3温かい夕食

オロオロしていると、リアムが呆れたように言った。


「お前、こんなこともやったことないのか?仕方ない・・俺が教えてやる。見ておけ」


そう言うとリアムはいくつかの野菜を手に取り、洗い始めた。洗った野菜はそのまま手際よく包丁で皮をむいている。まな板の上に置かれた野菜は包丁で、心地よいリズムを刻みながら切れていく。サクサク、ザクッと野菜が切れる音、包丁がまな板を叩く音・・両者が響き渡ってとても気持ちがいい。淀みのない一連の作業で、みるみるうちに野菜の下ごしらえがすんでいく・・。


「そこの鍋をとって」


「は、はい!」


鮮やかな手つきに見とれて我を忘れていた。急いで厨房を見渡し、鍋を探す。鍋も大小いろいろある。


「あの・・どのお鍋でしょうか?」


「今、手に持ってるやつ」


「はい」


切った野菜が鍋に放り込まれ、火にかけられると。じゃ~っと野菜が炒められる音がする。


グ~キュルキュル~


 食欲をそそられる音に我慢しきれなくなった私のお腹がなり始めた。香味野菜の香りが「美味しい」と脳を刺激する。


「トマトの皮をむいて」


リアムが言った。


「はい!」


 何だか私もやる気満々になってきて、トマトの皮と格闘し始めた。薄いトマトの皮をつまみ、慎重に引っ張って何枚か剥いていると・・


「そんなことしてたら日が暮れるぞ。剥き方教えるわ。よく見とけ」


リアムはそう言うと、予め沸かしてあったやかんのお湯を鍋に注ぎ、そこにトマトを3個そのまま入れてしまった。


「え~!!なんてことするんですか?」


私はびっくりして言った。


「まあ、見とけ」


リアムはそう言うと静かにトマトを何度か鍋の中で揺り動かしていた。優しく、優しく・・。その後、水を入れたボウルに鍋のトマトを静かに放り込んだ。


「トマトの皮、剥いてみろ」


そう言われて、私は水の中に手を入れた。急激に冷やされたトマトの皮は手で触ると気持ちの良いほどツルンと剥けた。私は面白くて夢中になってトマトの皮を剥いた。


「面白い!!気持ちいい」


「だろ?トマトはこうやって湯剥きするんだ。覚えておけよ」


「はい!!」


 言葉は乱暴だけど、リアムはまるでお料理の先生みたいだ。湯剥きしたトマトはザクザクと切って鍋に放り込まれた。


「後はしばらく煮るだけだ」


「美味しそうですね。食べるのが楽しみ!」


 そうして、ミネストローネのような具沢山のトマトスープとサラダ、焼いたベーコンとパンが食卓に並んだ。


「ばあちゃんはまだ仕事だから、先に食っていいって。じゃあ、食うぞ」


リアムと私は目を合わせてから、笑顔で、一緒に手を合わせた。


「いただきま~す」


 スプーンを持ち、スープをすくって口に入れる。じゃがいものほろっと優しい口触りに人参の甘み、玉ねぎやピーマントマトがそれぞれの香りと旨味を引き立てあってとても美味しい。お腹の中がぽっと温かくなる。


「あ~美味しい」


思わずありきたりな言葉だけれども、それにつきる・・心からそう思う。夢中でスープを何度も口に運んだ後、ナイフで焼いたベーコンを一口切り分けて口に入れる。とても香ばしく焼けていて、噛むとじゅわっと肉の油と旨味が口に広がった。


「幸せ~」


リアムは不思議そうに私を見つめていた。


「お前、そんなに食うのに困ってたの?」


「え?」


そんな風に思われているとは夢にも思わなかったので、思わずそんな声が出てしまった。何を隠そう、私は、今朝までお城で、この国で一番良い食材を使い、一番腕の良い料理人によって調理された料理を食べていたのだから・・。


「え、え~っと~、食べるのに困ったのは、今日から・・かなぁ・・」


お城を追い出された、元皇太子殿下の婚約者だなんて言っても信じてもらえるはずもない。頭がおかしいと思われるのが関の山だ・・・。


「ふぅ~ん。どうでもいいけど、お前、めちゃくちゃ幸せそうに食うなぁ」


「うん、とても美味しい。リアムのお料理とても美味しい!」


私は心から思う。フランクの料理も最高に美味しかったけど、リアムの料理も本当に美味しいと心から思う。


「分かった、分かった・・ゆっくり食え・・」


そうして食事をしているうちに、何だか知らない間に涙が出てきた。何でだろう?


「お前、泣いてるのか?」


「・・・・・」


私は無言で首を振った。


「まあ、何をやらかしたかは知らないが、料理もできないくらいだから、婚約破棄されても仕方ないわな。まあ、世の中色々あるし、男も星の数ほどいる。それほど落ち込むな」


「・・・・」


今度は無言で頷いた。


 リアムの無愛想な優しさと温かい料理が、ボロボロになっている私の心を包み込んでくれているようなそんな心地よさを感じていた。なのに、涙が止まらない・・お料理が美味しすぎるから・・・きっとそうだ・・今日だけは、このまま泣いていよう・・涙が枯れてしまうまで・・・そんな私をリアムは黙ってそのまま見守っていてくれたのだった。

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