第113話「陽動作戦」


「あはは、もう十年以上前ですネ、まだ日本に住んでた時です」


「日本に住んでらしたのですか?」


「はい、ワタシ韓国と日本のハーフです」


 その発言になぜか横の狭霧がビクッとしていた。本当にどうしたんだろうかと不思議に思うが手を握って落ち着かせて僕は目の前の韓流スターらしき人間に声をかける事にした。


「だから日本語が話せるのですか」


「はい、それにしてモ助かりました……イマモ応援ハ嬉しいですけド」


 確かに僕らが幼少期の頃にやっていたドラマがヒットして未だに追っかけがいるのは内心、複雑なのだろう、そこは外国人だろうと変わらないだろう。


「日本へは観光ですか?」


「はい、少し懐かしくテ……」


「ね、ねえ、もう行こっ……シン」


 すると狭霧が耐えられなくなったのか腕を引っ張り出す。狭霧のこの状態は久々に見るコミュ障モードだ。ムスッとして態度がかなり悪い。


「あっと、すいませン恋人さん」


「狭霧、ダメじゃないか……では、えっとソンさん? 良い旅を……」


「はい、では学生サン、アリガトゴザマシタ!!」


 そして僕らは水族館の集合場所付近で分かれるとバスに乗った。この後はホテルに戻って夕食だから基本は自由時間だ。だから僕と狭霧はホテルのエレベーター前のエントランスに連れ出した。




「狭霧……ううん、さぁーちゃん何か隠してること有る?」


「……無い、ううん、やっぱり有る……シンには一度も話した事無かったんだけど聞いてくれる……かな」


 僕はもちろんと頷くと狭霧はやはり少し口ごもった後に頭をブンブンと振って口を開いた。


「私さ、幼稚園の頃引っ越して来たよね」


「ああ、僕のお姫様と初めて会った日だからね」


 僕が言うと狭霧はすぐに僕の胸に抱き着いて上目遣いで濡れた瞳で僕を見て震える声で呟くように喋り出す。


「うん……あの日、本当に私は救われたんだ、優しくて私を絶対に守ってくれる男の子だって、やっとパパ以外の優しい男の人だって思えたの」


「イジメをしてきたのは近所の男の子が三人だっけ? 奈央さんに聞いたんだけど」


「うん、小さい頃だから顔なんて覚えて無いけど髪を引っ張られて外国人、金髪女って散々言われて泥団子投げられて、泣いても砂場に押されて泥だらけにされた」


 過去にも聞いたその話は狭霧の一家が引っ越すにはじゅうぶんな理由で霧ちゃんもイジメられていたと奈央さんに話された事が有る。確か引っ越しは狭霧が五歳の誕生日を迎える直前だったはずだ。


「これも話して無かったんだけど私達が前に住んでた場所って外国人が多く住んでる場所で、その子達もハーフだったり外国の子達だった、それで同じ境遇だから仲良く出来るって評判の団地に入ったらしいんだ」


「そうだったのか……でも、同じハーフなら何で?」


「その子達、アジア系で私のブロンドが珍しくて、それがイジメの始まりだった、それで最後は今言った通りで……そのイジメのリーダーが韓国人とのハーフだったの」


 だから狭霧はあんなに僕と再会する前みたいな常に緊張した感じで愛想が悪くなって体も強張っていたのか。


「う、うん。さっきの人が悪い人じゃないんだろうけど……怖くて」


 震える狭霧を更に抱きしめて頭を撫でる。イジメは恐ろしいもので僕も心に深い傷を負ったし狭霧も四歳の頃のトラウマを今でも抱えている。そして些細な事で簡単に蘇ってしまう厄介なものだ。


