第20話 体育祭という名の戦闘遊戯

 悠斗のフロアボス討伐が成功しても、日常が劇的に変わるわけではなかった。

 授業は平和に行われ、放課後は有意義な戦闘体験に使われる。

 そして雅香は接触してこない。尋ねたいことは山ほどあるのだが。

 一応簡単な情報交換は、メールで行っていたりする。

 スマホ全盛のこの時代にメールというのは時代遅れかもしれないが、本来ならメールでさえ、さらには電話でさえ憚られる。

 自分と雅香の関係は、ただ一度会っただけ。そう思ってもらった方が、都合がいいのだ。強大な力を持った女と、才能溢れる男が接触していれば、邪推してくる者もいるだろう。


 そして雅香は、悠斗との関係において、ルールを作った。

 即ち悠斗が雅香の願いを一つ叶えたら、一つの質問に答えるというものである。

 当初、情報をだらだらと垂れ流してくれた雅香だが、それは彼女にとっても、それが必要なことだからだ。

 悠斗との情報交換を、彼女にとっては必要な分済ませた今、無料で悠斗に情報を渡す必要はない。

 もちろん悠斗との関係を友好的に保つため、完全に情報を遮断することもない。

 雅香の狙いは、悠斗を友好的な、そして利害の一致する、同盟相手とすることであった。




 そしてそれとは全く別のように季節は進み、もうすぐ梅雨がやってくるであろう六月のはじめ。

 魔法学校においては、体育祭が行われる。

 体育祭。てっきり武闘会のようなものになるのかと悠斗は思っていた。それもまあ間違いではないのだが、一般的な競技も行われる。

 能力者たちの100メートル走など、もはやギャグのレベルである。3秒で走りきるなど、初期の亀仙人を超えている。

 むしろ反射神経だけの競技となっているような気もする。競技カルタをやらせれば強いかもしれない。ちはやってくれる天才には負けるだろうが。


 もちろんこの学校の性格からして、戦闘に関わる種目もある。

 魔法・闘技・武器なしでの格闘や、逆に全てありの戦闘などである。

 ちなみに悠斗は前者にエントリーされているが、後者にも一般枠で入っている。

 さすがに一族の人間はそれだけでまとめ、お互いに戦うことになるらしい。

 一般からの能力者相手では、舐めプをしても意味がないのだ。


 悠斗の場合、格闘技の経験は柔道と空手とアマレスに、異世界の剣術と体術で五つである。

 前世に習ったものと、母に習ったもの、空手は一年でやめた。身体能力が高すぎて、誤魔化すのが難しかったからだ。それに空手は流派によって制限があって、かえって寸止めなどを覚えてしまう危険があった。

 それでも柔道やアマレスと違い、獣型の魔物には打撃は有効である。

 やはり投石に優るものなし。そもそも距離を取って遠距離から攻撃すればいい。遠距離攻撃万歳である。魔王には通用しなかったが。


 そういった修練の成果を悠斗は隠していたが、学校での体術訓練では当然の如く使ってはいる。

 隠しすぎるのも問題だ。それでも能力者同士の戦いにおいて、徒手格闘の技術の占める割合は少ない。

「お前、本当になんでも出来るなあ……」

 この数ヶ月でぽっきりと自信を失った山田が、訓練中に声をかけてきた。

 己の全能感を失って、能力者の中では平凡以下の力しかないと知った彼は、無害な存在になっていた。

 己の弱さを知ったせいか、実力を発揮する悠斗に親しくもなっていたが。


 悠斗の力は、クラスの全員が認めている。生徒たちもほぼ、そして教師たちは全員。

 訓練を開始したのが年齢的に遅い割には、その成長が凄まじすぎるからだ。

 悠斗の場合は前世で覚えた技術を、改めてこちらでなぞるだけなのが多いので、成長しているように見えるのだろう。

 鈴宮のお姫様の拘束も、最近は特に多くなっている。

 まだ自分たちの方が強いと思わせる演出をしているが、抜かされるかもしれないとも思われているだろう。

 実力を把握されるのはいい。というか、いつまでも隠蔽しながら行動するのは無理がある。

 諸事情により悠斗は遺伝子レベルで重要な存在らしいので、抹殺されたり死にそうな仕事を任されることもとりあえずないだろう。あとは家族についてだが、弟以外は問題ない。


 悠斗の弟である海斗は、悠斗の分析する限りにおいては傑出した能力者にはなりそうにない。

 もっとも標準よりもずっと強い潜在能力を持っているので、悠斗が幼少期から鍛えていたら、相当な使い手にはなっただろう。だが悠斗はそれをしなかった。

 悠斗がその力を示せば示すほど、海斗の遺伝子的価値は上がる。サラブレッドの種馬が、その兄弟にも価値を与えるように。

 キタサンブラックの父親であるブラックタイドはディープインパクトの全兄であるが、自身はたいした競争成績を残さなかった。ただディープインパクトと遺伝子が近いというのが、彼の価値であった。

