第21話 教えて! 弓先生

 魔法学校は都内だけでなく地方からの入学者もいるが、かといって一校だけというわけではない。

 経済的な理由……学問を続けるのによくある理由とは別に、一族の各家が基盤とする地方が、日本各地に分散しているからだ。

 たとえば春希の属する宗家にしても、その本拠地は長野県にある。

 家の親密度や根拠地の遠近を考えて、魔法学校は全国に10校存在していた。


 その各学校の一位の生徒が集まって戦うのが本戦である。

 ちなみに関東では他に鎌倉に学校があり、そこで優勝してから本戦に進んだのが雅香であったりする。

 もちろん彼女の場合、徒手格闘と何でもありの両方での優勝だ。

 男女混合、中学生以下の部でありながら、中学一年生の彼女が優勝しているのである。


 その雅香の眼下では悠斗が、高度な技術を使いながらもわずかな時間で、国外からわざわざ留学してもらった生徒を倒した。

 これは多くの目撃者を驚かせたかもしれないが、驚愕して呆然とするとまではいかないだろう。

 魔法と闘技を使ったわけではないのだから。もしもそちらでも悠斗が優勝するようなら、その時こそ彼への評価はまた改まるはずだ。




「素人相手に負けるなんて、今年の留学生は期待ハズレかなあ」

 小声だが聞こえる程度の声で、雅香の近くの生徒が言った。

 髪をツンツンに立てたその少年は、北九州代表、菊池家の者であった。

 菊池家は武闘派の家系であり、純粋な戦闘力で言うなら、抱える戦士の質は九鬼家に次ぐ。

「アホか、お前は」

 そんな脳筋に向かって、思わず雅香は正直すぎる本音を出していた。

「……んだと?」

「ああ、すまない。忘れてくれ。ただの独り言だ。女の戯言だと思ってくれてかまわないよ」

 視線を逸らすが、向こうは手こそ出してこないものの、絡むのは止めないようだった。

「九鬼家の分家かよ。強いとは聞いてるけども、菊池と戦ったことはねえよな。まあ、あいつと試合で当たったら、実力の差を見せてやるよ」

 いきなり手を出さないだけマシ、と思うべきなのだろうか。雅香は苦笑しながらも、今度は失言しなかった。


 悠斗の立ち姿と体幹は、見る者が見ればそれだけで実力が分かるものだ。中学生レベルでそれが分かるのは難しいが、指導がきちんとしていれば分かってもいいはずだ。

 おそらく彼は身体能力だけで、実力を高めてきたのだろう。菊池家は実戦第一主義なところがあるので、基礎を軽視してしまったのかもしれない。

(悠斗と当たる前に、私と当たるんだがなあ)

