘を経験してきただろう。
地球に転生し、一族の武術を学んでいる。その技術は彼女の中で、それまでの技術の蓄積と化学反応を起こして、とんでもないものになっているだろう。
……つまり現在の悠斗では、技術の面では雅香に勝てない。
さらにフィジカルの面でも、成長の早い女子である雅香は、現在の悠斗よりは優れている。
生理で体調を崩してたりしたら、勝機もあったのかもしれないが、そんな様子は全くないし、おそらく対処法があるのだろう。
しかし悠斗が有利な面が、ないわけではない。
それは先ほどの試合でもあったことだが、一族の人間は困難な状況に陥った時、本能的に魔法を使ってしまうのだ。
悠斗の場合は柔道やアマレスの技なら、完全に魔法を使わずに発揮することが出来る。
一族の徒手格闘が打撃に偏っているのは確かなので、そこに勝機はあるはずだ。いや、そこにしかない。
審判の合図で試合が始まり、悠斗は低く姿勢を傾けた。
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