第111話「南の島への誘い」
◇
「何とか店も落ち着いたか……」
「うん、じゃあ梨香さん、後お願いしま~す」
僕たち涼月総合学院の生徒会メンバー食堂「しゃいにんぐ」に来た。しかし店はランチタイム真っただ中で僕と狭霧はアニキに頼まれて急遽ヘルプに入る事になった。
「ええ、二人とも急な助っ人で悪かったわね」
「あ、梨香さんも休憩入っていいですよ、今からクローズにするんで」
そしてピークが終わると先に座って待っている生徒会組三人の所に戻ろうとすると梨香さんも休憩になったらしく一緒に近くの席に座る。
「クローズ? 仕込みの時間には早くないかしら愛莉さん」
「実はスポンサー様の意向で今日は閉店なんですよ、ね? 勇輝?」
「ええ、さっき連絡が来て店を貸して欲しいって言われてて」
スポンサー様という事は、朝も会ったあの二人だろうが僕らがこの店に集まるまで想定してたという事なのだろうか。
「なるほど、あの二人か……じゃあ私は離れた方がいい?」
「その心配は無用です冴木さん、いえ工藤夫人とお呼びします?」
いつものように堂々とクローズにした店に入って来るのは七海先輩……だけだった。朝は一緒の夢意途先輩は居なかったのに違和感が有ったのは、やはり二人はセットだと認識しているからだろう。
「まだ冴木よ、それで?」
「むしろ本日の用は梨香さんの方でして……例の件なのですが少々厄介なので直接お話をしようと、だから春日井くん達が居るのは完全に想定外ですので睨まないで」
さすがに自意識過剰だったか。いくら先輩たちが僕の行動を把握していたとしても、あくまで僕が実験対象の時で今はそこまで見張られて無いのだろう。
「つまり僕らはお邪魔ですか?」
「そうですね、プライベートに関わる事ですので……」
チラリと冴木さんと七海先輩の視線が交錯するが当の本人が口を開いてアッサリとネタバレした。
「例の件って私の母の件よね? 私は構わないけど関係無い子たちを巻き込むのはどうなの?」
「大丈夫です、吉川さんにもそろそろ”こちら側”の事情を知るべきですし、前回の空見タワーの一件も集まって頂きましたし問題無いかと、他の二人にしても関係者と言って差し支えありません」
「ええっ!? 私、巻き込まれてるんですか!?」
確かに、この場で唯一と言っていいほど無関係なのは副会長の彼女だ。涼学が七海先輩もとい千堂グループの支配下でも無関係の人間は、生徒数が数千、大学を合わせれば数万規模のマンモス校である涼学には多い。
「ところで貴方の将来の進路は翻訳家だとか?」
「はい、洋書とか好きで実家も本屋ですけど……」
それを言った瞬間、七海先輩の目が怪しく光る。これ悪いこと考えてる時の顔だと僕が動くより早く先に先輩の口が開いていた。
「なるほど、だから我が校の留学制度のため内申点のために生徒会に入ったと、そんな回り道より近道を目の前に提示できると言えば? そう、例えば理事長代理である私の推薦とか、いかがです?」
「長い物に巻かれるのって大事ですよね先輩!! 私、口は堅いです!!」
「吉川さん……君だけは変わらないでいて欲しかった……」
彼女は部活にすら入っていない僕の数少ない後輩だ。僕は中学、高校と色々と問題が有ったから直接的な後輩は彼女しかいない。
「吉川さんは春日井くん自ら手塩にかけて育てた後輩ですからね人材としても人質としても投資の価値は有りますから」
「止めてあげて下さい、それと口にした以上はお願いしますよ七海先輩」
「ええ、彼女の成績がよほど悲惨でなければ私の名に誓って……では冴木さん、お母様の件なのですが直接的に日本に連れて来るのは難しい状況になりました」
「すぐに動けるという話では?」