 一般入学と、数少ない女の出場者。どちらに負けるのが彼にとって屈辱なのか、雅香は考えたものである。




 そしてなんでもありルールの方の試合も予選が終わる。

 悠斗はこちらでも、一般枠の中では優勝を決めていた。

 一族枠の中では、中国地方出身で上京していた、秋津家の三年生が優勝していた。

 とりあえず武器があるだけとも言える一般枠と違って、一族枠での戦闘は怪獣大決戦にも似たものであった。武器ありのリアル天下一武道会である。

 闘技場に結界が張ってなかったら、建物が十回は崩壊していただろう。


「秋津家は出雲の本流。かなり古い時代から一族に属してる」

「知っているのか雷電!?」

「ライデン?」

「いや、なんでもありません……」

 前世の自分の知識と、今世での同級生の間に、ジェネレーションギャップを感じる悠斗であった。


 とりあえず何か色々と忙しそうな春希に代わって、試合の解説をしてくれているのは弓である。

 メガネをかけた頭脳派で、戦闘においては盾職にして治癒役という二足の草鞋の彼女であるが、本質的には研究者のような性格をしている。

 窓際でひたすら読書をするのはポーズではなく、他人への関心が本当にあまりないからだと、悠斗は気付いている。

 まあ人嫌いというわけでもないので、頼まれれば解説役ぐらいはしてくれるのだが、

「それより、出雲ってことは日本神話に関係してたりするのか? っていうか、ツクヨミの子孫が長野県に本拠を置くって、なんか変なような……」

「もちろん根拠地は何度か変更されている。秋津家にも古代のことを記した古文書があるはずだが、私には読む資格がない」

 珍しくしょんんぼりとした感じの弓である。

「だが私は少ない資料からも推測した」

 ガバっと顔を上げる姿も珍しい。

「邪馬台国は北九州にあったんだよ」

「な、なんだってー」

 棒読みで驚く悠斗であった。




 どうでもいい話といえば、どうでもいい話である。

 だが弓は無口なようでありながら、自分の好きな話題に関しては一方的に喋る傾向があった。初めて知った。

 いつもは春希が説明役なので、それに隠れて気付かなかった。

「邪馬台国やそれ以前に存在した奴国などは、北九州にあった。これは一族の中では定説となっている。わざわざ古文書を読まなくても誰でも知っているから、これは本当のことなのだろう」

 動作にも少し力が入っている。あ、これあかんやつや、と悠斗は気付いた。喋りだしたらとまらないタイプだ。

「遺伝子的な面から見ると、日本人、特に一族の血統は、大陸よりも南の方から移住してきたらしい。もっとも南九州の一族が後から参入しているので、よく分からないけれど」

「? 朝鮮半島は経由してないのか?」

 古代日本に関しては、本当に謎が多い。悠斗が前世で習っていた聖徳太子などに関する知識も、今の授業ではかなり変化している。

「半島には能力者の一族がいないから、移住してきたか、通り過ぎたかのどちらか」

 そう、世界中に能力者はいるのだが、極端に少ない地域も少なくはない。

 朝鮮半島はその地域の一つである。理由として、弓は挙げていく。

「おそらく大陸のチャイナ、周王朝か秦帝国あたりの段階で、敗北した側の能力者は半島に逃げたと思われる。そこからさらに安全な地を求めて、日本に渡ってきた」

 弓の解説は長く続いた。


 神話をルーツとするか歴史をルーツとするかで、日本人の特性と言うのは変わる。

 そもそも月氏十三家は天皇の権威を認めているのだが、当初はまさに皇室の裏の顔として、見えない勢威を誇っていた。これは事実だ。

 その宗家であるが、なぜか北九州の菊池家とは、それほど交流が活発ではない。

 それに天皇家を守護する立場なら、その根拠地は京都に近くなければいけないはずなのだ。

「つまり、邪馬台国東遷説」

「ああ、あれね」

 悠斗が問題にしているのは現在の一族の情勢なのだが、十三家は古臭い習慣を保ち、血統に重きを置いている。

 そのため実際の歴史についても調べてみたのだが、おおまかに言えば邪馬台国東遷説というのは北九州にあった邪馬台国が畿内に移り、そして大和王朝の土台となったという説である。

