第18話 これってレベル上げなんですか?
レベル、ステータス、スキル。主にゲームの世界でよく使われる言葉である。
RPGゲームならほぼ全てに存在すると言って良い。だがそれがこの現実世界で、何の意味があるのか。
呆気に取られた悠斗に対して、雅香はどこかしてやったり、と言いたげな顔をしている。
「いやいや、いくら魔王と勇者だからって、レベルとかスキルとか、ゲームじゃないんだから」
「ところが世界の中には、そういった要素のある世界も存在するんだな。まあ少数派であることは間違いないが」
「マジか……でもこの世界にはないだろ? 前世の経験を活かして、効率よく特訓していくしかないんじゃないか?」
ステータスは分かる。それは計測できるものだからだ。レベルもまあ、ステータスからどのレベル相当かと判別してもいいだろう。スキルに関しては、それこそ武道の黒帯持ちとかと変わらないのではないか。
「それがなあ、私も最初はないと思っていたが、実はあったんだよ、これが」
この世界はゲームではない。
たとえスキルがあったとしても、それは修行や訓練の結果学び、獲得するものだろう。それなら普通の訓練と変わらない。
「魔物を倒した場合、マナを取り込むだろう? それが経験値と言えるものだ。それを取り込んでいくことによってステータスが上がり、ある程度のステータスが上昇した時点でレベルも上がる。そしてスキルを上げていく」
「だからそれが、普通の訓練や戦闘と、どう違うんだ? いや、マナを取り込むことを考えれば、訓練とは違うのか」
あちらの世界でも悠斗は、毒や病気に対する耐性を持っていた。確かにそれには段階があり、錬金術師の作り出す魔法具によって、他の人間も得ることが出来た。つまりスキルを後天的に得たということだが。
悠斗の場合は神剣にそれを吸収させることによって、ほぼあらゆる状態異常を無効にすることが出来た。
「まあ実際にやってみた方が早いか。丁度よく、最深部に着いたことだし」
目の前には巨大な門があった。裏を見るとただの石なのだが、この先が迷宮に眠る神の座所なのであろう。
「とりあえず戦ってみるとして、負けそうになった場合逃げられるのか?」
「眠っている神を倒すのは、それほど難しくはないと思う。扉を開けた時点で目覚めても、しばらくは本来の力を発揮できないからな」
「不意討ちか。いいねえ、俺の好みだ」
前世においての魔王との決戦も言うなれば、魔王が前線に出てくるという情報を知った勇者とサポートチームによる、奇襲という側面があった。
今ではその情報も故意に魔王が流したのだと分かるが。
「卑怯でも卑劣でも、外道でない限りは手段を選ばない。そういうお前を、前世の私は評価していたよ」
「なら言っておくけど、今の俺は家族が大事なんだからな。一族が手を回そうとしてきたら、こっそりと教えてくれよ」
「その辺りのことは、帰り道で話そうか」
そして雅香は巨大な扉を開けた。
そこは光に満ちた空間であった。
石造りの洞窟のようではあるのだが、表面は磨かれて滑らかであり発光し、中央に台座がある。
装飾は全くないが、その台座の上で眠る男が、神なのだろう。
「じゃあ今のうちに『身体強化』『超高速加速』『魔力付与』に……『神威付与』もつけておくか」
雅香が簡単そうにかけた魔法は、全てあちらの世界では超一流の魔法使いが、それぞれの分野でしか使えないものだった。
「神剣の力を使えば、俺も使えるんだけど」
「神剣の力は、全て戦闘のために使うんだ。基本的に私のほうが今はレベルが上だから、お前のレベルを上げるほうが効率がいい」
魔力の動きで目を覚ましたのか、男が台座から起き上がる。
その身にまとうのは衣服ではなく、金色に輝く鎧となっていた。武器も同じ色に輝く槍である。
「あ~、多分弱いが、それでも戦闘タイプだな。死なないように頑張れよ」
そう言って退く雅香に文句を言いたくなるが、まずは目の前の事態への対処である。
本当に神を殺していいのか、まだ躊躇はあるが、戦闘の準備を整えるのはいいだろう。
悠斗は手を組むと、祈るように囁いた。
「聖なるかな、その剣は竜をも殺し、聖なるかな、その守りは牙をも砕く」
体の奥底、胸のあたりに力が集まる。
「光あれ」