工藤先生と梨香さん、この二人と七海先輩は独自に取引したらしく二人を千堂グループの都合の良い駒として緊急事態に動いてもらうという契約のための対価として支払われる報酬が有ったらしい。
それが工藤先生は警察を辞めた後に本来なら資格の欠けていた高校教師の資格の超法規的措置による取得、そして梨香さんは違法な臓器提供つまり臓器密売の関与に関わった一切の経歴の抹消だった。
「ええ、あなたの経歴は真っ白です、これは工藤警部、工藤警部補の弟さんも上に掛け合い確認しましたし、私の祖父も圧力をかけましたがあなたのお母様は患者として提供を受けて既に警視庁のデータベースに登録されてしまいました」
「つまり、それが抹消されないと母の帰国は難しいと?」
「はい、現在可能な限りのコネクションを使って対処しているのですが妙な連中が関わって来てまして慎重を期する必要が出ました」
七海先輩の話はこうだった。本来なら問題無く済むはずだったのに警視庁の現場の刑事に謎のリーク情報が流され、それを揉み消そうと動いたら後ろ盾にいた警察庁出身の議員が待ったをかけたというのだ。
「えっと、梨香さんのお母さんが帰って来るのを邪魔してる悪い奴が居るのは分かったけど、何でそんなことをするの?」
「姉さんにしては良い目の付け所ね」
そこで姉妹で言い合いを始める二人を抑える吉川さんを見ながら僕は事態を理解した。七海先輩でも手こずるのは納得で本当に想定外だったのだろう。
「つまり権力闘争に利用されてるんですね梨香さんのお母さんが」
「なるほどリークした者らの狙いは七海殿……いえ先輩か」
カリンが出された紅茶を置いて言うと七海先輩も頷いた。リーク者が何者かは分からないが七海先輩にとって面倒な相手に情報を渡す事で先輩の足を引っ張ったという流れだ。
「そういうことよ信矢くん、なので梨香さんのお母様には沖縄の米軍関連施設、もちろん基地内では無い場所に用意した邸宅が有りますので、そこで連中を潰すまで過ごして頂く事になります」
「分かりました、どんな形でも母が日本に戻れるのは感謝するわ七海さん」
「いえ、本来の約束を完全な形で果たせず申し訳ありません、あと二年、いえ一年後には我がグループの力をさらに強大にしてみせます」
「これ以上大きくなったら世界最大規模のグループですね~」
サラッと吉川さんが自分の将来の夢が叶いそうと喜びながらパフェを食べてるのを見て図太く育ったな後輩と半分呆れているが、この後輩の冗談のような一言が宣言通り本当に実現されてしまうなんて俺達はこの時、誰一人信じていなかった。
「とにかく今は、わたくしに喧嘩を売って来たこいつらへの対応ですね……二流ゴシップ誌風情が誰を相手にしたか思い知らせてやりますよ」
不敵な笑みを浮かべて今回の敵の目星はある程度付けていると言って、とある雑誌社の名前を出していた。
「芸能人のゴシップで有名な例の……週刊文潮ですか」
ここ数年は芸能人などのゴシップ記事を執拗に狙ったりしている連中で一部のシンパからは文潮砲などと持て囃されてる連中で、そこのフリーの記者が警察に情報を流したらしい。
「ま、問題有りません……冴木さん、今しばらく猶予を頂けると幸いです」
「ええ、今の私はもうアキ君と母さんしか居ないから……お願いします」
二人が改めて握手を交わすと揃って俺達を見た。どうしたのかと問えば俺達がそもそも何でここに居るのかという話になった。
◇
「今日は僕ら生徒会役員同士のレクリエーションと少しだけ修学旅行中の動きを説明しようとしたんです、去年からの流れを引き継げるのは僕だけですから」
「なるほど……必要なら元役員の田中や秋野にやらせますが?」
「先輩たちは受験ですよね、お二人とは違って忙しいんですから……」
そう言うとムッとした七海先輩が口を尖らせながらストロベリーサンデーを食べている。この人が女性っぽいものを食べるなんて珍しい。