 どうも月氏一族に伝わる古文書によると、これは事実らしい。


 弓の長い話によると、まず東南アジア系の民族が日本の各地に集落規模の国家を築いた。

 そのうち九州の国が強い力を持ち、周辺の国を従えることとなる。

 この時あたりから大陸の影響は受けていたらしいのだが、その大陸から亡命してきた一族に押されて、北九州の国は東へと移動した。

 その東へ移動した国は後に逆侵攻をしかけて、九州の国を併呑した。

 このあたりがヤマトタケルの伝説の元となっているらしい。

 そして歴史学者に喧嘩を売るようだが、古事記や日本書紀は完全な捏造や改竄の結果生まれたもので、持統天皇辺りまでは実在が怪しいのだとか。

 推古天皇や天智天皇まで実在が怪しいというのは、さすがに現在の歴史教育では認められないだろうが。


「つまり秋津家は出雲の国の大国主の子孫であり、一族に負けて併合された家。現在長野に一族の根拠地があるのは、都と距離を取るためと、東の部族に狙いをつけるため」

 そもそも現在の関東というのは、平安時代が終わるまではまつろわぬ民、日本人に所属しない民衆の国であった。

 そこへ大和朝廷やその後の天皇家から出た武士の系統が、侵略をしかけていったというのが正しい。

 坂東では平将門が出現したし、東北はかなり後にまで朝廷の権力が及ばない場所であった。

 東北の大部分がある程度日本として見られるようになったのは、鎌倉幕府の頃である。

 鎌倉は九鬼家の本拠地であり、彼らは鎌倉幕府の成立において力を貸した。というかその時に十三家に合流した。

 だが完全に従属したわけでないのは、頼朝の子孫をあっさりと見捨て、北條氏の支配を容認したことからも分かる。


「それで……元は何の話だったっけ?」

 悠斗が呆れるほど持論を開陳した弓であるが、そもそもは秋津家の説明であったはずである。

 秋津家に関してはある程度聞けたが、宗家が京都にない理由はなんだ?

「京の都には、宗家と強い関わりがある、藤原家の本拠が置かれていた」

「……藤原家って、貴族じゃねーか。一族は政治には関わらないんじゃなかったっけ?」

「当時の貴族の政治を、本当に政治と呼べるなら」


 歴史の教科書では天皇家の権威を背景に、藤原氏が実験を握り、各地の荘園を我が物としていったとある。

 だが、間違っていることが二つある。当時行われていたことは政治などと言う高度な統治ではなかったことと、藤原氏でも大きく二つに分けていたことだ。

「中臣鎌足が貰った藤原の姓は、元は一族の持っていたものだった」

「な、なんだってー」

 別に驚きはしていないが、これは歴史学会に喧嘩を売っているような情報ではないのだろうか。

 つまり藤原という姓は月氏十三家のものであり、それを褒賞として中臣鎌足に与えたわけだ。

 一族が皇室にとってどれだけ重要なのか、それだけで分かる。


 正直当初と全然違う方向に話は向かっているが、悠斗にとっては面白い。ひょっとしたら後に役立つかもしれない。

「貴族の藤原氏は後に全国に分家が移り、その地名をとって名字を変えていたりする。たとえば遠江の藤原氏なら、遠藤というように」

「へー、そんないい加減なことがあるのか」

「いい加減というわけでもない。例えば足利尊氏や徳川家康も、朝廷での名乗りは源尊氏や源家康。足利は地名、徳川は先祖の僧侶の名を元にしていた」

 弓は記憶力が高いし、好きなことにはのめりこむタイプなのだろう。あちらの世界の知り合いにも、何人か話が合いそうなやつがいた。

 勇者召喚の方法を魔王に破壊された後、それを復活させようとした偉大だが変人の友人もいたものだ。




 それで、だ。

 弓はまだまだ知識を開陳したいようであったが、出番がやってきた。

 徒手格闘の部、本戦である。


 正直悠斗は、この試合を舐めていた。

 だが予選で戦ったのは、決勝のアルを除けば、その出自は一族以外の人間、つまり幼少期から武術を鍛えてきたわけではない者であった。

 悠斗の場合はレスリング、柔道、空手に加えて、異世界の鎧をまとったまま行うような徒手戦闘術を学んでいた。

 単純に言って、年季が違う。それになんでもありにほぼ近いルールでは、目潰しや金的狙いなどの、殺し合い専用の技が使える。

 だから一族の者を相手にしても、それほど実戦経験はないのだから、自分が勝てるだろう。そう油断していた。


 10人で行われるトーナメントなので、四人は余計に戦わなければいけない。その内の一人が悠斗である。

 対するは阿蘇という名字の少年であった。なんでも阿蘇家は小野家の本家の血統を構成するのだが、その中でも屈指の名門らしい。そういえば歴史上の人物では、小野妹子が小野姓である。

 そんな家が使う古武術というものを、悠斗は軽視していた。


 始まりの合図と共に、悠斗は半身に構えた。レスリングなどの技術は素晴らしいものがあるが、実戦では基本は打撃を重視する。乱闘の中では投げ技や組技、絞め技などは使いにくかったからだ。

 蹴りの攻撃もあまり使わない。体勢を崩したくないからだ。基本は拳や掌を使って急所を打つ。

 そのタイミングを計っていた悠斗の視界に、突然相手の全身が現れる。

「!?」

 ステップやすり足などとは全く違う歩法。

 悠斗は月氏一族の古武術を、初めて経験することとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る