第7話 SF研究会活動開始
SF研究会。その正式名称からして論外と言えるが、春希は真剣であり、本気であった。
あの自己紹介からこちら、春希は試験を受けて外部入学したクラスメイトからは、距離を置かれて接しられている。
まあ、彼女の事情を知っているらしき生徒も、あえて接触してこようとはしないのだが。
入学以前から予定していた生徒を引っ張り込み、一名だけの二年生を部長にする。彼女はそう、決めていたそうだ。
もっとも顧問がいないので、しばらくは同好会らしいが。金のかかることをするわけではないので、問題はないのだろう。
「そんな風に思っていた頃が、俺にもありました……」
悠斗の予想は外れたが、良い方向に外れたと言える。
溜め息をつきつつ、その日も部活――ではなく同好会活動に精を出す。
この学校は全寮制なので自室に戻っても、そうそう建設的なことは出来ない。ちなみに一人部屋でかなり広いのは、自室で魔法の研究をするのに、ある程度の広さが必要と配慮されているからだそうな。魔法がほとんど使えないという設定の悠斗には、今のところ不要な広さだ。
……そもそも自室で魔法の研究など危険だと思うのだが、悠斗の異世界常識は学校の常識ではないらしい。
同好会の教室に入ると、沖田弓が既にいた。
「おっす」
「おはよう」
素っ気無い挨拶に、弓は事務的に応えた。彼女は慇懃無礼だが、変に他人に干渉しようとはしないので、悠斗も助かっている。
悠斗も彼女に対して話しかけることはなく、部室の壁一面を占拠する本棚から、選んだ本を一冊取り出す。
この部屋の本棚にある本は、基本的に普通の本屋の流通には乗らない本だ。
なんでも魔法関連の本など、魔法使い以外には研究者ぐらいしか必要ではなく、魔法に関連した本を出すためだけに、一族は一つの出版社を作ったらしい。
一族。
これが悠斗が手に入れた、最初の重要な情報であった。
日本の魔法使いをまとめていたのは、月氏十三家という一族であった。
現在のハンターにも所属している一族の者もいるらしいが、基本的に一族にとっては、昨今登場したばかりのハンターなど、物の数ではないらしい。
その一族の中でも鈴宮春希は「宮様」と呼ばれるほどの良い血統らしい。
無愛想な弓でさえ、春希の要望には素直に応えるし、どこか尊重している雰囲気はある。
その詳しいことはまだ分からないが、同じく日本の一族ではないアルが、少しだけ教えてくれた。
春希の家は十三家の中でも宗家と呼ばれる、月氏一族十三家を象徴するような家らしい。そしてその中でも本家の濃い血筋に春希はつながっているのだとか。
これは日本の能力者と交流するために送られてきたアルに教えられた、表面的な情報なのである。
そして朝比奈みのりと沖田弓も、その一族の人間であるらしい。
宗家ではないが各家の分家の血筋なのだとか。
生まれながらの魔法使いエリートである。だがあくまでこの二人は、一流半だそうだ。血統的にも、能力的にも。
ちなみに魔法使いという能力者を養成するためのこの学校だが、一族の人間がここに所属することはあまり普通ではないらしい。
全く何も知らない魔法使いの卵と比べて、一族は生まれた時からその才能によって選別され、エリート教育を受けているのだ。
春希と残り二人や、同級生や上級生にいる少数の一族の者は、外の――つまりは血統的に劣る者を発掘し、一族に取り込むか肉壁程度の戦力に高めるために送り込まれたのだとか。
聞いているといかにも選民思想ではあるが、さもありなんと納得する部分もある。
悠斗の母は無意識に身体強化をしていたが、それでもオーガには勝てなかっただろう。
しかしオーガの出現が人口に膾炙されていないということは、一族の人間にはオーガを簡単に倒す人間もいるに違いない。
アルが言うには多少の才能の差など、幼い頃からの効率的な訓練を考えれば、全く問題にはならないらしい。
だがそれはつまり、幼い頃から一族流ではないが、訓練をしていた悠斗には当てはまらないことである。
同好会の活動が始まって以来、悠斗はその効率的といわれる訓練を積んでいた。
一族流に言うなら、魔法は術、闘技は技、であるらしい。
魔法というのもつい最近までは一族においては使われていなかった言葉で、世界に合わせているだけとのこと。もとは陰陽道とか払魔の系統を束ねて、霊術と言っていたそうな。