「あら、私たちの方が世界規模で――――「一般人と二人を比較しないで下さい」
しかしツッコミは忘れない。そんな感じで七海先輩や吉川さんに今後の話をしたりしていると袖がクイッと引っ張られる。
「ええ、ですから、っと狭霧?」
「私も……私も構ってよ~私だって書記だよ!!」
隣で不貞腐れている恋人兼幼馴染が僕の制服の袖を掴んで涙目になっていた。しかし今は仕事だし狭霧にだけ構っているわけには……。
「シン兄? 分かってるわよね?」
「ああ、霧ちゃん……狭霧、俺が今からぜ~んぶ教えてあげるから……今日は生徒会解散で、仕事はおしまいだ!!」
「シン大好き~!!」
僕が狭霧を放って無視するなんて不可能なんだよな霧ちゃん……今日はどちらかの家で生徒会の話についてしよう。そうすれば生徒会活動名目で二人で夜まで一緒にいられるな素晴らしい考えだ。
「シン兄……」「会長~!!」
霧ちゃんと吉川さんの嘆きが聞こえて梨香さんと愛莉姉さんもカウンターで呆れ顔だった。アニキだけはシェイカーを磨きながら苦笑している。
「ふむ、三郎や皆に聞いていた以上だ、狭霧は愛されているな……我が祖国なら任された職務を放棄して恋人優先なんて考えられんがな」
「本来は日本もですよカリン先輩」
霧ちゃんのツッコミがカリンにまで及んだ所でカランと音がして誰かが入ってくる。クローズなのにと思って入って来たのは誰だと見たらサブさんだった。
「やはり全員ここか、カリン、連絡を入れたのであるが気付かなかったか?」
「ふむ、本当だ……そういえば日本では自分で電話に出ねばならないんだったな」
今、若干耳を疑う発言が聞こえた。カリンの発言をそのまま理解するなら彼女は自分で電話に出る事が無い身分だったことになる。
「やはりか、信矢氏……こういうわけだ、詳しく朝に言えなかった事情である」
「本物のお姫様なんですねカリンって」
サブさんの話を聞くと向こうに城まで所有しているそうで貴族とは名ばかりだが資産家として成功しているらしい。だからサブさんを追放した実家の貿易会社はカリンの家と取引が有って、その縁でサブさんは幼少期にドイツ留学をしていて向こうで弟子入りしていたそうだ。
「やっぱり年貢?」
「姉さん、そのネタはもういいから」
狭霧がどうして貴族イコール年貢なのか気になるのかは謎だが僕らがそんなことを話していると七海先輩が「そうか、その手が有った」と呟いた。
「冴木さん、良ければなのですが春日井くん達の涼学の修学旅行に一緒に行きませんか? 場所は私の独断と偏見で沖縄とします!!」
とんでもないことを言い出した七海先輩だが二学期の最後の方で先生方からの話では北海道で決定していると聞いていたから驚いた。完全に目の前の理事長代理の思い付きだ。
「今さら変えるんですか? 北海道は?」
「わざわざ寒い時期に寒い場所に行ってもカニくらいしか有りませんよ春日井くん、それよりも涼学の二年生だけで六百名以上の生徒が居ますからね、梨香さんを上手く沖縄へ送れます」
「いやいや、私のためだけにそこまでは悪いわよ……特に信矢くんと狭霧の二人にとっては高校生活の一大イベントなんだし」
「でも、沖縄なら梨香さんも工藤先生と一緒に旅行行けますよ?」
その狭霧の言葉が決め手となって梨香さんを上手い事連れて行くことが確定してしまった。さらに七海先輩も沖縄へ行きたいと言い出しドクターこと夢意途先輩も三年生なのに去年行ってないからと参加する事になってしまった。
「こりゃ、残った私たちの方が楽ですね先輩?」
「ああ、大変な修学旅行になりそうだ……後を頼むよ吉川さん、霧ちゃん」
こうして僕らの修学旅行先は沖縄になっていた。
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