「話してくれてありがとう、これで僕も安心だ……狭霧、今は僕が一緒にいるから大丈夫だよ……さ、夕ご飯は豪華らしいから部屋に一度戻って後で合流しよう」


「うん、じゃあ後でねシン!!」


 部屋の前まで狭霧を送ると気配を感じて振り返ると居たのは予想通り七海先輩そして梨香さんと工藤先生だった。


「三人お揃いで、どうしたんですか?」


「ええ、実は少しマズイ事態でね少しお時間いいかしら春日井くん」


 七海先輩の顔を見ると平静を装っているが声は強張っていた。さらに先生と梨香さんを見るとあまり良い話では無さそうだ。僕は頷くと三人の後に続いた。




「――――というわけで状況は分かった?」


「おおよそは……」


 話とは梨香さんのお母さんの件だった。例の七海先輩を妨害しているジャーナリストと関係者が沖縄の至る所で見張っていてホテル付近にも現れたらしい。


「わざわざ修学旅行に紛れて来たのに情報が漏れるのが早い」


「つまりスパイだと?」


 俺が言うと七海先輩は頷いた。そしてメモ書きをスッと出される。メモ書きには筆談にしようと書かれていて頷くと先生と梨香さんも無言で頷いていた。そして筆談で大体一時間くらい話し合った結果、明日の自由時間中に行動を起こす事が決まった。


「やはり黒だったぞ七海」


 俺達が筆談をしている中でバタンと扉を開いて入って来たのは仁人先輩、ドクターだった。せっかく筆談してるのに全部無駄になるじゃないかと怒りそうになったが次の一言ですぐに納得した。


「このホテルの全ての盗聴器と盗撮用機器は無効化した、外の覗き見連中は全てホテルの敷地外から500メートルは離れてもらったよ」


「仁人様、思ったより敵は厄介のようですね」


「ああ、七海の部下を総動員してもこの時間までゴミ掃除がかかったからな、隣の部屋の盗聴器と廊下の盗撮用の機器の配置も巧妙だったぞ」


 話しをしている間にノックをして入って来たのはいつもの黒服達で破壊された盗聴器などをテーブルの上に丁寧に置いて行った。


「待って下さい、行き先が変更され発表されたのは二週間前、しかも職員に知らされたのも同じでは?」


「ああ、信矢の言う通りだ、何より盗聴器くらいならバレずに付けられるがカメラの隠蔽は難しいはず、それに前乗りして外したものも有ったんですよね?」


 先生が確認するように七海先輩に聞いているが元刑事として見てもこのカメラの量は異常だそうだ。


「ええ、やはり外された後にまた設置し直したと見て?」


「場所は全部巧妙に変えられていたからな、むしろ最初のは囮だろう」


 七海先輩とドクターの話を聞くと納得できる話だ。先輩たちの言う通り思った以上に敵は厄介だ。実際、七海先輩もマスコミ関係者は無駄にしつこいと言っているから本当に面倒なのだろう。


「それで作戦に変更は?」


「無いわ、冴木さんがお母さまと会ってもらうための準備は出来てる」


 七海先輩の決意は固いようで逆に当事者の冴木さんの方が恐縮して考え直そうと言っている状態で先ほどから及び腰だ。


「今さらだけど私の事情でここまで大掛かりなことしなくても」


「いいえ最初は確かにそうでした……ですが、ここまで煽られた以上は相手も潰した上に作戦も無事遂行します!!」


「ふっ、冴木さん、こうなると七海は止まらない……な~に任せてくれ色々と面白いものを作ったからな、それとこれを、万が一の防犯グッズだ」


 ドクターが梨香さんに何かのビニール袋を渡しているが何が入っているのだろうか。そんな話をしていると僕のスマホに通知が入った。狭霧からで下の夕食の宴会場に居ないから連絡が来ていた。