 だから海斗にも一族は接触するかもしれないが、進んで害を成そうとはしないだろう。むしろ一族以外からは守るだろう。

 この点においては悠斗の協力者である雅香は、使える戦力を鍛えてなかったということで、少し失望していたようだが。

 弟は安全に守ってやりたい。前世で姉の横暴に耐えていた悠斗は、優しいお兄ちゃんなのであった。




 そして体育祭が始まる。

 グラウンドで健全な競技が行われる裏では、凄惨な試合が繰り広げられる。

 まあ死なない限りは粉砕骨折しようが、内臓破裂しようが、手や足が千切れようが、大丈夫なように治癒魔法の使い手が控えている。

 一族の中でもかなりの治癒魔法の使い手で、死んでさえいなければ、もしくは死後数分以内なら蘇生出来るかも、というほどの術者であると紹介された。


 あちらの世界では、聖女が死後数時間程度なら、場合によるが蘇生出来た。

 世界によって魔法の発展具合が違っている。

 地球の科学によって証明された、医学知識を元にした蘇生よりも、神由来の蘇生の魔法が上回るとは、これも不思議なことではあるのだろうか。


 悠斗は主に打撃系の技を使ってくる相手の攻撃を捌き、関節技か絞め技に移行して勝負を決めていく。

 ちなみにあちらの世界では、一撃で相手を行動不能にし、しかも人型以外に使える打撃系以外の武術は、ほとんど存在しなかった。

 犯罪者の確保に捕縛術を学ぶ者はいたが、基本的に官憲の側は武器を持っていたし、相手が多数である場合、絞め技や関節技はよほど一瞬で極めない限り、隙が出来てしまうのだ。

 魔物と戦うならまず遠距離から。その次には武器を使った接近戦。そして武器を失ったら徒手格闘となるのだが、人体を相手にするわけではないので、悠斗もそこまで学ぼうとはしなかった。

「あだだだだだ!」

 腕絡みや足絡みで苦痛を与え、降参させる。あるいは指関節や金的などの急所を狙う。

 騎士団との訓練では、剣ばかりを使っていたわけではない。あちらの世界では普通に戦争状態であったため、剣を使いながら蹴りを入れたり、剣を合わせながら指関節を取ったりもしていたのだ。


 日本の古武術には急所を普通に狙う流派があり、一族もそれを学ぶ。だがそれでも、相手が多数であることを想定して技術の研鑽がなされる。

 こちらが多数であることもあれば、珍しく一対一で戦う際の技術もあるが、それもやはり打撃主体である。

 よって母譲りのレスリング、前世での柔道、そして今世での空手を合わせて使う悠斗は、試合においてはものすごく強い。

 高学年までの混合トーナメントなのだが、あっさりと予選の決勝までは進んだ。

 そしてその決勝相手が、何の因果かアルであった。


「驚きました。まさか決勝まで進むとは」

「いや、俺もお前が勝ち抜くのには驚いてるけど、やっぱり留学するだけあって、強いんだな」

 ちなみにこの格闘試合は、ジャケット――道着を着た状態で行われている。

 柔道が実戦で使いにくいと言われる理由の一つに、現代の服では投げ技に耐えられず破れるということがある。

 確かに江戸時代の柔術から発展したものなので、着衣は着物を想定していて、Tシャツ相手の戦いなどでは、使えない技があったりもする。

 この試合では「わざわざ戦闘になった時に、服を脱いでる暇があるか」という理由で柔道着とほぼ同じジャケットを着て行われている。


 そしてアルの場合、使う格闘技はヨーロピアン柔術。まあ打撃が寸止めという以外は、ほぼ柔術と言ってもいい格闘技である。柔術にも流派は色々あるのだが。

 当然ながらこの試合では寸止めなどという生ぬるいルールはない。当てても反則にはならない。なにしろ治癒魔法があるので。

 あちらの世界でもそうだったが、訓練で大怪我をしても大丈夫だという治癒魔法を前提とすると、かなり実戦に即したルールで訓練も試合も行われるのだ。

 目突き、金的、耳を掴む、髪をつかむ、噛むなど、ほとんどの行為が認められてる。

 認められているだけでなく、実際に使う者も多い。道着の帯を武器として使うぐらいが反則である。


 試合の勝敗は気絶、レフェリーストップ、降参、場外の審判二人の判断による。

「このルールで、よくやる気になりましたね」

「まあ、母ちゃんから手ほどきは受けてたから……」

 思わず遠い目になる悠斗である。今世においては護身の心構えとアマレスの寝技、関節技を教えてもらったぐらいだが、前世ではヤンキー同士の抗争に、無理やり駆り出されたこともある。