ちなみにアルの国の場合は『奇跡』や『神秘』というのが古くからの言い回しらしい。
キリスト教圏の国々の過去の争いは、かなり熾烈だったと軽い口調でアルは言ったものだ。
そしてその日、同好会の活動は新たな局面を迎えた。
バーンと勢い良くドアを開け、春希が入室する。
「さて、訓練もある程度終わったことだし、今日は実戦よ!」
実戦である。実践ではない。
そう言った春希の手には、凶器となるべきものが握られていた。その背後には、頑丈そうな籠に様々な武器を入れたみのりの姿がある。
重いはずだが、おそらく身体強化系の術を使っているのだろう。軽々とまでは言わないが、どこかシュールに思えるほどには、金属製の武器を満載している。
「どれでも好きなの選んで」
春希とみのりが持ってきたのは、文字通りの凶器であった。
金属バットや木刀といった甘いものはなく、最低でもナイフ、なんと拳銃まで用意してあった。
悠斗は溜め息をつく。
「帯剣許可証とか免許は持ってるのか?」
その言葉を予測していたのか、春希はピッとカードを取り出す。
実物では初めて見る、武器の携帯許可証と、使用免許である。
「……中学生には発行されないんじゃなかったっけ?」
「小鬼が知られる前から退治しているあたしらに、何を言ってるんだか。さ、まあ自分の武器を選びなさい」
春希が全く罪悪感のない口調で言うので、一族は超法規的手段を用いているのだろう。これはあまり関わらないほうが正解だったのかもしれない。
(いやいや、正確な情報収集は身を守るための基本だ)
前世での経験ではそうだった。しかしここしばらく悠斗が感じているのは、元々の目的に関する根本的なものであった。
人手が足りない。
悠斗は戦闘だけでなく、色々な技能を身につけている。だがそれでも、彼は一人しかいない。その戦闘においてでさえ、仲間がいるのといないのとでは展開の仕方が変わってくる。
この同好会の人間は、とりあえずそれなりの力を持っている。ならばここから始めるしかないだろう。
「じゃあ俺はこれを」
悠斗が選んだのは、両手持ちの西洋剣だった。
幅広で刃も研がれていて、重量もそれなりだ。叩き切るのがダメになっても、鉄製の殴打武器として使えるだろう。何より向こうの世界で使っていた武器に近い。
しかしその悠斗の選択を見て、女子三人が残念そうな顔をする。
(え? なんで?)
「刀は使わないんですか?」
アルの問いにこくりと頷く。三人娘が溜め息をつく。
つまり、刀を使ってほしかったということなのだろうか。日本の魔法使い一族というからには、やはり日本刀や槍が主流なのだろうか。しかし悠斗の感覚としては、ゴブリンの上位種などに対しては、あまり刀は継戦性能において優れていない気もする。まあ剣が扱いに慣れているということもあるが。
「日本刀の切れ味は知ってるけど、血脂ですぐに切れ味は落ちるだろ? 最悪でも殴れる武器の剣がいいと思ったんだけど」
実戦と言っても、いきなりゴブリンの集団と戦うわけではないだろう。だから刀でもさほどの問題はないのだが。
向こうの世界では日本刀的な武器がなかった。曲刀はあったが、日本刀とは特徴が違うため、あまりメジャーな武器ではなかった。
何よりも、こちらに転生しなおしてから知ったのだが、あちらの世界の鍛冶と魔法の技術を考えれば、あまり日本刀は使える武器ではない。
みのりと弓の視線を受けて、春希は「まあいいわ」と鷹揚に頷いた。
「そういやお前らは何使うんだ?」
魔法主体ということも考えられるが、あちらの世界の魔法使いは、自動で動く剣や殴ることも出来る杖を携帯していた。
軍団の魔法兵は完全に攻撃や防御に特化した者が主流であったが、悠斗の仲間であった魔法使いは、たとえば魔法のどれもが使えるという天才と、一つの魔法をどのようにも使ってしまう天才がいた。
さてこの世界、地球で彼女たちが何を選ぶのかと、悠斗は期待していたのだが、答えは出されなかった。
「ああ。あたしたちは向こうに置いてあるから」
三人娘だけでなく、アルも同様であるという。
つまりこの四人は入学以前から既に、実戦をこなしていたというわけだ。一応予想の範疇である。