そして大剣が現れ、悠斗の身は白銀の鎧をまとった。
神剣。そして付随した鎧は、魔王に滅ぼされなかった神々のほぼ全てが、力の限りを注いで作った、勇者のための力である。
それでも魔王と相討ちだったのだから、魔王の異常さはもはや言うまでもない。
「おい、先手必勝だぞ」
雅香が声をかけるが、悠斗は神の側の意見も聞きたかった。話し合いが成立しなければ、もちろん戦いになるだろうが。
『久しぶりに目覚めたと思えば、またどういう状況だ?』
頭の中に響いてくるのは、神剣の声である。
ゴルシオアス。神剣に力を与えた中でも、最も力の強かった女神。全ての神が純粋な力となった中で、彼女だけは勇者のサポートのために人格を残していた。今なんとなく思ったが、雅香と口調が似ている。
性格も似ていると思ったのが、雅香が魔王だと分かった時、すぐさま交戦しなかった理由の一つである。
(つーか姉ちゃん……じゃなくて、母ちゃんにも似てるな)
遠い目で強い女しか周りにいない人生を思ったが、今はそれどころではない。
「ここは俺が召喚される前にいた世界だ。相手は神の一柱。今から戦うかもしれん」
『……魔王とは相討ちになったはずだが、どうしてこうなってる? いや、まずは先に敵を片付けるか』
「まだ敵と決まった訳では……ないんだがな!」
悠斗に向けて槍を構えた神は、その肉体を炎に変えて、何本もの炎の槍を放った。
「ほう、火属性か。水魔法の守りはいるか~?」
『あの女は何だ!?』
「今はほっておけ。まずは目の前のこいつを倒す!」
悠斗の大剣が全ての槍を砕き、接近戦へと持ち込んだ。
戦いは……おそらく壮絶なものだったのだろう。
少なくとも前世で戦った、魔王の腹心並の力はある敵であった。
だが生まれてから今まで、前世での経験を反映して訓練を行っていた悠斗にとっては、神剣の力さえ使えばどうというものもない敵であった。
何か意味不明の言葉で喚いていたが、先に攻撃してきたのは向こうである。ならば悠斗は躊躇することはない。
殺すべき時に殺す。最後まで何か言葉を発していたが、命乞いする様子はなかった。だから殺した。
まあ仕方ないことだ。
……先に武器を向けたのはこちらだが……まあ、あちらも武器を手放さなかったことだし。
10分ほどの時間、それなりに注意を払った戦闘ではあったが、無傷で悠斗は神を滅ぼした。
「お見事。確かに前世よりも既に強いな」
そう言った雅香だが、神に攻撃が届いたのは、途中で彼女がこっそりと神の背後から攻撃を仕掛けたからである。
それはただの一撃であったが、重い一撃であった。それ以降、戦況が変わることはなかった。
『おい、この女は何者だ? 只者ではないのは分かるんだが』
「ああ、彼女は魔王だよ。俺と一緒に、元の俺の世界に転生したんだ」
『ちょっと待て! なぜ魔王と友好的にしているんだ!?』
「あ~、それは複雑な理由があってだな……」
「おい、せっかく経験値が入ったんだから、ステータスやレベルの話をするぞ」
二人の女性人格に語り掛けられ、悠斗はどちらに対応すればいいのか分からなくなる。
だがまずは、雅香の言っていたレベルとステータスである。
口うるさいゴルシオアスには後で説明するとして、今は雅香の話が重要である。
「とりあえず後でな」
問答無用で神剣をしまう。雅香に向き直って、彼女の言っていたステータスやレベルの上げ方を教えてもらおう。
「まあ、幾つかの術理魔法が必要となるんだが、お前なら一回で覚えられるだろう。まず『能力石板』」
悠斗の前に半透明の板が現れる。それはまさに、ステータスと言うべきものであった。
HPやMPに、STというのはスタミナだろうか。筋力、敏捷、柔軟、頑強、体力、魔力、精神力といった項目がある。
「今マナを吸収した状態で、上げる要素を「上げたい」と思うんだ。ちなみにどれか一つに特化は出来ない。特に肉体の数値はどれか一つに集中するほど、上げるのが難しくなる。だがまあ、敏捷と柔軟を優先して上げるのが個人的にはオススメかな」
「……これって相手の特性を全て見れるのか? 戦う前に把握出来たら、かなり戦闘を有利に展開出来ると思うんだが」