「とにかく夕食にしましょう、先輩方もどうですか?」


「私達が降りると周りが気を遣いますから遠慮します」


 そこで俺たち解散してそれぞれの場所に一度戻る。寝る前にもう一度確認をする必要が有るからと消灯後に再集合と言われた。




「それで狭霧は何で僕らの部屋の前にいたのかな?」


「寂しかったから……」


 先ほどスマホの通知に気付かず放置していたせいで、すっかり甘えん坊モードになった狭霧を連れ僕は消灯後に再び七海先輩の部屋を訪ねていた。


「問題有りません、むしろ明日の陽動作戦は二人が主役なのですから」


「陽動作戦って何?」


 狭霧が腕に抱き着いたまま聞いて来るから僕は明日の行動について説明する事になった。


「冴木さんのお母さんが今、七海先輩の別荘に居て不自由な生活をしている事は知ってるよね?」


「うん、だから今回は会わせてあげようって話でしょ」


「そうだよ、だけど邪魔な奴らが多くて妨害してくるから奴らの目を逸らす必要が有るんだ、だから明日、僕と狭霧で盛大に悪目立ちをするんだ」


 陽動とはつまり僕たち、正確には涼月総合学園の二年生の生徒の全てを動員して陽動をする。そしてその扇動をするのが僕らの役割だ。


「わ、悪い事するの!?」


「しないよ、ただ明日は思いっきりイチャイチャしてバカップルを演じる!!」


「私は普段通りでいいと言ったのですが……」


「そっか確かに普段の私達は控え目だから頑張らなきゃ!!」


 自覚が無いのは恐ろしいと先生にまで苦笑された。しかし今回は七海先輩たちを隠し俺たちが目立つのが作戦だ。むしろ目立ち過ぎて悪いということは無い。


「まず私と工藤先生と梨香さんの三人が国際通りから密かに抜け出すために皆さんにはタップリと時間をかけてお土産を選んで頂きます、なるべく騒いで下さい」


「全国紙に載るような悪ふざけはダメだからな春日井?」


「分かってますよ、それよりも記者の顔は分かってるんですか?」


 俺が言うと七海先輩が出した写真は四枚、つまり記者は四人もいるということだ。怖いと内心思っていたら工藤先生が反応していた。


「四人ですか……じゃあ倍はいますね、それにコイツは確か芸能関係のゴシップ記者なはずだ」


 一人の写真を取って見て言うと確かに髪の毛はボサボサで髭面で、いかにもなマスコミ関係者のようなテンプレタイプの顔をしていた。


「ええ、不思議なんですよね私を追うならば事件記者もしくは政治・経済方面がメインなはず……だから工藤先生にもご意見を聞きたかったんです」


「なるほど確かに七海さんの懸念通りですね優人に連絡はしましたか?」


「いえ、今は忙しいようですし本庁から異動も四月からと聞いてましたので」


「なら今すぐ叩き起こして聞きましょう、あいつが本庁にいる間に情報を出させるのが一番ですよ」


 幸い、こんな時間なのに先生の弟さんの工藤優人警部は起きていて警視庁の裏のデータに載っていたものと自分が知っている限りの情報を送信してくれた。


「芸能記者だけど成り上がって政治記者になりたがっている記者ですか」


「こいつ、この間の頼野さんの事件で署にも何回か顔を出していてね、それで覚えていたんだ」


「綾ちゃんの!? じゃあご両親のスキャンダルとかが狙い?」


「ああ、竹之内の言う通りだろう、空見澤動乱から当たりを付けて真相を知ろうと動いて七海さんの周囲を探ったと見て間違いない」


 あの事件は秋山さんとグループ企業の起こした不祥事と事故という名目で全て無かった事になっていて隠蔽は完璧なはずだ。それでも蛇の道は蛇という事だろう探り当てて来たのは相当だ。


「確かにS市動乱が表に出た場合は千堂グループの裏の顔の一部が表に出ますからね、叩いても埃は出ませんがゴミ置き場を漁られたら悪い物しか出ませんもの」


「ま、確かに後ろ暗いことしかやってないからな我がグループは」


 いやドクター大半はあんたの実験のせいだろと思ったが黙っておこう。こう考えると一番の黒幕は千堂グループで相手の方が正しく見えて来るから不思議だ。そのまま作戦会議は日付けを跨ぐ形で続き狭霧と僕は七海先輩の部屋で眠ってしまった。

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