しかしそれは悠斗一人を目的として、この四人が結託しているということになるわけで。
溜め息はつかずとも、やれやれと首を振りたくなる悠斗である。これでは監視されているのと変わらない。
それだけの価値が己にあるとは、悠斗は思っていない。確かに素質という点ならば、悠斗はこの世界でもトップレベルのものを持つはずだ。
そもそも前世の勇者召喚術式というのがそういうものであったからだ。異世界から強大な力を宿らせた、可能な限り強大な器の持ち主を召喚する。そのような器とは、確かにこの世界でも上位に位置するものなのだろう。
しかし強さというのは、その戦闘力だけで決まるものではない。
強大な敵に対しては仲間を集めて連携して戦うし、数を相手にする場合はこちらも軍が必要となる。武器や防具のメンテナンスや、食料や魔法薬を補充してくれる者も必要だ。
もし悠斗がこの世界で最強の魔法使いであっても、それらの要素によって悠斗は確実に敗北する。
家族を人質に取られれば、それだけでも詰む。
悠斗はこの一族に対しては友好的に、そして使い潰されないように行動しなければいけない。
彼がこの新しい人生において求めるのは、自己の平穏な幸福。そしてそのためには家族の存在が必要なのだ。
味方にも敵にもなりえる一族に対してどう動くか、悠斗はこの一時的な仲間たちに、期待せざるをえなかった。
学校最寄の駅から電車で30分。
都内とは言えかなり辺鄙な場所にあるその森は、金網と有刺鉄線で囲まれている。
「……え? マジ?」
入り口は一箇所で、自動小銃を備えた自衛隊さんが二名に、傍らにあるコンクリート製の待機所にはさらに多くの人間の気配がある。
春希は彼らに向かって何かを見せると、そのまま確認も会話もなく、適当に整えられた森の中へ入って行った。
自衛隊の二人の顔が引きつっていたのは、悠斗の目の錯覚ではないはずだ。
「この森は……」
「分かるかい?」
アルがこちらを覗うように訊いてきたが、悠斗はあえて見当外れのことを言う。
「いや、自衛隊が守ってる? それとも自衛隊の敷地内なのか?」
「ここは小鬼――最近はゴブリンと言われてるあれの湧き穴よ。当然外に出さないために、結界も張ってあるし、自衛隊も詰めてる」
「ゴブリンが出るのが分かるのか?」
これはけっこう重要な情報なのではないだろうか。悠斗の表情に、春希は満足そうな笑みを浮かべる。
「あたしたちはずっと、それこそ1000年以上前から鬼や妖を狩ってきた。当然どこに現れるかも分かってる。まあ、最近はちょっとそれも怪しいんだけど……」
言葉の後半は少し弱々しいものだった。それにしても、悠斗には意外なことが分かった。
(あの旅行の時のあれは、一族が俺を探るためのものじゃなかったのか? それともあれは同じ一族でも別口か?)
あの出来事を春希たちは知っているのか。それによって彼女たちに対する好意は大きく変化する。
「まあここは本当に、初めて鬼を殺すためにあるような場所でね。とりあえず経験を積んでもらうわけ。何かあったらあたしたちがサポートするし」
春希の明るい声には、何も含んだことなどないように思える。彼女は本当に何も知らないのかもしれない。
だが他の三人。特に日本人の二人はどうなのだろう。
春希が宗家の娘とするなら、他の二人は護衛か、もしくは何か他の意図があってこの集団にいるのではないだろうか。
「そういえば聞きたかったんだけどさ」
この流れとは関係ないが、悠斗は以前から疑問に思っていたことを口に出した。
「なんで魔法って隠されてたんだ? 科学と上手いこと合わせれば、エネルギー問題とか食料問題とか、色々解決しそうだし、もっと発展した世界になってそうなもんだけど」
そう、その通りなのだ。
魔法という技術は、隠せるはずがない。こんな便利で危険なものが、どうして今まで世界規模で隠蔽されていたのか。
「神の影響ですよ」
アルは軽く言って、春希もまた、神の名を口にした。
「神様を起こさないためよ」
その答えに悠斗は驚かざるをえなかった。
「……え? マジ? 神様っているの?」
再びの質問に答えが返ってくるまでは、少しの時間が必要だった。
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