 あれは最悪であった。金属バットやバールのような物を武器として使うので、下手な格闘技など役に立たない。顔面を狙って石を投げるのが効果的であった。


 遠くなった悪夢の日々を頭から追い払ったところで、試合が始まった。




 魔術なしという点はともかく、闘技、日本で言う技なしというのは、実のところ能力者にとっては難しいルールである。

 難しいのであって、不利なのではない。

 結局のところ能力者は、ほぼ日常レベルから闘技の類は使っているのだから。

 それを抑えた上で、どうやって力を出して戦うか。これはほとんど、パワーではなく技術の戦いになる。


 わざわざ海の彼方からやってきたアルもそうであるが、異世界で勇者をやっていた悠斗もまた、荒くれ者揃いの戦士たちの中で、武器なしの喧嘩は数多く経験している。

 勇者であると示すためには、力を誇示することも必要であったので。

 そんな悠斗が構えたのは、打撃を目的とするような、半身の姿勢である。

 それに対してアルは、同じような、だが重心を低くして前のめりになったような体勢となった。

(タックル狙い?)

 射程範囲に入ったアルに対して、悠斗は拳を握らないままの手で、顔面を狙った。


 顔面、特に目に対する攻撃は、人間なら反射的に回避するものである。

 アルは沈み込むようにしてそれを回避し、悠斗の下半身にタックルをかける。

 それに対して悠斗はもう一方の手で道着の襟を掴んだ。

 タックルの勢いを止める訳ではなく、襟を持ったことによって回転しながらそれをコントロールする。

「む……」

 小さく呻いたアルも回転しながら、良いポジションを狙う。だが悠斗が腕の関節を取りに来ようとしたので、すぐに離れた。

 仕切りなおしである。


 アルがどの程度日本の武術を知っているか、悠斗は知らない。

 ゴブリン相手には当然ながら、武器を使った方が効率が良いし、何よりゴブリンと絡み合うのは嫌悪感を覚えるからだ。

 よって悠斗が次の一手に選んだのは、最速の打撃。

 すっと脱力した構えに、わずかにアルの注意が逸れる。

 アルの主観では次の瞬間、悠斗の拳が彼の顎を打ち抜いていた。


 何故? その疑問が倒れつつアルの頭の中に浮かぶ。

 悠斗の突きは、おそらく速かったのだろう。回避できなかったのだから。

 しかしどうして、反応も出来なかったのか。




(お~、私の教えた技が、こんなにも早く使われるとは)

 この試合は当然、格闘技場の中で行われている。観客は主に学生であるが、外部者もいないではない。

 一族の人間や、本戦に登場する他校の生徒――他の学校に通う、一族の人間である。

 そしてその中には、御剣雅香の姿もあった。


 転生を繰り返した彼女は、多くの戦闘技術を知っている。基本は遠距離からの大規模破壊魔法か、接近戦での武器での一撃必殺の両極端を得意とするが、限定された場面で使える技がないわけではない。

 悠斗が使ったのは、その中の一つ。徒手で、しかも一対一という、殺し合いではありえない状況で使えるという技である。

 この拳打の特徴は、その初動が分からず、そして一撃必殺になりやすい。多数に囲まれた場合、その頭を最初に潰すためのものだ。

 この世界の中では、空手の刻み突きが一番近い。


 理論と一撃を教えただけだが、悠斗は体術や武器戦闘の初歩として、体の使い方を知っていたため、こうも早く習得出来たのだろう。

(というか、才能だけを言うなら、悠斗の方が私より圧倒的に上だな。敵に回さずどう立ち回るか)

 悠斗が似たように、どうやって雅香を味方でありつづけさせるかと考えたように、雅香の意図も同じようなものである。

 ちなみに悠斗を天才と思う雅香だが、転生するたびに力の上限を上げ続けている彼女も、天才と同等以上の存在である。

 勝ち名乗りを受ける悠斗を見つめて、雅香はほくそ笑んでいた。

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