「知っていれば対抗出来る。お前が私のステータスを見ようとしても、計測妨害とかいくつかの魔法で遮断出来るし『能力隠蔽』と『偽装能力』の魔法で相手に勘違いさせることも可能だ」
「ふむ」
「ちなみに私が言っている私より強い兄弟は、これを使うことが出来る。あの家系の中でも、当主兄弟と兄の長男、弟の長女、それとお付きの女の子もどうやら使えるみたいだ。だから偽装系はさっさと覚えて、対面するまでに対処する必要がある」
雅香の説明に、悠斗はうんざりとした表情を見せた。
「確か当主の長男が化物とか言ってたな? 他の二人の女の子も、そんな感じなのか?」
「どうかな? 確かに潜在能力は強いが、何か私にも分からない能力を秘めているような気がする」
「で、どうして当主兄弟はこれが使えるんだ? その二人が開発したみたいだが」
「私が生まれる前のことだぞ。流石に知らん。まあとりあえず、レベルが上がったな」
敏捷を中心に肉体能力を上げた結果、HPとSTもわずかに上がっている。
ステータスの要素を上げることによって、HPとMP、STが上がるということだろうか。
レベルというのは、ステータスを上げることによって能力が一定以上上がれば、それに伴って自然と上がるもののようだ。レベルが上がって能力値が上がるというわけではない。
ステータスとレベルについては分かった。どうしてこんなことが出来るのかはいまだに疑問だが、神殺しの魔王のことだ。どこかの世界で知ったか、自分で開発したのだろう。
まったくもって、お釈迦様の掌の上ならず、魔王様の掌の上だ。
「スキルは……剣聖術のレベル5に、弓術レベル7、短剣術レベル8、徒手格闘レベル8、毒耐性や病気耐性は、状態異常耐性に統一されているのか」
「剣聖術は剣術の上位スキルだな。私も見たのは初めてだ」
素直に関心している魔王である。
「お前の剣術はどれぐらいなんだ? いや、槍術の方が高いのか?」
確かに最終決戦で魔王は槍を使っていたが、実は剣術の方が上であるという可能性もある。なんせ壮大な舐めプをしてくれたぐらいだ。
「私の剣術はレベル10で止まっているな。どういう理由か知らないが、剣の腕が上がっても、表示には反映されないようになった。ちなみに槍術もレベル10だが、それだとお前と互角だったのが不自然だ」
「いや、基本的に槍の方が剣よりも強いはずだけど」
剣聖術に意識を集中すると「まだ足りない」という感触がある。スキルを上げるために必要な、スキルのための経験値が足りないのだろう。と言うかこれは、自然と強くなればレベルに反映される方式か。
高いスキルはより多い経験値が必要になることは、ごく自然の理であろう。ならば他のスキルに浮気するか。
「徒手格闘を上げておいた方がいいと思うぞ。お前の霊銘神剣は人前では使えないだろう? 普通の剣ではお前のステータスに耐え切れない。神剣由来なら再生スキルもあると思うから、それを伸ばすのも選択肢の一つだな」
なるほど、継戦能力を上げるという手段もあるか。
魔力増幅や回復速度上昇といったスキルもある。どれも有用なものであろう。
「ちなみにここにはない新しいスキルはどうやって取るんだ?」
「前世のように、魔法具で獲得することが出来るものもある。それ以外は、基本的に訓練あるのみだな」
そんな会話をしながら、魔王は神の寝ていた台座を調べていた。
「……何をしてるんだ?」
「神がいなくなった以上、放っておけばこの迷宮はすぐに消滅するからな。しばらくは維持されるように、擬似神核を置いておかないと、誰の仕業かバレるだろう?」
魔王が何もない空間から、大きな球体を取り出す。魔力の動きがあったので、これは時空魔法により亜空間に収納しておいたものだと分かるのだが。
「お前、時空魔法は使えなかったんじゃないのか?」
「使えなかったんじゃなく、使わなかったんだ。時空魔法まであると、どうやっても人間側が魔族に勝つ――私に勝つことは不可能だったろう?」
確かにそうであるのだが、どれだけ魔王は舐めプをしていたのか。
「さて、神核の設置も終わったし、帰るとするかね」
軽く散歩を終えたような感覚で雅香は言って、悠斗は力量の差にまた溜め息をつくのであった。
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